2006年1月-6月

1月1日(日)

新年明けましておめでとうございます
本年もどうぞ宜しくお願い致します

tuzi&チロぽん



1月5日(木)

「2006年初売りの悲劇」

毎年恒例の初売り。
昨年は母を置いてきぼりにし、ひとりさびしく初売りに出かけた。
やっぱり初売りのような華やいだ場には連れがあったほうが楽しいものだ。
今年は連れだって初売りに繰り出した。
車にするか、新幹線にするか・・・
「駐車場で待たされるようなら、あなたは空車を待って駐車場に入れて。
その間私、福袋ゲットしてくるから♪」
「ゲッ、それは違うんじゃないか?」
それなら新幹線で行くことに落ち着いた。

その日は雪空で、日が差さず、かなり冷え込んでいた。
「呑むしかないな♪」
初売りでは、あちらこちらで鏡割りをしていて、振舞い酒にありつける。
新幹線を下りて、駅前のS百貨店でまずは一杯。
目当ての福袋をゲットするためF百貨店に直行する!・・・つもりが書道専門店につい寄り道。
いかん、いかん!
「あとでまた寄ります」と先を急いだ。
F百貨店は大賑わいで、開店から2時間近く経つというのに、まだ入場制限していた。
長蛇の列のおわりはどこなんだ?状態。
この分では福袋は絶望的か?と思われたが、行ってみると案外売れていない。
余裕でゲット。
しかし、バカにご丁寧なお姉さんがどこにあるのか知らないがお勘定をしにレジに向う。
それがなかなか帰ってこないのだ。ここでかなり待たされる。
毎年の事ながら、なんでこう段取りが悪いんだよっ!
さっさとレジ打って来いよ!
そんな難しい計算でもあるまいし!
専門店のブランド全部で一ヶ所しかレジがないのだ。
その場で清算されるのではなく、はるか遠いレジにいちいち行っては戻ってくる、という
かなり効率の悪い方式でお勘定をしているのだった。
何とかして欲しいね。まったく。
一つめの福袋のお勘定を連れに任せて、私はふたつめの福袋に走った。
こちらも余裕のゲット。
ところが、おつりをもらうまでの長いこと長いこと・・・
せっかちな私は中身も聞かずに「これ!」と指差し即行で買ってしまったが、
後から来たおばさまが「何が入ってるの?」と聞いていた。
それを聞きながら、「(口紅もファンデーションも入ってないってか?)」
「(使えないじゃん!)」
早くも失敗か・・・

さて、お次はM百貨店へ。
おっと、その前に酒だな。F百貨店で一杯ひっかけ、M百貨店へ向う。
M百貨店ではこれといって欲しいものはなく、グルッと一回りし引き返すことに。
帰りすがら毎年買ってる果物屋で干し柿を少しだけ母へお土産にゲット。
・・・おっと、甘酒だ。
私は冷やで。
・・・おっと、振る舞い餅を配ってる〜。
ここでも長蛇の列だ。
酒を飲みながら待つも、列が動く気配がまったくない。
こんなに長いのでは、振る舞い餅にありつけるかどうかも怪しい。
せっかちな私はついに痺れをきらしてしまった。
「ねえ、帰ろうよお」
「せっかく並んだのにー」
「だってぜんぜん動かないじゃん」
「あんたが並びたいって言ったんでしょ」
「そんなこと言ったって、こんなに後ろじゃ餅なんかもらえっこないでしょー」
業を煮やして私たちが列を離れたとたん!
列が動き出した・・・ゲッ、そりゃないよ。
駅に戻りながら、味噌おでんを食べる。
さすが、味噌屋の味噌だけあって美味しかった。
今年は、私にしては少ない買い物だ。
それでも毛糸も買ったし、父へのお土産に毎年恒例大河ドラマの本も買った。
よく見もしないで店頭に出てた300円の福袋を喜んで買ったはいいが、
「ここ、300円ショップだね」
と言われてしまい、なんだお得でもないのか・・・と、せっかちぶりを発揮し、
北海道物産店のお菓子福袋を珍し物好きで買ったはいいが、家に帰ってマジマジ見れば、
「あれー?F百貨店の紙袋だー。あそこってF百貨店の分店だったのかよー」だし。
Yカメラに寄るはずが時間がなくて寄れなくて、連れは私の荷物を持ちに行ったようなもので
蕎麦食べただけで、結局なんも買わずじまいだった。
帰りは高速バスなので、トイレしてからと思って駅のトイレに行ったら、これまた長蛇の列
「んじゃ、駅ビルのトイレに」って行ったら、それが遠いのなんのって!
ようやく着いたと思ったら、ここもまた長蛇の列
「んんんーっ。もういいっ!ガマンするうっ!」
「だったら最初から地下鉄のトイレにすればよかったのに。バス乗り場から近いじゃないか」
「ウエ〜ン、なんでそれを先に言わないのようっ」
「だって、どんどん行っちゃうじゃないか。近いのかと思ったよ」
結局、トイレには行かずじまい・・・
すったもんだの末、バスにはなんとか乗れたものの、前後の席に分かれて座るしかなく、
乗ったとたん睡魔が襲い、助手席(補助椅子もビッシリの満席だった)に乗ってた人に
覆いかぶさるようにして爆睡するtuzi。

化粧品の福袋ふたつは完全にかぶってました・・・てか、化粧なんて年に何回するんだか。
300円の福袋は父に「おまえは安物しか買わない」とけなされ、
北海道お菓子福袋は母に「高いわねえ」ともっともなご意見を賜りました。
「あとでまた寄ります」と言った書道専門店に帰り道に寄ったものの、
その時は他のお客さんの対応に追われていたので、筆を買わずに来てしまったし、
買ってきた毛糸が物になるのは何年後なんだか・・・

例年にない人出にどこもかしこも長蛇の列。
着物で長時間歩いて翌日は変な筋肉痛・・・
それでも初売りはいいもんだ。



1月10日(火)

「チロの災難」

冬になると野生の猫たちの活動が活発になる。
ウチのチロぽんも野生の血が疼くのか、ぅぎゃーおん、ぅぎゃーおん・・・ないて外に出たがる。
朝に夕なにどんな吹雪の中にでも、ケンカ相手を求め出て行く・・・
出て行っては噛みつかれ血まみれになって帰ってくるのだ。
血まみれになって泥まみれになってハゲになって帰ってきても、それでも懲りずに出かけていく。
連戦連負のチロ、このままでは死んでしまうぞ。
野生の世界でケンカに負けて傷を作るということは、
その傷口からウイルスやらバイ菌やらが注入されるということで、
これでは命がいくらあっても足りたものではない。
現に、チロはウイルスにやられて死にかけたことがあり、肝臓から貧血、神経まで病んでしまい、
インターフェロンでようやく治った(?)経験がある。
一度感染したら体内から消えることはないらしいから、完治することはないのだが。
今年もまた、今冬の最新ウイルスを貯め込んで再発してしまうのではないかと気が気ではない。

先日さっそく、ケンカでヤラレタ傷口が膿んで病院に連れて行ったばかりだ。
先生は「去勢してあげたら?」って言うけど、チロを宦官にしたくない私は、
聞かぬ存ぜぬを決め込んでいる。
野生のまま短命に生きるか、宦官になって生きながらえるか。
きっと、現在の風潮では私はペットを飼う資格などない劣等飼い主なのだろう。
だが、ひところ前はペットフードもなければ、獣医にみせるペットなどそうそういなかった。
ねこまんまで十数年生きて、去勢などしなくても病気にもならず生きた。
それがどうだろう。
近頃のペットたちはそれに比べたら虚弱になったとは思いませんか?
食生活(ペットフード)がいけないのかもしれない、と睨んでいるのはうがった見方でしょうが
過保護になったことは確かですよね?
そして、その割りに健康になったとも思えない・・・
宦官になったからといって長生きするとも限らないし、
むしろ宦官になったことでホルモンの関係から病気になりやすくもなると聞く。
一概に宦官にしてしまうのが得策だとも思えない一つの私なりの理由だ。

一番はチロがケンカに強くなって傷つかなければいいのだがね。
チロは噛みつかれて穴になったところを連日何度も攻められ、穴の塞がる間がない。
膿みは悪臭を放ち、また獣医の先生に治療してもらわねばならないようだ。
外に出しては無事で帰ってくるか家族全員が心配しているありさま。
チロ、野生は厳しいのだ。
キズを負わないくらい強くなっておくれ。



1月15日(日)

「予選」

昨年の話しになるが、クイズミリオネアの予選を受けに行った。
我が家の付近はやっと下水道が使えるようになり、公共工事の分担金も納めおわり、
あとは敷地内の配管工事をすれば完了だ。
しかし、敷地内の配管工事は全額自己負担となり、設備工事を見積もってもらったところ
少なくともウン百万円は必要ということだった。

ウチは古く、トイレは狭いし、お風呂場にはシャワーもない。
一番の不満はトイレで、半畳しかないスペースの大半が便器で占められ身動きがとれない。
着衣の脱着もままならず、何度スカートをトイレットホルダーにぶつけてはほころばせたことか・・・
狭さに辟易しているのは私だけでないはず。
母や父(この狭いトイレを作った張本人)さえ用を足すのにドアを全開する始末。
だから、下水工事をする際トイレも水洗用に買い換えなくてはならないのだし、
それを機にトイレを広くし、できればシャワーも欲しい・・・そう考えているのだ。
「とにかく工事費を捻出せねば。。。
そうだ!クイズミリオネアに応募しよう!それしかない!」
とにかくウン百万円まではがんばって、その後の問題で解らなかったら即ドロップアウトの計画で。

夏頃にインターネットから応募して、応募したことすら忘れた頃、電話が鳴った。
その場でクイズを出題され、それに答えていたら、いきなり
「おめでとうございます。それでは二次予選にいらしていただけますか?」
という話しになり、その最終予選に行くことに決まった。
そこでもクイズが出題され、最後に面接があるとのこと。
「(どうせ、クイズの成績が悪ければ面接に残れないのだろうから)」と思いきや全員が面接。
面接はひとりずつ個別なので、待ってる間にそこに居合わせた人たちと答えあわせとなった。
さすがにみんな優秀で、ひっかけ問題も難なくクリア・・・
そのなかで私だけがアンポンタンだった・・・
「(これじゃ、本番に進めそうにないな・・・)」

面接で「1000万円の使い道は?」と聞かれ、
「水洗トイレにしたいんですっ!シャワーもつけたいんですっ!」
と力説するも、「はあ、そうですか・・・」とウケはイマイチ。
やっぱりもっと切実な使い道じゃないとテレビ向きじゃありませんか・・・?
例えば、離婚して子供を育てているとか(予選を受けに来た人の中にいました)
莫大な借金があるとか(よく採用されている)
でも‘水洗トイレにしたいー!’は私にとって切実な問題なんだけどな・・・
これといった手ごたえもないまま面接もおわり、
最後に早押しで勝ってセンターシートに座る時映し出される写真を撮るというので、
バックが水色の前に座らされ、ポラロイドを構えられた。
「笑って下さい」
可笑しくもないのに笑えるかっ!
と思いながらも言われたとおり二コッとしてみせる。
「もっとニッコリして下さい」
笑ってるだろっ!これで精一杯だよ!
「歯を見せて笑って下さい」
はあ?
歯を見せてだってー?
そんなして写真撮ったことなんかないよ!
ムリヤリにでも歯を見せるまで粘られて、私は仕方なく馬のように歯を見せてニカッと笑ってみせた。
「もっと歯を見せてー!」
えー?もっとなのお?そんなあ・・・
既に笑顔じゃなくなってる。
これじゃむしろ泣き顔だよ・・・
顔が引きつってる。
目が宙をさまよってる。
歯を見せたはいいが歯茎が唇に引っ付いてる。
顔のパーツがバラバラ事件だ。
ピカッ!
(フラッシュが光った)
「ハイ、オッケーです!ご苦労様でした!」
ゲッ。
どこが笑顔なんだか・・・
かなり引きつってて笑顔とはほぼ遠いんですけど・・・

笑顔の要求とはいえ、拷問に近い要求をされつつも家に帰って連絡を待っていたが、
待てど暮らせど連絡はない。
ダメならダメだったなりに連絡があってもよさそうなものを、うんともすんともないのだ。
テレビの世界ってそういうものなんでしょうか?
採用されない時は連絡がないものなんですか?
そんなあ・・・
我が家が水洗トイレになる日はいつのことやら・・・



1月20日(金)

「後悔」

昨日、ほんとは劇場で観たかった映画「ミリオンダラー・べイビー」をようやくレンタルで観た。
それでちょっと思い出した話なんですが・・・新年早々暗い話題でご勘弁。

昨年、親戚に不幸があった。
彼は生まれつき心臓が悪く、幼い頃は虚弱だったが、
成長するにしたがって徐々に体も丈夫になり高校を卒業した。
だが、死は突然やってきた。19歳の若さだった。
ご両親の悲しみ、孫に先立たれた家族の悲しみは、我々参列者にもひしひし伝わってきて
悲しみに満ちた葬儀だった。人生これからという若い人の葬儀はつらいものだ。
葬儀の席で高校時代の友人がよんだ弔辞が心に残った。
‘具合が悪いって言ってたけど風邪ぐらいだろうと思っていた’
‘入院したって聞いたけど、すぐ退院するって聞いてたからバイトもあったし見舞いに行かなかった’
‘集中治療室にいるって聞いて急いで見舞いに行ったけど
周りに遠慮してボソボソとしか声をかけられなかった。ほんとは大きな声で話しかけたかったんだ’
同じ19歳の友人は悔いを残しながらも、けじめだからと大分間があいてようやく
「さよなら」
と告げた。
やはり「さよなら」という言葉はこういう時に言うものだ。
明日会えるような人に言うことではない。
今生の別れというときにだけ生きてくる言葉だと私は思っている。

そして「さよなら」と告げたまさにその時!
短い、ほんとに短い一瞬の地震が起きたのだ。
私は亡くなった彼が、友人に送った「わかったよ」の合図のように感じた。
きっと、亡くなった彼だって、病床にありながらも家族や友人に伝えたかったことが
山ほどあったに違いない。
それなのに、伝える時間も、術もなく命が尽きてしまって、向こうにだって悔いがあるだろう。
こちらにはこちらの悔いがあり、向こうには向こうの悔いがある・・・

縁あって生まれ、さだめによって去っていく。
諸行無常である。
悔いを残さない生き方などあるものか。
たとえ悔いがあってもいいじゃないか。
後悔を後悔と思わず前だけを見つめて生きていければそれにこしたことはないが、
悔いをかみしめ、乗り越えていくことも残された我々のこの世のさだめであり
ひとつの修業ではなかろうか。




2月1日(水)

「チロぽんの敵」

以前も書いたとおり(「tuzi now」1月10日)、チロぽんに噛みつく奴がいる。
それも、頬に穴があき肉ごとごっそり持っていくくらいの強豪だ。
近所にいる黒猫が天敵なのだと思う。
昨年は黒猫が我が家の庭をうろちょろしているのを何度も見かけたし、
ガラス越しにチロがそいつに唸っているのも耳にしていたし・・・
きっとチロはそいつと毎日ケンカを繰り返し、連戦連敗なのだろうと。
そう私は思いこんでいた。

でも、なんだかおかしい・・・不思議なのだ。
まず、黒猫をさっぱり見かけない。
雪が積もってるのに、怪我したチロはいつでも泥だらけ・・・かなり臭いっ!
そして、ケンカしてやられてくるのは夜が多い。
その法則から私はチロを散歩に出すのは朝ということにして、
夜は外に出たがって泣いても出さないように監禁することにした。
すると、チロはかなりの高い確率で無傷で帰ってくることが判明。
それでもヤラレテ帰ってくることはあるのだが・・・

チロの相手は誰なんだ?
姿の見えない敵・・・
しかもかなりの強豪・・・

ひとりそんなことを考えていたある日、父が言う。
父もチロの相手が気になっていたようだ。
だって、半端じゃない傷を負わせ、しかも毎度毎度同じところに噛みつき深手を負わせ続ける敵だ。
「だいたい、猫ってのは逃げる相手に追いかけてくるものだ。
でも、そんな猫は見当たらない・・・敵は猫じゃないんじゃないか?」
「えっ!?猫じゃないってか・・・」
それで思い出したことがある。数年前、我が家の物置の床下にタヌキがいたことがあったのだ。
子タヌキが続々出てきたのを目撃したことも・・・てことはタヌキか?
縁の下で死闘を繰り広げ泥だらけになってヤラレテしまうのか。
まさか・・・
だってここ数年はタヌキを見てないし、今は冬なんだし。

だったらチロの相手は誰なんだ?

・・・そんなある日、私はあるものを発見した。
「んんっ?」
雪の上に足跡。
もちろんチロの足跡もある。
チロのいつものパトロールコースにチロの足跡があっても何ら不思議ではない。
だが、それに交じって明らかに猫以外の足跡が。

犬!

そう。
夜になると飼い犬を放す家があるのだ。
散歩を怠った分、夜のうちだけ自由に歩きまわせる。
それが我が家に入り込んでいるのだろう。

チロはもはや猫に敵はいなくなったのか?
それで猫に飽き足らず今度は犬に挑戦してるのか!
そうなのか・・・??

アホだ・・・

真相は定かではないが、チロのことだから大いにありうる話しだ。
夜、放された犬ばかりではなく、鎖に繋がれている犬にさえ挑みかねない。
例えば、チロのことだから犬のエサを食べに(横取り)行って噛みつかれるとか・・・?
もし、このことが本当なら、もはや猫に敵が無くなったチロは犬に挑んでいるのか・・・?
タヌキ説に続いて犬説が浮上した今、私はチロの‘見えざる敵’を
見つけ出したい気分のこの頃なのでした。

あ〜、チロが言葉を話してくれたらなぁ・・・



2月5日(日)

「チロぽんHG」

ケンカしになのか、単なるパトロールなのかは別として、
毎日出かけて行っては傷だらけになって帰ってくるチロに新しい彼女ができた。
あんな弱くてアホで傷だらけのチロのどこがいいのだ・・・?
以前聞いた話によれば、ネコというのは縄張りが広いとかケンカに強いからといって
メスネコに好かれるというものではないらしいのだ。
ただの面食いか、はたまた相性か・・・?
そういったわけでチロを慕ってくる可愛いメスネコが訪れるようになった。
昨年は三毛猫のモモコちゃん。
今年は黒トラのトラコちゃん。
最近のチロはモテモテだ。
部屋の外にチロを呼ぶトラコちゃんが昼とはなし夜にも訪れている。
なのに、せっかくトラコちゃんがチロぽんを慕って会いに来ても
チロったらモモコちゃんの時と同じように完全無視!
トラコちゃんが悩ましげにお尻を上げててもチロったら完全無視!
お尻を上げてるトラコちゃんを置き去りにしてスタスタどこかに行ってしまう。
昼などは、夜ほっつき歩いて帰ってきて寝てたりしてると、
その悩ましげな声をかけられてもピクリともしない。
爆睡したまま完全無視だ!
どーなってんだ??
チロはメスに興味が無いのか??

あーっ!
チロったら・・・もしやHGなのか・・・?!



2月10日(金)

「伝染」

我が家では原因不明の伝染病が蔓延している。
初めは父だった。
夜の11時頃、下痢、嘔吐に見舞われたのだという。
風邪気味ではあったが、下痢嘔吐といえば食あたりと思うのが妥当だろう。
「なにか悪いものでも食べたんじゃないの?」
といっても、食事はみんないっしょだから、食あたりなら家族全員が同じ症状になるはず・・・
しかし、その日に具合が悪くなったのは父だけ。
とすれば、父だけが食べたもの・・・
「生卵か?」
父は朝食に生卵かけご飯にしていた。
が、卵に問題はなさそうなのだが。
母はいつも高価な卵を買い求めているので、どうしても卵は考えにくい。
父はその翌日、辛そうに胃腸薬を飲み絶食した・・・

次なる犠牲者は私だった。
その晩、我が家はすき焼きだった。
すき焼きに生卵は欠かせない。
美味しく食して2時間後、突然の嘔吐!
私はその晩、一睡もせず吐きつづけた・・・
胃腸薬ももちろん飲んだが、翌日も吐き気は止まらず、水さえも戻していた。
特に思い当たるふしはない。
「生卵か?」
2,3日食欲が無く、飴を舐めたりしていた。
やはり一度でも嘔吐してしまうと怖くて食べられなくなるものだ。

私がようやく食べられるようになった頃、今度は母が嘔吐した。
やはり夜だった。
その日の夕飯は覚えていないが、特に食あたりを起こすような食事ではなかったと思う。
この日、生卵は使っていない・・・
本人いわく
「りんごジュースか?」
だそうだ。
まさか、りんごジュースで・・・?
そういえば、私が嘔吐した日もりんごを食べたっけ・・・
とにかく母もしばらく絶食し、最近になってようやく食べられるようになってきたばかり。

こうして、あまり外に出ない3人が順々に嘔吐し苦しんでいたが、
外に出て仕事している家族はまだ大丈夫だった。
家の中に蔓延した病原体に接触する時間が少ないからだろうか。
ところが、
その彼も突然の嘔吐に見舞われたのだ。
「刺身かなあ?」
というが、刺身は父も食べたけどなんでもなかったし。
あれこれ推理は尽きないが、その翌日なんと、チロぽんまでも嘔吐!

あの大食漢のチロが食欲が無いことはわかっていた。
でもこの時期、外に出かけることが多いチロの変化はつかみにくい。
しかし、私のところにやってきては横になる姿は苦しそうではあった。
「チロ、具合悪いの?」
私の布団に横になっていたチロが突然、ゲッー。
以前から腹具合が悪かったのだろう。
どこで見つけたか笹の葉のような草も吐き出した。
すっかり食欲の無くなったチロはおとなしく寝てばかりいたが、さすが野生、すぐに食欲を取り戻した。

それにしても、チロにまで伝染し、我が家の全員が嘔吐で一巡した。
原因ははっきりとは分からない。(誰も医者に行っていない)
分からないが、風邪の症状なのだろうと私は勝手に思っている。
だってチロは卵もりんごも刺身だって食べていないはずだ。
食あたりにしてはその食物が特定されないし、3,4日おきにひとりづつだし・・・
もし、父が食あたりを起こしたとして、それが生卵だったとしたら、
その後のすき焼きの時全員が症状を起こすはずだし。(同じパックの卵だった)
しかし、その時は私だけで父はなんともなかった・・・
そう考えると生卵が原因であるとはどうも考えづらいし、食あたりによるものではないのかな?
とすれば風邪?
今年のウイルスは嘔吐を引き起こしているか?
確かに家族全員がこれまた伝染によって風邪気味ではあった。

よく分からないことだらけだが、ようやく原因不明の嘔吐はなりをひそめた。
いやはや大変な目にあったものだ。
チロぽんまでとは・・・
だがまだ油断は禁物だ!
嘔吐が二巡しないことを祈るこの頃。
だってある意味、嘔吐はホラー「リング」(巡つながり)よりずっとずっと恐ろしいんだから・・・



2月15日(水)

「トリノ」

冬季オリンピックがイタリアのトリノで開催されている。
さっそくですいませんがいくつかツッコミます。

まず、開会式の「イマジン」は違うだろっ!
イタリアのセンスに疑いを持たなかった私だったが、オリンピックで「イマジン」は違うだろっ!
違和感ありありなんですけど!
だったらイタリアオペラの傑作がいくらでもあるだろうよ。
なにも「イマジン」じゃなくたってさあ。
ま、後半パバロッティのプッチーニがあったからよかったもののね。

開会式に参加した日本選手がインタビューに答えて。
「よかったです」
「何が一番よかったですか?」
に、
「フェラーリかな♪」
って、それも違うだろっ!

でも一番間違ってるのは原田!おまえだよっ!
体重が200g足りなくて失格だって?
「勘違いしてました」
おまえはアホか!
選手だろ?
ルールが改正されたかなんだか知らんけど、そんなの把握してなくて何が選手だよ!
怠慢だよ。
確認してない時点で選手として既に失格だ!
コーチの責任を問う輩もいるが、それも間違ってるから!
そんなこと選手が人任せで済まされるわけが無い!
原田、100%おまえの恥ずかしいミスなんだよ!

・・・なーんて、
かつて太極拳の全国大会で
規定の服装を知らなくて失格になりかけた私
原田をどうこうなんて言えませんて(爆)

・・・それにしても原田選手は私のような者と違って、日本を代表するオリンピック選手で
しかも初めてというのでもなく何度も出場しているベテラン選手なんだから、
今回の件はそういった選手としてはあまりにお粗末だと思うのですが。いかが?




3月18日(土)

「退院」

母が2月14日に入院することになり、それから1ヶ月ばかり私の病院通いが始まりました。
そういったわけで更新をお休みせざるを得なくなった訳でして。
ここ1ヶ月の私は朝の9時頃には家をでて、帰ってくるのは夜の7時過ぎ。
朝の9時までに洗濯や、病院食の母に差し入れの料理やらをこしらえて、
夜は夜でそれまでは5時頃には夕食だったのですが、病院の夕食が6時なので、
家に着く7時過ぎから夕飯の仕度して・・・という毎日でした。
日中はずっと病院に居っぱなしで、自分の用事などまったくできない毎日を過ごしておりまして、
帰ってくるとクタクタで「とにかく寝た〜い!」ということばかり考えていました。
お見舞いにいらした方には「tuziちゃんが倒れないようにね」と労いの言葉をかけていただくものの、
あまのじゃくの私にとっては
「(そんなお座なりの言葉よりも、一日だけでも交代してくれ!)」
ってなもんでして。
いや冗談はさておき、そんな日々がいつまで続くのやら・・・と思ったこともありましたが、
私の献身的な看病のおかげを持ちまして(当たり前のことでも自画自賛でもしてなきゃやってらんない(笑))
めでたく3月17日退院とあいなりました。

今後も長期にわたって治療を続けねばならず、まだまだ気の抜けない日々が続いていきます。
再入院も視野に考えねばならない状況でもあります。
母はふたつの病気を抱えており、目がはなせない状態ですので、家を空けることはできませんが、
家に帰ってきたということで私も少しは時間的に余裕ができそうです。
女手は私だけですが、この際、男衆にも協力をしていただいて(←強制します!)
できるだけ快適に過ごせるようにしていきたいと私は考えています。
太極拳ももちろんまったくできない1ヶ月ではありましたが、
日がな一日中病室にいると体がなまってなまって・・・加えて外はぽかぽか陽気・・・
廊下の隅っこで二度ばかし太極拳しちまいました(笑)
入院患者さんに不信な目で見られようと、看護婦さんに変人扱いされようとかまいやしませんて(笑)
そういえば、退院を決めたのも、退院許可が出たその日のうちでした(爆)
一つの科の主治医からは既に許可がおりていたので、
別のもう一つの科の先生の診察待ちだったのです。
3月13日にCT撮影をしてその結果で判断されるという話だったので、
「(よっしゃ、15日の大安に退院だー!)」と勝手に決め込んでいたのですが、
なんせ大病院なものだから連絡が遅れたらしく、15日判定だと、こっちの主治医が言うのです。
「(え〜、それだったら15日は退院できないじゃんよ〜。だったら17日の先勝だな!)」
とまたも決め込んでいたら、何時になっても診察に呼ばれない。
はて、おかしいな?と思って看護婦さんに聞けば「17日の受診予定になってます」と・・・
「(おまえー、15日受診だって言ったじゃないかー!)」と回診に来た主治医を睨んでやったら、
笑って「いや、その日のうちに退院しても構わないんだよ」と・・・

そーかい、そーかい。
てなわけで17日、11時半の受診で退院OKが出たので荷物まとめて即行で帰ってきたわけ♪
同じ病室の人たちにその日のうちに夜逃げ同然であわただしく退院していくなんて前代未聞!
てなまなざしを受けたような気がするけど・・・(爆)
同じ病室に入院してるおばあちゃんは、とっくに退院許可がおりているのに
なんだか知らないけど退院したがらなくて主治医の回診に時に「もう少し置いててくださいね」って
毎日話してるし・・・
それぞれ家庭の事情があるのは分かるけど、私にはとても考えられない。
病院に居れば‘安心’なことは確かでも、だからってそれだけのために入院してることが
良いこととは思えない。おそらく医者だってそう考えてるに違いないのだ。
精神衛生上もあるけど、なにより不自然だよ。
だってやっぱり・・・家族揃ってご飯食べたいもんっ!



3月20日(月)

「再入院」

お彼岸に間に合って退院した、と喜んでいたのも束の間、
昨日午後から高熱が出て緊急外来を受診しに行ったところ、
「今晩は泊まってもらいましょうか」ということになってしまった。
ガーン!
最初、診てくれた先生は「抗生物質出しまておきますから様子をみましょう」ということだったのだが、
そこで私が高熱の原因と懸念していた血液検査を要求したのだ。
その結果が再入院である。
血液検査をせずに黙って抗生物質もらって帰ってくることも大いにあったのだが
検査をせずに帰って来た時のことを考えると悪化するばかりだったろうから、
その判断に間違いはなかった思っているが・・・それにしても、金曜の日曜である。
週末にベットが埋まることはなかなかないものだ。
「(もしや・・・同じ病室の同じベットでは・・・)」
予想的中!
同病室の患者さんに「おかえりなさい」と迎えられ、恥ずかしいのなんのって。
これじゃ、退院じゃなくてだたの外泊じゃんよ〜(涙)

母は1泊のつもりでいるのですが、そうは問屋が卸さないでしょう・・・
といったわけで本日からまたも病院通いが始まるのでした・・・(悲)



3月31日(金)

「ミリオネア」

1月のtuzi nowに、クイズミリオネアの予選に行ったことを書いた。
あれから5ヶ月経過。
それまで何の連絡もなかったので、すっかり予選で落ちたものと思い込んでいた。
そんなある晩の事。
「4月3日に収録がありますがご都合はいかがでしょう?」
突然の電話だった。
2ヶ月ほど前の私なら、二つ返事で
「もちろんオーケーよ♪ファイナルアンサー!」
と言うところだったが、現在は母が闘病中である。
加えて家を空けることは難しい・・・
今思えば、「(ふむ、どうしたものか・・・)」と電話口で躊躇したのがいけなかったのかもしれない。
その時私は、「少し考えさせてください」とだけ返事し、翌日、承諾の旨を電話連絡したのだった。
だってやっぱりリフォームのための工事費を捻出したいし、
このチャンスを逃したら後がないように思えてならなかったから。。。

そして、承諾の電話を入れた翌晩。
病院からクタクタになって帰ってくると、またも留守電が点滅。
「フジテレビのスタッフです。ご家族にお話しを伺いたいのですが」という内容の留守電だった。
一刻も早く眠りたい気分だったが、テレビ出演が係っているとなれば、無下に断わることもできない。
連絡を入れると父に代わって欲しいとのこと。

半年前、予選の時は母は元気だった。
が、今は状況が一変している。
テレビ局側では、私のリフォームの夢はいつしか病気になった母のためというシナリオに
書き換えられている。
リフォームの次なる使い道は半年前までは‘中国へ太極拳留学’だったが、
それだって現在は‘母の医療費’という筋書きに塗り替えられた。
なのに、なのに・・・
ウチの父ときたら
「お父さんが使うとすればなんでしょうねえ?」
と聞かれ
「そりゃパチンコだにゃ!」って!
おいおいっ!
「やっぱ、海だにゃ!海物語だっ!」
はぁ〜・・・

電話を切った父に不謹慎だとそのことを説教がましく責めた私に父はまじめにこう言った。
「面白くない奴は採用になんないんだよ。
あれくらい面白可笑しく作ってでも話しておかないとな!」
あ〜、それは一理あるかもね・・・
父は深かった・・・のか?
・・・ってか、話し作ってないしっ!

そんなやりとりがあって、収録まであと一週間に迫っていたある日。
私はてっきり3日の収録に行けるものと思い込んでいたので、
「(そろそろテレフォンブレインに頼んでおかないとなぁ・・・)」とひとり気を揉んでいた。
宿泊が必要となればその手配だって必要だし、留守にするとなれば母の事もある。
それなのに。
「tuziさん、昨日の最終会議で残念ながらもれてしまいました」
だと!
そーだったのか・・・
出演決定じゃなかったのか・・・
なーんだ・・・ガックシ。

そんなわけで、半年に及んで引っぱられた私のテレビ出演と1000万の夢はいともあっけなく、
消えてなくなってしまったのでした。
このプチ騒動、母だけが採用ボツになったこのことを喜んでいる。
母が元気になったらまた挑戦することにしようっと!

その時の使い道は
母が行きたがっている‘中国桂林への親孝行の旅’っつうことで♪




4月3日(月)

「介護」

ウチの母は病気になってから歩くことが困難になった。
徐々に回復してきているが、介助が必要なのである。
「介護」というほど大げさなものではないが、ひとりで移動できないので
いつもついていないなければならない。

先日、テレビをながめていたら、病気で寝たきりになった奥さんの介護を理由に
市長の席を辞した方が取り上げられていた。
「市長の代わりはいても夫の代わりはいませんから」と辞められたのだそうだ。
介護は大変である。仕事を持ちながら片手間にできるものではない。
第一に体力勝負であり、その上根気がなければとても務まらない。
寝たきりともなれば24時間365日、介護はつづく。
綺麗事で済まされなくなるのは必定。現に、その人も言っておられた。
「介護地獄ですよ」と。
私にも少しはその気持ちが分かるようになった。
いつまでもいい顔ばかりしていられなくなるものだ。
自分の時間もとれず介護に当たっているのだし、自由などどこにもなくなる。
介護は自己犠牲のなにものでもないのだ、と私は思っている。
犠牲となっても介護に当たれるのは以外のなにものでもないだろう。
妻への愛情であったり、親子の愛情であったり・・・
それがなくて介護に当たれるのは金銭が絡んだ商売でしかないのだと。
世間体とか強制されてとか責任感だけで家族の介護に当たっていてもそれはいつか疲弊し、
他人に委ねることを欲するようになるだろう。
だって、いくら愛情があったっていづれ、そうなるのが現実なのだ。
「介護疲れ」で介護している人が倒れて病気になって、早くに亡くなってしまったとか・・・
そんなケースはありがちな話ではないか。実際、私の周りでも聞かれる話だ。
最悪のケース、ノイローゼになって自殺したり・・・
介護は介護する人の心ひとつだが、楽しく介護だのばかり言っていられないものだし、
寝たきりともなれば、明るいこと(病気が回復に向う等)ばかりでなくなる。

ところで、その番組のコメンティーターにいい年したインテリ女が出ていた。
その女のコメント。
「介護って言うのは本来、病気の人のためにするのではなくて
介護するその人が後悔を残さないようにするためのものではないといけないんですよね」だと!

おまえは何も解ってないな!
介護は100%病気の人のためにするもんだよっ!
後悔しないがためではなくて、自己犠牲の精神だよっ!
ふざけんな!
てめーの言ってることは綺麗事にすぎないじゃないかっ!
これだから机上だけのインテリ女は話しにならねえっ!



4月7日(金)

「ワンセグ」

4月1日から「ワンセグ」というものが使えるようになったんだと。
ニュースでしきりに放送(宣伝?)していたので言葉だけは覚えた。
tuzi「携帯電話でテレビが見れるんだって?」
「テレビが見れる機種は今もあるの。ワンセグはデジタル放送が見れるんだよ」
tuzi「ふ〜ん」(←まったく興味がない)
だって、私、携帯電話持ってないし。
持ちたいとも思わないし。
必要も感じてないし。
ま、公衆電話探すのが面倒だったりするけど、外からなんて滅多にかけないし。
家からだって、そんなに電話なんてかけないし。
私、自慢じゃないけど学生の頃から一人暮らししてて24歳になるまで
電話と洗濯機持ってなかった人間ですから・・・
それで不便とも感じなかった人間ですから・・・

だいたい、電話のかけ方も満足にできない奴らが携帯持つな、って言いたいよ。
人と面と向って話してる最中に、携帯が鳴ると「あ、ちょっとゴメン」ってなんだよっ!(怒)
電話が優先かいっ!(怒)
しかもメールが優先かいっ!(怒)
人前で携帯いじくって恥ずかしくないのかいっ!(怒)
その考え方間違ってないかい?
おかしいよ。
人と会うことより、会って話すより電話が優先される世の中なんて間違ってませんか。
おかしいよ。
すべては使う側のマナーの問題なんだけどさ。
マナーもない輩が今度はテレビに夢中になるのかよ?
いつでもどこでも見たいときに見てですか?
私の目には子供も大人も携帯という名のオモチャを持ち歩いてるとしか映らないんですけど・・・






6月20日(火)

「近況報告」


いやいや、長いことご無沙汰いたしました。
我が家の庭先では盛んに鶯が鳴いております。そんな季節なんですね。
いつの間にか梅雨入りしたとか・・・



母はいったん退院したものの、以前から視野に入れて治療を続けてきた手術を
いよいよ行うことになり、6月8日、手術の為3度目の入院をしました。
だからといって、これで治療が終わるわけではありませんが、完治のためには必要な手術と考えて
あえて踏み切ったわけです。
5時間に及ぶ手術も無事おわり1週間。
私は手術後ずっと母に付き添って病院に寝泊りしていました。
はじめは2、3日付き添うつもりでおったのですが、すっかり病院にいつ居てしまい・・・
というか、母は自分でご飯が食べられなかったり、起き上がることさえできなかったので
付きっきりで世話をしていたのです。
もちろん看護婦さんに手伝ってもらうことも可能ですが、
一から十まですべてというわけにはいかないものですからね。
以前の入院の時のように就寝まで居て通うことを考えると、今回は手術がありましたから、
初めから泊まりこみで面倒をみる覚悟でおりましたから。
さて、他の患者さんの話などから推察するに、術後2、3週間の入院になるらしいとのこと。
術後まだ1週間の母の体にはまだチューブが刺さっています。
そんな時、回診に来た主治医のヨシダが!
「さ、そろそろ退院したいでしょう?明日でもよいですよ♪」と。
はぁ?
こ、こ、このチューブ提げて家に帰れってか!
「これは明日外しますから、その後はいつでも構いませんよ」
たった1週間で?傷も癒えていないのに?
「それは外来で診ていきますから」
今回ばかりは退院を拒む娘にヨシダが迫ってくる。
「他の患者さんが待っているし、お母さんは入院してても治療はないからね。
何かあったら来てくれればいいし、あとは傷が癒えるのを待つだけだから、ここにいる必要はないの。
わかるでしょう?」
わっかんねえよ!
ほっぽり出されるようで怨めしくヨシダを睨む私。
すると今度は母に向って「帰りたいよね」と。
うん♪と頷く母。
そりゃ、‘帰りたいよね’って聞かれたら誰だって‘帰りたくない’とは言わんだろっ!
きったねえよ、ヨシダーっ!
・・・といったわけで、6月18日。入院してたったの10日間。
しつこく退院を迫るヨシダにうんざりして帰ってまいりました。



ちょうど母が手術を受けた9日からドイツでW杯が開催されています。
日本代表の初戦オーストラリア戦の結果は、病院に面会に来ていた人から聞きました。
負けたんだって?
正直、オーストラリアに負けたらどこに勝てるっていうんだよ?って思っちゃいました。
どんな負け方をしたのかゲームをみてませんので分からなかったけど、
母の退院後家に帰ってきてクロアチア戦を見て・・・
これじゃ、勝てるわけないじゃん!
だってゴール前にだれもいないじゃん!
シュートする人がいなきゃ、
いつまでたっても点入らないもん勝てるわけないじゃん!
FWはどこにいんの?
高原!柳沢?
あんたら何してんの!どこ行ってんの?
サッカーのルールもろくに知らないような(オフサイドがわからない)
ド素人の私にさえ勝てない理由がわかったよ。前半見ただけで!
だってさ、パスだって後ろにばっか出して、前にいかないじゃん。
いらつくなあ。
がんがんゴール狙えよ!
てか、ゴール前に人がいろよっ!
なんで誰もいないの?(怒)
これじゃ、どこにも勝てるわけないじゃん!(怒)
俊輔のPKだってさ中途半端で、結局三都主に阻まれたって感じで。
魔球?
あるんだったらさっさと出せよ!
・・・よし、こうなったら今日は日本がブラジル戦に勝つためのフォーメーションを
特別に私が教えてあげよう!
FWは3人。最強の3トップだ。
カズ、ゴン中山、そしてラモス!
この3人が揃えばブラジルにだって対抗できるかもよ♪

ま、W杯は先日のフランスvs韓国戦のような好ゲームが観戦できるということが
醍醐味なのであるから、本戦に残ったチームを観戦することが私の楽しみなのだけどさ。
そーいえば先日、これまでの総集編のような番組があって、良いとこばっか集めたプレー見てたら
アルゼンチンチーム(たぶんそうだったと思う)の凄いこと!
パス回しは芸術的だし、ゴールを決めた際の美しいこと!
やっぱ一流どころだ・・・
まるで詰め将棋みてるみたいだった。
正確に計算し尽くした上でのパスで、無駄なパスなど1本もないし狂いもない。
ひとりひとりの技術のレベルが高いのよね。
それに日本チームだとパス出すのに相手チームに奪われないか、そればっか気にしてるから
スピードがないし、迷ってばかりだけど、アルゼンチームにはそんな迷いがまったくないの!
自分ボールという自信を持って出してるからパス回しが早いし、ボールを自由自在に扱ってる。
20何回だか、30何回だかのパス回して回して、最後は膝でゴールよ。
見事というか、綺麗よね。
そのプレーは正に美!芸術!
日を追うごとにますます芸術的プレーが続出することと思う。
W杯これからが本番!



6月25日(日)

「臥薪嘗胆」

W杯もいよいよ本番、決勝リーグがはじまりました。
イングランド、ドイツも素晴らしいらしいですが(試合をまだ観てない)私、アルゼンチンファンです♪
決勝リーグメキシコ戦では延長の末でしたが勝利を決めてくれました。
次は開催国でもある強敵ドイツと当たりますが、アルゼンチンサッカーに応援しよっと・・・

ところで日本チーム。
負けてすごすご日本に帰ってきたわけですが、毎回の事ながら空港の出迎えでは
黄色い声援が飛び交っていたことでしょう。
「ヒデー、ありがとうっ♪うふ」
「俊輔ー、お疲れさまぁ♪きゃっ」
「川口ー、感動をありがとうっ♪うっとり」
などなど・・・
なんでや?
そうやって甘やかすからつけあがるんだよ。進歩しないんだよっ!
12年前からぜんぜん上手になってないじゃないかっ!
何年サッカーやってんだ、って話しよ!
これじゃ成田に到着したとたんに負けた悔しさを忘れてしまうんじゃないか!?
予選ブラジル戦で1点が入れられたのは、たまたまブラジルが油断してたにすぎないのだし、
3点差で終わらせていただいたのも、ブラジルがウォーミングアップに過ぎない日本相手に
疲れたくなかったからなのだし・・・
そこんとこ当の選手たちわかってんのかねぇ・・・まったく(呆)
これがブラジル、アルゼンチンだったら怖くて母国に帰れないと思うよ。
命だって狙われかねないもんね。
日本はそれだけ緊迫してないというか、迫力に欠けてるのよ。
試合を観ててもチームの打ち合わせがなってないじゃん。
「俺がボールもったら、フォワードは上がっておけよ・・・」
とか、
「俺がパスしたらタイミング見て出て来いよ・・・」
とか。
そういう打ち合わせしてないのかよ?って思う。
戦略みたいなものがまるで感じられないもん。
行き当たりバッタリでボール持ってどこに繋いだらいいか分からないまま右往左往してて・・・
そのうち相手にボール取り返されて・・・
パスは繋がらないし、だしたとしてもそこに人はいないしで・・・
まるで子供のお遊びサッカーだ。
それで決勝に残ったところで恥ずかしいだけだからさっさと日本に帰ってきてよかったんだけどさ。
とにかくこの敗退を胸に刻んで、という反省も恥ずかしげもなくこれまで12年過ごしてるわけだから
このままじゃ4年後だって同じことの繰り返しと思うよ。
悔しさをあっという間に忘れてしまう、そんなあなたたちにはこの言葉を贈りましょう。
臥薪嘗胆
え?
知らないって?(やっぱりね)
がしんしょうたん、と読みます(いやみです)
意味は自分たちで調べるように!(本気で勝ちたいという意欲があるならね)

ところで川淵キャプテンの言うことによれば次期監督はラモスじゃないんだって?
そこんとこの人事からしてはずしてませんかぁ?
だってもう、ラモスしかいないでしょ。
いうこときかない選手にはゲンコツするくらいの気迫をもった監督じゃないと!
ナニヤッテンダヨーッ!そこでシュートだろっ!
ゴツンッ!(←ゲンコツの音)
ナニミテンダヨーッ!パス回セヨッ!
ダカラそれジャオソイッテ言ッテンダヨーッ!
ゴツンッ!(←ゲンコツの音)
ナンカイ同ジコト言ワセンダヨッ!
イイカゲンオボエロヨッ!
ゴツンッ!(←ゲンコツの音)
・・・とまあこれくらいの監督じゃないとね。
ちなみにコーチはカズ。
いうこときかない選手にはゲンコツ&キック。
キャプテンには試合中も言うこときかない選手にはゲンコツしてでもゴール狙うくらいの
ゴン中山で・・・