2005.1

1月1日(土)




本年も「飛ぶtuzi」をどうぞ宜しくお願い申し上げます。



昨年末、「2005年、tuziは・・・さしずめ女寅さんになる・・・
と書いたところ、
「どこか旅に行くんですか?」
と読者の方に聞かれました。
寅さんはフラレタといっては旅にでます。
おいちゃんに
「あー、寅の奴、またいなくなっちゃうな〜・・」
と言わせたかと思うと、
ある日突然、行き先も告げずにいなくなってしまうのです。
そして、妹のさくらに
「・・・おにいちゃんたら」
と心配かけ、連絡もなしにふらっと帰ってきたといっては大騒動を巻き起こす・・・
そして毎度毎度失恋して旅にでていなくなって
「寅ちゃんは今頃どうしてるかねえ・・・元気でいるのかねえ・・・」
おばちゃんが寂しそうにつぶやく。
案じているところへ、きまり悪そうにまたふらっと帰ってくる・・・
そんなことを繰り返してるのが寅さんです。
危なっかしくて見ちゃいられない。
なんか助けたくなってくる。
しょうがないんだけど、憎めない。
それが寅さんです。
寅さんはみんなに愛されている。

それなのに私ったら、僭越ながら女寅さんになる・・・なんて書いてしまいました。
私はただ気分的に「ふらっ、と旅にでたい・・」だけだったんです。
なにも行商がしたいわけではありません・・・
好き好んでひとり旅がしたいわけでもありません・・・

女寅さんになる・・・というより
愛される人になりたいだけなのです。



1月5日(水)

「2005年初売りレポート」

毎年恒例の初売り。
毎年1月2日は母と一緒に発売りに出かけている。
事前に軽く新聞、広告チェックをする。
まあ、デパートの福袋情報とか、毛糸店の催事とかくらいですが・・・
毎年のコースはだいたい決まってるし、これといってお目当てというのもないから
ふたりでぶらぶらしながら行き当たりバッタリで買い物している。
朝8時頃の新幹線に乗り、ゆっくりまわって休憩に蕎麦を食べて、2時頃には帰ってくる・・・
私の楽しみは、普段は高くて買えないような高級ブランドの福袋をお手ごろ価格で買うことと、
‘詰め放題’企画をチェックすること(笑)
数年前の毛糸の詰め放題は忘れられない。
それになんと言ってもあの賑やかで景気のよい華やいだ雰囲気。
太鼓の演奏や振る舞い酒、福引の鐘・・・
新春ならではの光景。
家で福袋をあけて一喜一憂するのもまた楽し!
・・・こんな感じで私たち親子は初売りを楽しんでいる。

今年、新聞を見ながら真っ先にチェックしたのは
昨年、欲しかった福袋(某高級ブランドCジュ)の最後の一個を目の前でかっさらわれた!
その雪辱を今年晴らすべくFデパートの広告だ。
「おお、今年もあるではないか!むむ・・今年こそ!」
今年もFデパート直行だな。
それと、毛糸店の詰め放題。これが二番手だな。
「あした、朝7時30分に家を出るからね」
そう母に言って元旦は8時に就寝。

翌2日、7時30分。
「えー!?今まで何してたのよ〜!(初春怒)」
母は悠長に構えていた。
まだ髪も梳かしておらず、着替えてもいない。
どうせ、次の新幹線で行っても良さそうだ、そんな感じでのんびり構えている。
「(そんなだから最後の一個を目の前で持ってかれたんだよっ!)」
母には私が昨年どんだけ悔しい思いをしたかぜんぜん分かっていなかった。
「時間厳守!行かないものとみなす!」
と私は初めてひとり初売りに繰り出した・・・
今まで連れがいたのに、ひとりというのもなんだか寂しいものだが母を待っていたら
あの調子では到着がお昼になってしまうことだろう・・・
そう判断し、私は母を置き去りにし家をでた。



駅に着いてみると、大きな荷物を抱え買い物を終えた人たちでごった返している。
もうすでに帰り足の人たちと入れ替わりになる時間なのだ。
私はFデパートに急いだ。
駅の構内をでると、すっきり晴れて抜けるような青天だというのに、とても寒かった!
途中、S百貨店で鏡割りをしており、枡酒を配っている。
「呑むしかない!」
寒かったので枡酒をいただく。正月ならではでんがな!
「ウマイ!」
一杯ひっかけてFデパートに急ぐ。
あまりの寒さで酔いはまわらない。
途中、Aカマで振る舞い酒をしていた。紙コップなので風情に欠けるが、ここは
「呑むしかない!」
二杯も呑んでしまった・・・
例年ならここには舞台があって、島田に稲穂をさした晴れ着のお姉さんがいたりして
押すな押すなの人だかりとなっているのだが、今年は舞台もなく人通りもスカスカだ・・・
「(ふーむ、これだけ不景気ということにゃのかにゃー・・)」

さてさて、ようやくFデパートに到着。
入館するのにまだ列をなしている。
「さすがFデパートだにゃー」
「どれどれCジュは、と・・・」
ここだけ押すな押すなのお姉さん、はたまたおば様が群がっています。
ここだけが黒山の人だかりです。
さすがにCジュ人気は大変なものだったのですね・・・
私も精一杯背伸びしてみますが、チビの私には福袋の残量が確認できません。
そこへ、どんどんお姉さん方が押し寄せるもんですから、私も押されて流されそうに・・・
足も浮き気味で、カバンも浮いて・・・イリュージョンか・・・
あ、あのお・・マフラーをひっぱらないでくれませんか・・・首がちぎれそうです・・・
流されながらようやくショーケースの前に・・・手を伸ばし・・・伸ばし・・・
熱戦の末GET!
ふ〜・・・
これで昨年の雪辱は晴れた!

さてと、次は・・・
あとはのんびりいこう。
てか今になって館内の暖房と、さっきの熱戦で一気に酔いが・・・
もしかして私の鼻、赤くなってません?
ほっぺたより鼻が赤くなってません?

赤鼻tuzi、Dオール前。
福袋の中身が公開されている。
「アイシャドウ?使わないし・・・」
通過。

赤鼻tuzi、Gラン前。
「エステ券付き?使わないし・・・」
通過。

赤鼻tuzi、N・Rッチ前。
毎年買ってる福袋なので迷わずGET!

赤鼻tuzi、Yローラン前。
「ふむ、いっちょ買ってみようかにゃー」
GET!
おつりで樋口一葉を初めて手にする。tuzi感動。

さて、Fデパート高級ブランドめぐりもこのへんにして、
今年はちょっと足をのばして老舗Mデパートに行ってみようかと思う。
外に出るとFデパートの鏡開きに出くわした。
「呑むか・・」
景気のよい太鼓の演奏を聴きながら呑む。
太鼓の演奏をしている子供たちが少林拳法のコスチュームだったので写真を撮ろうとカメラを出したが、
あまりの寒さに電池がイカレてシャッターが下りない・・・
寒いので外を歩いていると、いくら呑んでも酔いはないのだが、
暖かいところに入ると、さっきのように急にポワ〜ンとしてくるのだった。
翌日(3日)の新聞によると、2日の最低気温−5.6℃!
マイナスて・・・
そりゃ、寒いはずだわ・・・
酒もきかないはずだわ・・・

Mデパートへの道すがら高級果物店に店先に「干し柿全品半額」の文字。
おおっ!
置き去りにした母の好物である。
‘干し柿’といっても某県特産の高級干し柿である。
これが半額とあっては買いでしょ。
半額でもまだまだ高額であるが母のためえんやこらGET!

Mデパートは老舗である。
最近ではお中元やお歳暮を贈るために来るくらいで、
駅から遠いということもあってあまり来ることがない。
そんなこともあって久々に初売りに来てみたが、結局めぼしいものはなく空戻り・・・

駅へ戻る道すがら、激安フィルムGET!
24枚撮り5本で498円!
沿道の店頭に出てた‘パジャマ入り福袋’を見つける。
他にいろいろ入ってそうだったので開けてみて母と分けよう!と思う。
やたらデカイ福袋GET!
すでに両手は完全にふさがりました・・・
途中、毛糸店にも寄って‘詰め放題’も覗いてみたが、以前別のお店で体験したのと違って品質も劣るし、
めぼしい糸がなかったのでやめておいた。
他の手芸店も覗いてみたけど、いつもどおりでありきたりだったので今年は毛糸を買わない異例の年に。

・・・あとは父に大河ドラマの本を毎年恒例で買って行ってるのでそれを調達して、と!
・・・その前に蕎麦でも食べようかな。
ひとりで食事は寂しいが、これまた恒例なので。
Jデパートに稲庭うどんの店があったはず。
Jデパートは駅前にあるので時々立ち寄っていたが、
そのお店の前を通りながら「一度入ってみたい」と思っていたので今年はそこで休憩にしよう。
稲庭うどんのお店なのだが蕎麦もある。どちらも食べられるメニューを選んだ。
なかなか美味しかった。店内も落ち着いているし、穴場なので静かでいい感じ。
「(来年は母とここにしよう!)」と思う。

最後の仕上げに駅で父の本を調達して、
K本舗の天皇家から注文を受けて納めるというお菓子を買って
最後に‘豪華景品付きワインの福袋’を買って・・・
「うー・・重い・・・」
もう持てましぇーん・・・う、う、腕が痺れてきました・・・指がちぎれそうです・・・
それでなくても両手がふさがっていたのに、そこへワインが3本も入った福袋買っちまったら、
いかに楊式刀で鍛えた腕力といえどヨロヨロですって。

こうしてtuziの2005年初売りは幕を閉じたのでした。


・・・tuziです。
(「ヒロシです」風にアンニュイなボサノバの感じで)
家に帰って‘パジャマ入り福袋’を開けたらパジャマが入ってませんでした・・・
・・・tuziです。
私を泣かせた一番重い‘ワインの福袋’の豪華景品とやらが、
お店がメーカーからもらったおまけの景品の残りが詰め込まれていただけでした・・・
tuziです。
tuziです。。
tuziです。。。



1月10日(月)

「tuzi的‘冬ソナ’」

ヨン様人気を検証するため見始めた「冬のソナタ」(2004年12月20日〜30日放送)
何度も再放送されていたようだが、これが最後の放映ではないかと思い、
意を決してようやく見始めた。初めのうちは軽く考えていて
「(メロメロドラマ風ラブストーリーか・・・)」
と退屈しながら見ていた。

ところが話が進むにつれ、その話しの構成が巧く組み立てられていて無駄がなく
10話をすぎたあたりから俄然面白くなってきた。(全20話)

話しの筋はこうだ。
ユジン(チェ・ジウ)とサンヒョク(パク・ヨンハ)は同じ高校に通う幼なじみ。
そこにチュンサン(ぺ・ヨンジュン)が転校してきた。
サンヒョクはずっとユジンが好きなのにとりあわず、ユジンはチュンサンと心惹かれあう。
ところがチュンサンは交通事故で死んでしまう。
それから10年後。
ユジンとサンヒョクは婚約。
そこへ死んだはずのチュンサンそっくりのミニョン(ぺ・ヨンジュン)が現れる。
ふたりはまたしても恋に落ちる。
ユジンはすでに婚約しているのでミニョンが身を引いてアメリカに行こうとした時
実はミニョンがチュンサンだったことが発覚。
チュンサンは10年前の交通事故で記憶を失くしていたのだった・・・
チュンサンのあとを追ってきたユジンを助けるため、チュンサンは2度目の交通事故に遭ってしまう。
この事故で失くしていたチュンサンとしての記憶が戻る。
記憶が戻ったことによって、チュンサンとユジンが兄妹であることが発覚!
ふたりは泣く泣く別れることに。
ところが、それはチュンサンの母の嘘だった。
ふたりは兄妹ではなかったのだ!
ところが、そんな時チュンサンの体に異変が・・・
そして衝撃のラスト・・・



軽い気持ちで見はじめたのですが、なかなか深いです。
話しはコテコテのラブストーリーなのですが、シチュエーションにはなかなか深いものがありました。
‘冬ソナ’を徹底解明するには認知心理学、心身一元論、大脳生理学、
意識と心(ライプニッツ)が論じられなければならないだろうて・・・(←そんなアホな。笑)

人は相手の何に惹かれるのか?
ユジンは10年前に好きになったチュンサンに瓜二つのミニョンに惹かれる。
顔は瓜二つでも、チュンサンとしての記憶のないミニョンはかつてのチュンサンとは別人だ。
果たして、‘記憶’のみがその人間をつくるのだろうか・・・?
後天的環境がその人間に及ぼす影響は確かにあるだろう。
しかし、環境だけがその人間をつくるのだろうか?
先天的要素がその人間に影響を及ぼさないと言えるだろうか?
記憶があろうとなかろうとその人間に違いはないはず。
だが、待てよ。
例えば私の記憶が入れ替えられて、誰か別人だと思い込んでいたら、
その別人としての記憶だけになっていたら・・・私はその誰かとして生きていくだろう。
その時々の判断は‘それまでの記憶’の判断でなしていくことになるのだろう。
・・・んー、そうだろうか?
ドラマの中のユジンはミニョンの中にチュンサンと同じ何かを感じとった。
そのことをドラマでは‘直感’と訳されていた。
また、本人はどうでも、その記憶を共有できる人間がいないのだとしたらどうだろう?
かつてのチュンサンを知っていた人間を、記憶を失くしたミニョンは憶えていないとしたら現実問題、
ユジンにとっても他の友人にとっても、それはチュンサンにはなりえない・・・

人間の本質は記憶なのか?
過去の記憶を失くしてしまったら、別人となり得るのか?
それとも、
記憶がなくともその人間はその人の本質を保ちえていけるのか?
ドラマでは後者だった。
その人の現在の言動、行動は記憶を失くす以前のパーソナリティまで失っていない。
ユジンはチュンサンが好きになり、ミニョンとしても好きになったのだ。
だから私は思う。
人間が相手を心から好きになるということは、
その外見を透かしてその人間の本質に惹かれていくものだと。
その人がかもし出す雰囲気(オーラ)のようなものや、色(トーン)、ふとした言葉・・・
それらは記憶があろうとなかろうと、その人間である限り不滅のものだ。
それを感じるのは、やはり‘直感’によるものなのだろうと。
‘記憶’がないということで人間関係は再構築できないが、本質に影響しないのだろうと。

縁のエネルギーのこと。
人と人が出逢い、惹かれあう。それは‘希望’に満ちている。
また、サンヒョクのようにユジンを手放したくなくて必死につなぎとめようとする。
振り向いてもらおうと引こうとする力だ。
形は違ってもやはり将来に対して‘希望’を持とうとする姿がある。
しかし、その‘希望’を諦めて気持ちを投げ出してしまう。突き放してしまう。放棄してしまう・・・
放れようとする意志の力もある。
引こうとするエネルギーよりも、心と心がかよい合っているのに、諦めようとする、また、会いたいのに我慢する、
そんな放れようとするエネルギーのほうが膨大なエネルギーを必要とするということだ。
引き合おうとする辛さ苦しさより、別れようとする辛さ苦しさのほうが数倍もの痛みを伴うものだ。
そこには‘希望’がないからである。
自分の心を放棄する・・・それは‘絶望’でしかない。
どんなに相手を想ってしても、心を絶つほど悲しいことはない。
だから私は思う。
人と人との縁を簡単に断ってしまってはいけない。
真の縁で結ばれている人間同士は、どんなに別れようとしても別れられないものだ。
しかし、そのことに甘んじてはいけない。
この世でのせっかくの縁を諦める前に最大限努力すべきではないだろうか。

私は前世というものを肯定も否定もしないが、漠然と存在するのではないか、と感じている。
ドラマも「親の因果が子に報い」という展開だった。
縁とはそうして時代を越えて、見た目が変わっても直接‘直感’に訴えかけて、
心だけが憶えているものなのだと私は思っている。

誰しも趣味趣向というものがある。
人の好みも千差万別だ。
世の中うまくしたものだと常々思う。
言葉は悪いが「割れ鍋に綴じ蓋」という例えもある。
中には、物質や外見に惹かれるという人もいるかもしれない。
でも、そういうのは一過性のものであって最後の判断はそうしたことでは決まらないものだ。
心と物質は結びつかないものだ。
心と外見も関連性がないものだ。
やはり、心が惹かれるのは心だけなのだ。
心から好きになることに理由や訳などあるはずがない。
好きなものは好き、言葉などで説明できるものではない。
理屈ではないのだ。

そう、私がスイカが好きなのに理由などないように・・・
たまたまそのスイカが美味しくなくて悲しくなっても嫌いになどなれないように・・・
たとえ私がスイカを好きだったという記憶を失くしたとしても
新しい私はやはりスイカが好きになるんだと思う・・・
永遠に・・・

(・・・ってtuziさん、さんざんシリアス(?)に話してきて最後の例えがスイカですかぁ?)



1月15日(土)

「続・tuzi的‘冬ソナ’」

リュウさんという歌手が唄った‘冬のソナタ’のテーマ曲は、大晦日の紅白歌合戦にも出演していた。
ドラマのヒットにあやかって、といったところだろうが、
それにしても、ドラマの中に流れていた音楽はとてもよかった。

我が家には数冊の通販カタログが送られてきている。
いつもはゴミ箱直行なのだが、正月の暇に任せて珍しくペラペラめくって眺めていた・・・
!!!
‘冬のソナタ’サントラ盤を見つけてしまった!
そればかりではない。
韓流ドラマシリーズと題して様々な韓国ドラマのDVDがズラーリ!
ちなみに‘冬のソナタ’DVD7枚組、33,600円也!
そして12ドラマのうち9作品にヨン様が出演。
変り種としては‘冬のソナタ’で学ぶハングルという教材もあるし、
ドラマの中に出てきたアクセサリー(ポラリスシリーズ)の販売まである。
これは韓流様様の商売・・・

「(サントラ盤があるんだ・・・欲しいなあ)」
通販で買わなくともCDショップに行けばおいてるだろう。
後日、所用で出かけたついでにHMVによってみた。
いやあ、あるわあるわ・・・
立派な韓流コーナーがあるではないか!
少し前まではこんなに韓国音楽なんてお粗末程度にしかおいてなかったでしょうに・・・
お目当ての通販カタロクグで見た‘冬のソナタ’サウンドトラックもあった。
サウンドトラックといっても何種類かあって迷うほどだった。
ほとんどは日本で発売されたもので、日本語で歌われていたり、オルゴールだったり、クラシカルにピアノだったり・・・
手を変え品を変えさまざまアレンジして売り出している。
「(・・・そういうんじゃなくて普通にドラマで使われていた曲が収められてるのがいいんだけどなあ)」
ふふ・・
みっけちゃいました!
輸入盤。
これなら間違いない。
オールハングルなので曲名はチンプンカンプンですが、曲が聴ければそれでよし。
このCD、最近のお気に入りでエンドレスに部屋に流れてます・・・(笑)


(このジャケットのサントラ盤は日本版と輸入版がある。微妙に曲の順番が違う)


お気に入りということで‘冬のソナタ’全20話
「tuziが勝手に選ぶ名セリフBEST5〜!」
ミニョンかサンヒョクかで揺り動くユジンが決めた決断を聞いて、ミニョンが言った言葉・・・(第9話)
ユ)「ミニョンさんが好きです。
でもミニョンさんを選べばサンヒョクが気になる。サンヒョクを選べばミニョンさんが気になる。
だからどちらにも進みません。どちらも選ばない。これが私の選択です。
これからひとりで頑張って生きていきます」
ミ)「違うな。それは選択じゃなくて‘放棄’だ。そんなの理解できない」

tuzi談
どちらかを選ばなければ‘放棄’と言う意表をつくセリフに「ハッ!」としたものの冷静になって考えてみれば、
私としては‘どちらも選ばない’はそれはそれで立派な選択だと思う・・・


ユジンに去られたサンヒョクが悲しみのあまり入院してしまったとき、
自分のもとに帰ってこないかもしれないのを覚悟で
ユジンにサンヒョクを助けに行くよう促すミニョンが言った言葉・・・(第10話)
ミ)「一つだけサンヒョクに勝てないものがある。それは‘時間’です
ユ)「サンヒョクを見たら戻れなくなるかもしれません」
ミ)「僕なら大丈夫
ユ)「でも、もし戻れなかったら?いいんですか?」
ミ)「僕は大丈夫。苦しむあなたを見てるよりましだ。
僕は大丈夫。だから行って。そのかわり必ず帰り道を見つけて。
たとえ帰りがずっと後になっても見つけられますね?

tuzi談
‘直感’によって惹きあうということを語ってきたが、
それとは反するかと思われるが‘時間’によって育まれた‘情’というものもあると思う。
それはお互いにとって捨てがたい思い出であり、ふたりだけが共有できる力であると思う。
多くの‘時間’を共に過ごすことで‘絆’が生まれるのだとも思う。
ミニョンが車中で「僕なら大丈夫」と言ってユジンを送り出すミニョンの強さはとても真似のできることではない。
ここは私の一番のお気に入りシーンである。


ユジンの婚約者サンヒョクが、ミニョンが実はチュンサンだったと知り、
ユジンとの結婚を諦める決心をしたと両親に話す・・・(第15話)
サ)「ユジンを愛してると思った。でもそれは‘執着’だった。ほかの男に渡したくなかっただけだ」

tuzi談
深いです・・・
これは私も納得の名セリフナンバー1ですね。
人間の‘愛’は錯覚であったり、思い込みであったり、勝手に‘愛’と名づけているだけだったり・・・
そもそも‘愛’など実体のないものです。
それは光に包まれているような温かく心休まるホンワカしたもの・・・
‘愛’と思い込んでいる感情の本当の姿は‘執着’かもしれないし‘欲望’かもしれないし、
もしかしたら‘自己愛’なのかもしれません。
でもね、サンヒョクのユジンを思う心は‘愛’だと思うな。
サンヒョクは自分をおいて真っ先にユジンのことを考えていた。ユジンのためなら自己犠牲も厭わない。
私だったらサンヒョクのような‘愛’に包まれたら安心して心を委ねたいと思うのだが・・・


ミニョンの恋人だったチェリンがミニョンに心変わりされて、会いたくない時にユジンとふたりであらわれ
顔をあわせてしまった時サンヒョクに泣きながら訴える場面・・・(第15話)
サ)「大丈夫か?」
チ)「だめだわ!
顔を見なければ忘れられると思ったけど二人でいるのを見ると腹が立つ。
サンヒョクは平気なの?こう思うのは私だけ?

tuzi談
チェリンのこのストレートなセリフにtuziは好感をおぼえました!(笑)
「だめだわ!」「腹が立つ」
正直な感情でしょう。
でも、私ならその場では平然としてふるまうんだろうな・・・


かつてサンヒョクの父は、ミニョンのお母さんに好意を寄せていたが、
ミニョンのお母さんはユジンのお父さんが好きだった。しかし失恋に終わった過去がある。
ミニョンのお母さんがサンヒョクのお父さんに言った・・・(第18話)
サ父)「なぜ彼に(妊娠したことを)告げなかった?」
ミ母)「あなたと彼の違いがわかる?
人間て愛する人の言葉は何でも信じるものよ。
あなたは私を愛したけど、彼は違った。それがあなたと彼の違いよ

tuzi談
妊娠したことを打ち明けていれば、好きな人を引き止められたのに。ときかれてのセリフ。
暗に、私は愛されてなかったのよ。たとえ妊娠したことを打ち明けても彼には信じてもらえなかったでしょう。
と言っているわけだ・・・
女の憐れを感じる、心をわしづかみにされるような、なんとも切ないセリフだ。

「・・・深いです」

(・・・ってtuziさん、かなり‘冬ソナ’にはまってません?
そのうち「ポラリス欲しい〜」とか言いだすんじゃないでしょうねー!)

「ふふ・・それはないけど、ちょっとだけハングル語に興味を・・・
あっ、いや、ほらサントラ盤が輸入盤で・・だから、そのぉ・・(アセアセ)」

(ギター侍・波田陽区で)
♪‘冬ソナ’を見たけれど、「やっぱりヨン様には興味わかなーい」って言うじゃな〜い・・♪
でも、あんた・・
マフラー、長さが足りないのに無理やりミニョン巻きにしようとしてますからー!残念!!
tuzi、タートルネック斬りっ!





1月20日(木)

「エイリアン」

私は学校の非常勤講師として週に一度、20歳くらいの学生を相手に授業をしている。
その日、ちょっとしたレポートを書かせたので、授業を終了してからも私は教室に残り学生の書いたレポートを添削していた。
・・・と、学生の会話が耳に飛び込んできた。

「・・・おまえさあ、そこは友だちのよしみ(誼)で参加しろよ、なあ?」
「え?良美(よしみ)って誰?」
「そうじゃねえよ!友だちのよしみだよ。‘よしみで’って言うだろ?」
「え?俺の知ってる女?」
「っちがうよ、バカ!そうじゃなくてよお、‘友だちの誼(よしみ)で’とか言うだろうよ!」
「俺、知らねえ・・どういう字書くんだよ?」
「おめえ、ほんとバカだな・・・」
「え?だから、よしみってどういう意味なんだよ?教えろよ・・」
「‘よしみはよしみ’だよ。・・なんとなくわかるだろ?」
「わっかんねえよ!」←逆切れしてる
「もういいよっ!とにかく参加するだろ?」
「・・ああ」

ぷぷっ。
日本人どうしなのに日本語が通じてない・・・

でも、ま、こんな会話は友だちどおしのラフで害のない会話でかわいいものである。
ところがそうは言っていられない事態もあるのだ。

講義系の課目である私の授業は学期末の試験を行う。
講師として学校に行き始めて10年以上にもなる私の試験問題は数年おきに一新してきている。
「今年はそろそろ・・・」
とヤル気を起こし、試験問題を作り直した。
私は試験の前週はご丁寧に総復習と称して学生に試験に出そうなところを伝授している。
ここまでしても、おおかたの学生は聞く耳持たず、で相変わらずの受講ぶり・・・
口にすることと言えば
「平常点は何点ですかぁ?」
とか
「試験は難しいんですかぁ?」
とか
「落ちたらどうなるんですかぁ?」
とか
「補講はあるんですかぁ?」
とか・・・

少しでもどうにかして楽して受かろうとすることばかり。
受ける前から落ちたら・・の算段ばかり。
1点や2点をなんとかして捻出しようとすることばかり。

そんなこと考える暇があったら試験勉強せいっ!
こんな往生際の悪い奴らに限って1点や2点をもらったところで橋にも棒にも引っかからないものだ。
今までの授業サボってたくせに単位もらおうなんて甘いと思わないのか?
私には救いようのない奴のあがきにしか聞こえない。

「質問がなければこれで。健闘を祈る」
と終わった。

すると、一番後ろに座ってた女3人が
「先生〜♪」
と帰ろうとした私を呼ぶ。
何事かと思いきや
生徒A)「試験に選択枝はあるんですかぁ?」
「ありません」
生徒B)「じゃ、○×形式はぁ?」
「ありません」
生徒C)「計算問題は計算機使ってもいいのぉ?」
「持ち込み不可です」
(さっきも言ったはず)
生徒A)「えー!?もうゼッタイ無理っ!」(←逆切れ)
生徒B)「もし、不合格がたっくさんいたらどうするんですかぁ?」
「全員再試です」
生徒C)「それって、先生が悪いんじゃないのぉ?」

プチッ。

「悪いぃ?」

生徒C)「先生の試験問題が難しすぎたってことでしょ?」
(学校側からも問題視されるでしょ?という事が言いたいらしい)

「ああそう、私が悪いならそれでもかまわないわよ。
あなた方の点数も悪いわけだから全員再試を受けてもらいます」

教えてないところを試験に出題するわけでもなし、
自分の勉強不足を棚に上げて、点数が悪いのを私のせいいだぁ?
バカ言ってんじゃないっ!
尤も然として、学校側の見方をちらつかせるなんざあ、その根性は腐ってるとしか言いようがない。
学生のあんたに言われる筋合いではない。

こんな学生にもともと‘平常点’などあろうはずがない。
それをさも当然与えられるべき点数だと思ってる厚かましさにも腹が立つ!

日本には自分を省みない‘恥’の精神はないのですか!
年長者にむかって上から物申す国なんですか!

数年前、授業に出てきては大声で騒ぐ男子生徒がいた。
幼稚園児じゃあるまいし、20歳近い男に静かにするよう注意するのもバカバカしいので
無視して授業をしていたが、あまりのうるささにたまりかねて
「うるさい!出てけ!」
と注意した時
「おれは学費を払ってんだ。出てけと言われるおぼえはない」
と凄まれた。
「そんな授業態度があるか、授業の迷惑だ!」
と言っても聞かず、
「俺の勝手だろ?」
と居座る。

手に負えないとはこのことだと思った。
一体どういう神経なんだ?
私にはさっぱり理解できない。

いずれにせよ、日本語が通じない人たち。
こういう恥知らずで、口のききかたを知らない人間に育てたのは親の責任だ。
そういう親に限って、自分の躾のなってないのを恥ずかしいとも思わず
自分の子供の落ち度を学校の責任にするものだ。
口のききかたなどというのは子供の時分、親が家庭でどういう言葉遣いしてきたかで決まるものだ。
子供を叱れない親が、いい年になった子供の不甲斐なさを学校の責任にするなどというのは本末転倒もいいとこだ!
話しにならん!
日本語も満足に話せないような人間に教育も何もあったものじゃないではないか。
立ち居振る舞いと日本語を知らない人間に教育などできようはずがない。

私からすれば
彼らはエイリアン(地球外生命体)なのだ。

こういう物体とは関わりたくないものだ・・・



1月25日(火)

「エイリアン2」

私は学校の非常勤講師として週に一度、20歳くらいの学生を相手に授業をしている。
・・・と言う話しは前回のとおりである。
そのエイリアンたちに1月20日、後期末試験を実施した。
この試験によって学生の単位や評価が決定する重要かつ厳粛な試験である。
試験期間が設けられていて、その間に各教科の試験が実施されるのだが、
教科によっては授業時間内に本試験を行い、その後再試、追試という
スケジュールをとっている先生も見受けられるので、そのへんは教科ごとにズレがあるようだ。
昨年までは私も試験期間内に本試験を実施し、監督は学校の職員の先生にお願いしていた。
毎年、試験問題を教科担当の職員の先生に渡して、自宅に答案用紙を郵送してもらい、私が採点して評価をだす・・・
そんな風に繰り返してきたのだった。

しかし今年は授業の進みぐあいからしても授業時間内に試験時間が取れるようだったため
初めて私が監督し試験を実施することにした。
試験問題も数年ぶりに一新し、気持ちも新たに!

1月20日、普段は2クラス合同なので50人ほどの授業なのだが、
「試験問題の漏洩を防ぐためにも」との学校側からの要請もあり、
全クラス一斉に試験を行う段取りになっていた。
教室も収容人数の多い部屋に変更され、100人ほどのエイリアンたちが受験をする。
長机に2人掛け。
しかし、その教室、微妙に足りない。
3人掛けが出てくる。
「はい、出席番号順に並んで!」
と怒鳴っても、エイリアンたちはのらりくらりとグズグズしている。
いつもの2クラスを交互に入れ替えて、授業では一緒にならないクラスの人が隣になるように並ばせてみた。
そこでもまたブーイング。
できるだけ3人掛けが少なくなるように休んでいる人の席は詰めるように言っても
自分が後ろになりたいものだからガンとして動かないでいるエイリアンばかり・・・
「はいはい、さっさと並ぶ!」
とスッタモンダしながらようやく並び終えた。
果たして番号順になっているかどうか怪しいものだが・・・

45分の試験時間。持ち込みなし。机の上には鉛筆と消しゴムだけ。
珍しく静かに(当然だが)神妙な面持ちで臨んでいるようだ。
後ろの席の手元まで見えないが、不正行為など行われている気配はない。
無事終了したと思った。

その後、講師室に残り3時間以上かけて私は採点を終えた。
「ふー、やれやれ・・・」
終わってからも頼まれ仕事をかたづけてしまおうと、とりかかったその時!
「あー、tuzi先生こちらにおいででしたか。ご自宅に電話したところだったんですよ」
と職員の先生が。
この先生、私の教科担当の先生なのでてっきり今日の試験結果の件かと思った。
「結果出ました。今、評価表お持ちしますね」
と勇んで報告しようとしたら
「それが先生、実は問題が発生しまして・・・」
「え?」
私には問題と言われても皆目検討がつかなかった。
問題って??
「実は、カンニングがあったと学校に匿名の電話があったんですよ・・」
「電話?」
「ええ、後ろの席に座ってた複数の学生がカンニングをしていたのだそうです。
先生は気づきませんでしたか?」
「ええ、まったく。そんな気配も感じられませんでした」
「そうですよね・・答案を見てその者が特定されるようなことはありませんか?」
「いやあ、それも分かりませんねえ・・」
「そうですよね・・とにかく電話があった以上は何らか対処しなければならない事態でして・・・」
エイリアンたちは最後の最後にとんでもないことをしでかしてくれたものだ。
学校を巻き込んでの深刻な問題だ。

問題に拍車をかけたのは、匿名で電話があったのが事務局にだったこと。
これが問題を複雑にし、波紋を大きくしている。
校長、教頭の耳にも入り匿名の電話は公となっている。
学校側として、何の手も講じないでこの電話を無視することは出来ない。
いくら匿名であれそういった重大な連絡を受けた以上、無視することはできない・・・
そして、匿名だったことから、カンニングが事実だったのかどうかすら確かめようがないということ。
いたずら電話の可能性もあるわけだ・・・
さらに、誰がカンニングしていたかの氏名も告げなかったとの事。
もし、カンニングが事実行われたにしても証拠はない。
そして、対処法だが。
電話をしてきた学生の真意はどこにあるのか?
を考えた場合、
自分がまっとうに試験に臨んでいるのに、カンニングして単位を得ようとしているのを見かねた・・・
その学生は不正をせずに単位が得られないであろう成績なのに、
カンニングをして受かろうとしているのが腹立たしい・・・
それにしてもそれならなぜ名指ししなかったのか・・・
それともうひとつ、これは私の憶測だが、私の監督の甘さに対する抗議・・・
確かに私は甘かった。
今更ながら反省している。
後ろに巡回していくことをしなかった。
この監督の甘さに対する抗議。
私はあまりにエイリアンを過信していた。

先生との話し合いは長い時間続いた。
「さきほども職員の間で話し合ってみたのですが、いい案が浮かばないのですよ」
電話があった旨を学生たちに告げれば‘密告者’として学生間に不信、不和をうむだろう・・・
かといって、今後こういったことを防ぐために警鐘を鳴らす意味では
どういった経緯で学生に話しているのかを明らかにせねばならない・・・
微妙なところだ。
解決させるには不正をはたらいた者が名乗り出てくれれば一番なのだが、それはもはや望めまい。
カンニングが発覚すれば、その教科の単位は絶望的だし、場合によっては卒業も危ぶまれる。
それだけ不正をはたらいた罪は重い。
そこでまたやっかいなのが、不正が本当に行われたかハッキリしていないところだ。
電話の主が実は攪乱目的の冷やかしだとしたら・・・
むむむ・・・
徹底調査したにせよ、証拠はないのだから罰することはもはやできないし。
やり直し再試をするにしても関係のない学生を巻き込んで、
本試験と成績が逆転するようなことになってはこれまた問題だ。
さらに深く考えれば、自分が不本意なデキだったことで闇雲に電話をし、
こういった再試にもっていこうとする悪質な考えを招く恐れもある。
であるから、公正さを規す為というだけの一斉再試は行わないのが妥当だろう。

長い話し合いの末、
今後学校側で出来ることはこの一件を肝に銘じ今後の再発防止に努める他ない。
学生たちにはこのことを厳正に受け止めてもらうべく話しをするしかない、ということで落ち着いた。
うわー。
その話しをするのが私・・・
私はどこか、教育者としての自覚に欠けるところがある。
騒いでいても滅多に注意をしないとか、起立礼、をしないでいるとか・・・
私自身、そんなことを注意したり強要するのは教職者として本分ではない気がどこかでしているのだ・・・
これが小さい子供ならともかく、専門分野を学ぼうという場で幼稚園児に言い聞かせるようなことが
20歳の大人に言うことではない・・これが私の考えであったりする。
この考えがエイリアンには甘いのだろうか?
・・・そう、私はエイリアンに甘く見られているのだろう。

「こういうケース初めてですよ・・・」
「カンニングがですか?」
「いえ、カンニングはあると思います。見つけられなければそれまでですからね。
見つけても目をつぶる先生もいるでしょうし。
そうじゃなくて、匿名の電話があったということが初めてなんです」
初めての試験監督で学校初の不祥事を起こしてしまった!気分です。
「・・・・・ショック〜」(どよ〜ん)
「tuzi先生、気になさらずに。学校では窃盗事件などもあるんですから。
もちろん警察を呼んだりということまでしませんがね」
「あ〜、私、監督しないほうがいいですね。・・ってそういうこじゃないですよね」(どよ〜ん)
「うはは・・・」

やー、落ち込みました。
というか、ショックのあまり頭回りませんでした。
なんとも気の滅入る・・・
凹みました・・・凹んでいます。
初めてのケースという悪しき前例の第1号が私とは・・・
このことが一番ショックでした。
ずっと凹んでいます・・・
エイリアンに話すその日は1月27日。
いまだ名案は見出せてません・・・
う〜、頭が痛いぞな・・・
だって、言葉が通じないエイリアンに話さなきゃいけないんだよ・・・

逃げだしたいです、私。




2005.2

2月1日(火)

「記帳」

私、滅多に銀行、郵便局に行きません。
というのも、今やATMでカードさえあれば簡単に引き落としが出来ちゃうからです。
入金なんてしませんしね!
窓口に行く事だってないじゃないですか。
先日、定期預金にしようと思って、入金票に書き込んでハンコ押して、整理券とって・・・
待ち人数15人待ちつづけ、ようやく窓口に行ったら
「お客様、ATMからですとただいま金利がお得になっております。どうぞ御利用下さい♪」
だって・・・
こんなだからATMでなんでも済まされるし、なおさらのこと窓口に行く必要もなくなっていく。

でもまあ、引き落とししかしない私でも、どっかから振込みがされてるわけですから
定期的に記帳するなりしてお金の管理をするべきなんです。
お金にルーズというわけでも、浪費癖があるとかではないのですが、
ところが、ほれ、私ってそういうことに不精なもので・・・
通帳を持ち歩ってるわけでもないし・・・
ハタと気がつけば2年も記帳してない、ってことはザラです。
「あ〜、そろそろ記帳しなきゃ・・・めんどーだなあ」
なーんて思ってから、さらに一年・・・
気がつけば3年も記帳してない通帳ばかり。
「う〜、ダメだダメだ!」
と意を決し銀行に通帳持参で記帳するためだけに向う。
もう3年もほったらかしの通帳だから、記帳するのに時間もかかるだろうと覚悟し、
もしかしたら新しい通帳になるかもしれない心の準備も万端!

最後のページを開いて通帳を差し込む!

ジー、ジー、ジー、ジー、ジー。
ペロッ
(↑通帳がでてきた音)

あれっ?
3年分だというのにヤケに早すぎませんか??
ギョッ!もしや振込みされてなかったとか??
青ざめるtuzi。
おかしい、明らかにおかしい。
だって、ジー、ジーが少なすぎるし、通帳をめくった音もしなかった・・・
おかしい、明らかに短かすぎる。

不安な思いで通帳を取り出し見つめるtuzi。
3年前、最後に記帳したすぐ下段。
未記帳分合算

はあ?
なんですかぁ、これ?
今までの出し入れは記載されないのですかぁ?
これじゃ困るんですけど!
そりゃないです・・・
3年分の振込み、引き落とし、自分で計算しろってことですか?
計算機たたいて確認しろってことですかぁ?

・・・初めての経験でした。
大手M銀行ってこういうことするんですか・・・
知りませんでした・・・(涙)

知人曰く、
「どこの銀行でもそうですよ」

ほんとにぃ?
私、じぇーんじぇーん知りませんでした・・・




最近ゴルフ場で、カードをスキミングした事件がおきた。
カードの場合、暗証番号が最後の砦なのだが10年以上前のカードには、
この暗証番号の情報まで書き込まれてるとか。
「私、ゴルフしないから」なんて他人事ではないのです。
ATMで操作してるところを背中越しに覗かれて、暗証番号覚えられちゃってピッ!って
遠隔スキミングされることだって可能なんだそうです。
その機械なんか3,000円くらいで手に入っちゃうんだってよ。
それと銀行以外に設置されてるATMは電話回線で銀行に結ばれているらしいのですが、
この回線ごとコピーされちゃったらモロバレバレ!
怖い世の中です・・・
原始的ですが、お財布ごとスラレても大変です。
運転免許証といっしょにしてるなんてことになれば暗証番号が誕生日や電話番号だったらバレバレじゃん!
私なんか財布にカードも運転免許証もいっしょにしちゃってるし、一番危ない奴なんですよ・・・
家では通帳もハンコもいっしょだし・・・
通帳はここ、ハンコはあっち、なんて覚えられましぇん・・・(ヒロシ風)
日本の銀行は不当に引き落とされた金額は保証してくれないし。
自衛策としてはこまめに定期にしておくとか、暗証番号をこまめに変更するとか・・・
あ〜、だめだ・・・
そんなマメなことできましぇん・・・(ヒロシ風)

それでなくても時々自分の暗証番号、思いだせない時あるんですから・・・(爆)



2月5日(土)

「‘シャッター通り’の朗報」

その昔、私の住んでいる小さな田舎町は
県庁所在地への直行電車も通っていたほど賑わった町だった。
父が若い頃は3軒の映画館がひしめき合い‘ニューシネマパラダイス’さながらだった。
私が小さい頃まで、1軒の映画館がまだ営業をしており、
私の映画館デビューも父に連れて行ってもらったその映画館だった・・・
高校生の頃には町内の映画館はなくなってしまい、かつての賑やかさも消え、
まともな書店すらない、さびれた田舎町になってしまった。
映画を観るには車で20分くらい離れた市に出かけなければならない。
そこには3軒の映画館がまだ営業を続けていた。
ところが、そこの商店街も大型のスーパーの進出で人通りも少なくなり、
シャッターを下ろす店が目立つようになり、今ではすっかり‘シャッター通り’となってしまった。
駐車場完備のスーパーは田んぼを整備した新興住宅街に建設されるため
人通りがすっかり変わってしまうのだ。
‘車社会’となった現代で大型駐車場を完備していない昔からのショッピングセンターには
買い物客の足も遠のき、閑古鳥が鳴いている。
そして、次から次へとシャッターを下ろす・・・
そんなわけで、昔からの映画館も1軒、また1軒と閉館していった。
そしてついに映画館が1軒もない地域になってしまったのだった。

その頃の私は県庁所在地でひとり暮らししており、もっぱら試写会三昧の日々を送っていた。
しかし、働き始めてからは映画館に行く足も遠のき
たまにレンタルビデオで楽しむくらいで、映画を観る本数も年々減っていった・・・

私は映画が好きである。
機会さえあればできるだけ映画館に行って観たい派である。

先日、久しぶりに地元に住んでいる同級生と会った。
その彼女が言うには
‘シャッター通り’の中の空きビル(20年以上ほったらかしの大型店舗)が今度、映画館になるというのだ!
tuzi)「ほんとぉ?」
「立体駐車場にして、テナントも入って買い物も出来るようにするんだって」
tuzi)「楽しみっ♪」
「来月から解体が始まるらしいわよ」

周りは‘シャッター通り’なので、どれだけ繁盛するか心配ではあるが映画ファンとしては待望の映画館である。

指定席制じゃない映画館であることを希望す!!



2月10日(木)

「ダース・ヴェーダーの心を持つ女」

スター・ウォーズに出てくるダース・ヴェーダーをご存知でしょうか?
私もスター・ウォーズは確か全作観てるはずなんですけど・・・
なんせ、長くて。
しかも第3弾ジェダイの復讐完結篇!とか言っておきながらエピソード1とかって、
時代が遡ってるしっ!
行って来い、だしっ!
そんなこんなで、あしかけ30年近くの間にポツリ、、ポツリ見せられても
ストーリーなどどこかに吹っ飛んでしまって、
「ロボットと〜、マントの男の人と〜、蛍光ペンのような剣と〜・・あとは・・・
そうそう!ハリソン・フォードと、お猿さんがでてきて・・・
えっとえっと・・そのハリソン・フォードとお姫様が仲良くなっちゃって・・
それから、それから・・・あっそうそう、ちっちゃい皺くちゃな人がいて、
あれっ?それはロードオブザリングだったっけ・・??
それで話しはどういうんだっけ??」
こんな感じなんです。
登場キャラクターはなんとなく憶えていても、話の筋はぜんぜん憶えていない。

「暗黒の騎士・・・これはロード・オブ・ザ・リングだっけ・・・?」
と言ってるような、こんな私に
「tuziさんはダース・ヴェーダーになるタイプだよね」
って言われても意味わかんないんですけど・・・
ダース・ヴェーダーって黒いマントの人ですか??
それとも、あの黒い鉄火面の人ですか??
突っ込んで聞いてみると私は‘ダース・ヴェーダーのような人’ではなくて
‘ダース・ヴェーダーになるタイプ’だそうで・・・
ますますわかりましぇーん!

どちらにせよ私にはどうしても褒め言葉には聞こえないんですけど・・・
優しく微笑んで「きゃっ、嬉しいっ♪」って喜ぶことじゃないですよね・・・

体はマーガロ(スチュワート・リトル2にでてくるカナリヤ)で
心はダース・ヴェーダーて・・・
私っていったいどういう女なんじゃ?
緊急!どなたか解説をお願いします。

そういえば、スター・ウォーズ完結編エピソード3が完成したとの事。
こうなったら
エピソード1→エピソード2→エピソード3→スター・ウォーズ1→スター・ウォーズ2→スター・ウォーズ3
の順番で見直さなければなんないかな・・と思うこの頃である。

‘ダース・ヴェーダーになるタイプ’なんて言われたらメチャメチャ気になるってば!



2月15日(火)

「副作用」

冬は風邪の季節である。
でも毎日、北風の吹く日も、雪の日も太極拳の自主トレを続けてきた私。
そうして寒い中にいても、これまで風邪ひとつひいていなかった。
しかし、今年は脚を痛めて11月から自主トレをさぼっている。
そのせいか、抵抗力が弱くなっていたのか風邪をひいてしまった。
いつも外から帰ると手洗い、うがいをして気をつけていたつもりだったが、
のどが痛くなったと思うと咳がちょっと・・・
洟がちょっと・・・
それに熱っぽくなってきたかな・・・

早めに治さないと!
そう思って家にある置き薬を飲んだ。

効かない・・・
インフルエンザだったら大変。

早めに医者行っとこ!
私は軽いうちに医者に行った。

「初め、のどが痛くなって・・・
一生懸命うがいしてたんですけど良くならないもので・・・」
そう症状を話すと、風邪の菌を殺す薬と、のどの痛みを取る薬と、咳止めの3種類4日分出された。



その日の夕食後・・・
なんか気分悪い・・・
吐きそう・・・
ムカムカしてきた・・・
もしや・・さっきの残ってたご飯、腐ってた?カビ生えてなかった?
・・・なんか吐きそう。。。
まあ、吐くまでではなかったが、その後4時間ほど気分の悪さは続いた。

翌日。
この日は学校で授業をしなければならない日だ。
片道2時間は電車に乗っていなければならない。
私はマスクをして寒くないようにして出かけた。
いつも電車の中で本を読んで過ごす。
読みかけの宮部みゆきの「理由」がもうすぐ読み終わるところまで読み進んでいた。
立ってる人もたくさんいる満員の電車の中、私は座って本を読んでいた。

・・・おえっ
気持ち悪いー
・・・ん?
吐きそう。

「理由」も佳境に入ってきているというのに珍しく本に集中できない。

あー、もうだめ。
手足が冷たくなってきた。
ガタガタ寒気が襲う。
めまいが・・・
途中下車しようか・・・
それより立てるだろうか・・・

私は立ち上がりトイレを探した。
・・・どっちに進めばトイレに近いのだろう?
私は人を掻き分け、暗くなってきた視界で懸命に歩いた。

2両ほど歩いた先にトイレ発見。

バタン。

おえっ。
ゲー・・・
ゲロゲロー・・・

吐いちゃいました。
みーんな吐いちゃいました。
その時、気がついたのです。
これは薬の仕業。
副作用、もしくは合わなかった・・・

おのれー、ヤブ医者めー。
電車を降りても気分が悪く、トイレに駆け込む。
顔面蒼白。ヨロヨロしながら学校に到着。
授業中も学生にも「先生、座って」と促されるほどだった。
どうやら彼らは私が呑みすぎで二日酔いだと思ったらしいが・・・(爆)

以前も別の医者で、出された咳止めが合わず、下痢になったことがある。
「この咳止めを飲むと下痢するんです」
と別の咳止めに変えて欲しいと頼むと、
「そうなのか・・・」
と説明書を持ってくるように看護婦さんに指示している。

おまえ、説明書読んでなかったのかよっ!

「あー、ほんとだ。そういう副作用が明記されてるな・・・」

てめえー!
だから、そう言ってるだろうがっ!

それ以来、このヤル気のない医者には行っていない。

今回のこの医者の場合、ヤル気のあるなしではなく、もっと水分を取るなりして
私が薬の飲み方に十分注意すればこうはならなかったのかもしれない。
まだ、3日分くらい残ってた薬は飲まなかったが、快方に向ってるようなので
再度医者に行って変えてもらうこともせずにそのままにしておいた。

私の風邪は、父にうつり、薬も父にお下がりした。
幸い、父に副作用はなく、完食したもよう。

皆さんも薬の用法には十分お気をつけ下さい。
(つい最近の新聞にもリウマチの治療薬で死亡者が多発したとの記事が載っていました)



2月20日(日)

「お嬢様」

私は非常勤講師として週に一度学校に通っている。
非常勤講師室は職員室とは別になっていて、そこには常時20名くらいの先生方が待機している。
といっても、私が見ているのは週に一度行った時に、たまたま曜日が一緒の先生方だけで、
曜日が違って、お目にかかっていない非常勤の先生方もたくさんいるわけで、
私などは非常勤講師室と教室を行き来するだけで、
そこにいる先生方と話す機会もないので、特別親しくなる先生もいない。
それでも、学生のレポートを添削したり、試験の採点などの作業をしていると
自然と他の先生方の雑談が耳に入ってくる・・・

その日も私は下を向いて学生のレポートを添削していた。
たまたま前に座っていた若くてカワイイ女先生が黒ぶちのメガネをかけた若い男先生と話していた。
若くてカワイイ女性は以前にも見かけたことがあり、
いつもピンク系の清楚な洋服にブランドバックといった、お嬢様ルックでやってきていた。
その時耳に入ってきた会話から推察するにピアノを教えているらしい。
黒ぶちのメガネをかけた先生とは以前にちょっと話したことがあったが、
私と同じ建築科を受け持っているということだった。
私は顔を上げずに会話に入ることはせずに黙って添削を続けていた・・・

<ピンクの先生と黒ブチ先生との会話>
ピ)「ここの学校って講師料上がらないんですかぁ?」
黒ブチ)「さあ、俺は上がってないな・・」
ピ)「普通、毎年上がるじゃないですかぁ?」
黒ブチ)「そういえば、資格取ったら上がったな・・」
ピ)「・・そうなんですか。
でも私なんか自宅にいるから講師料は別にいいんですけどね♪うふっ」
黒ブチ)「そうなの?」
ピ)「でも・・私もこのままずっとキャリアウーマンのままかもしれないし♪うふうふっ」

tuzi)ビクッ!!

アホか。
自宅に住んで講師料もそっちのけの生活してる人の事のことは
キャリアウーマンっていわないよ!
自活してない人の事はキャリアウーマンっていわないのっ!
日本語の使い方、完全に間違ってるし!

tuzi、久々に勘違い女みーっけ!



2月25日(金)

「寅さんの旅」

2004年はどこにも行かなかった。
「もうすぐ新婚旅行になることだし♪」
・・・そう、心待ちにしていたが、淡い期待も見事にハズレて
「こうなったら自力で行くしかない」と悟った私は、2003年以来5度目の北京訪問を決めた。
「ラブラブ新婚旅行」から一転、「ひとり寅さんの旅」である。

さっそく旅行社からもらってきたパンフレットを見比べる。
2003年の前回は四合院ホテルのプランが格安だったが、今回はもっと格安ホテルを見つけた。
というより、四合院ホテルの人気が高かったのだろう。
お値段的に逆転した感じだった。
今回の格安ホテルは北京駅にも近く、天安門広場や故宮にだって歩いていける距離にある。
移動するにも便利だ。

出発は2月中に。
3月になると飛行機代がグンと高くなるからだ。
あと、2週間しかない。

いつもお願いしてる旅行社に向う。
ここの旅行社に依頼するのはこれで4回目だ。
ひとりで行く私のワガママに何かと対応してくれるSさんに頼みやすいからだ。
それにしても2年ぶりなんだから黙って行ったら私と分からないだろうし、
複数のお客さんに接している旅行社だもの、私のことなど忘れていることだろうが。

「ごめんください。あの、4月頃のインドを探しているのですが」
「まだ4月のパンフが出てないんですよね・・・3月に入ると出ると思うのですが」
「そうですか。ではインドはまたその頃伺います。
きょうは中国をお願いしようと思ってですね・・・
まだ、日にちも決めていないのですが、今月中に出発して、と考えています」
「では、お調べしましょう。何日間ですか?」
「あー、それも決めていないんです・・・」
「では、6日間から見てみましょうか」
(パソコンで飛行機の空きをチェックするSさん)
「・・・あー、6日間はもともと設定人数が少なかったようで満席ですねー」
その間、私はカウンターに置いてあったカレンダーをめくって
7日間だと・・帰ってくる日が仏滅・・・むむ。
などと考えていた。
「・・・7日間だと・・こちらも満席ですね。8日間ならお取できますが・・・
それとも出発日を変えて調べてみますか?」
「いえ、出発日は変えずに8日間でお願いします」
結局、ここにきてから決めてしまうという、いつものパターンだ。
「中国はノービザになりましたからね・・・
tuzi様が前回行かれたときはまだビザがありましたものね。
その後、香港の時もご利用くださいまして・・・」
ギョッ!
憶えてくれていたのね。しっかり名前まで・・・

申込金2万円を現金で支払ったら財布の中が空になってしまった。
残金はカードで支払うことに。
それにしても、昨年、今年と本業の仕事がなく私には収入がない。
今回の旅費だって、格安とはいえ大きな出費だ。
仕事もしてないくせに旅行だなんて!
こんなことしてる場合じゃないのに・・・
自分の貯金を使うとはいえ、この「北京行き」はどうしても無駄遣いのような気がしてならない。
今回は会う約束をしている人もいなければ、太極拳しようという意欲もない。
目的があるわけでなし、ただブラッと遊びに行くだけ・・・
まして新婚旅行でもない(←かなりこだわってます・・)
なのに、今までで最長の北京滞在・・・
こんなことになけなしのお金を使うことに突然罪悪感でいっぱいになった。
大好きな編物の毛糸の激安大放出も「見るだけ〜(泣)」と我慢してると言うのに!
この時期あれもこれもお買い得でまとめ買いのチャンスなのにグッと堪えての北京行きなのだ。
そもそも毛糸の激安ですら無駄遣いであって、貯金を毛糸や旅行に使うくらいなら、
生活費に当てるべきなのよね・・・
あー、わたしったらなんて事を!
申し込んでからドッと罪悪感が襲ってきた。
後悔しきりである・・・

後日、暦を見ていたら、2005年の大凶方角が出ていた。
北北西!
どっぷり北京が入ってるんですけど!(泣)

翌日、なーんか嫌な予感がして、カードで支払った通帳の残金を記帳してみたら
残金が支払いの旅費に足りなかった・・・(泣)
あー、わたしったら収入もないくせに何を血迷ったか旅行だなんて・・・
自己嫌悪に陥るtuzi・・・

次回こそは新婚旅行にご招待♪されるまで、どっこにも行かないジョー!
・・・って、それはいつまでなんだ?


「飛ぶtuzi」の次回更新は3月10日です。
「自主トレ日記」2月はお休みします。
感想メールへの返信はtuziが不在のため10日以降になります。
どうぞご了承下さい。




2005.3

3月10日(木)

 「帰国報告」

3月7日に無事、北京から帰ってきました。
旅のもようは「旅行記」のほうでおいおい公開していきたいと考えています。
心配していた中国語も普通に話せたので一安心。
言葉って体が覚えているものなんですね・・・
7日に成田空港に到着してからも日本語が中国語に聞こえてました(笑)

北京では観光半分、買い物半分の毎日をおくっておりまして、
毎日両手に持ちきれなくなるまで買い物をしてました。
「こんなに買っちゃって、持って帰れるんだろうか・・・?」
帰りには全重量22kgという過去最高記録を樹立!
見境なく買い込んで、よいしょよいしょ持って帰って広げてみれば
「・・・なんだってこんなものばかり買っちゃんだろう?」
と思うような品々ばかり・・・
毎回の事ながら、ほとほと呆れてしまいます(泣)

それにしても北京は寒かったです。
行ってる間は体調の不調もなく元気に毎日あちこち歩き回りましたが、
帰ってきてから、緊張の疲れからか腹は痛いし、寒気はするはで・・・
お腹が痛いですぅ。
下痢ピーがとまりましぇん。
熱が38.4度もあるんです。
てなわけで、荷物も広げたまま片付けもしてない状態でして・・・
寝込んでます。

とりあえず帰国報告でした。



3月15日(火)

 「帰国報告U」

やっと体調が戻りました。
一時は「鳥インフルか?」と思うほど高熱がでて、
体内が沸騰して腸の中のウンチがトロトロ〜になってしまい、下痢ピーが続いていました。
とりあえず、おみやげとして渡す分だけをカバンから取り出し、寝込んでおりました。
幸い、鳥インフルではなく、ただ疲れからきた高熱だったようです。
風邪でもないので熱が下がれば元気。

北京ではピンピンして、毎日活動的に歩いていましたが
外国という気の抜けない緊張感と、
慣れていない中国語を聞きとらねばならないということ、話さなければならないということ・・・
このことだけでも知らず知らずのうち、かなりの精神的ストレスとなっていたに違いありません。
加えて私は頼れる誰かがいるわけではない、ひとり旅なのでその緊張感は人一倍である。
‘ひとを見たら泥棒と思え’である(笑)
そして中国はどこに行ってもひとがいっぱいなのじゃ!

帰国してその緊張から開放された時、ダウンしてしまった・・・
そんなところでしょう。

ところで、写真をたくさん撮ってきました。
(私はデジカメを持っていません)
「一日にフィルム1本として6本・・・予備に2本」
全部で8本持って行って、結局全部使ってきました。
「熱も下がったことだし、さてと・・洗濯して、それから現像に出しに行って・・・」
と、ハタ!と気がつきました。
「フィルム8本・・・これって・・・現像代どんなことになってしまうんだろ?(青ざめる)」
枚数にして200枚!

これって日本円で支払うんですよね?
もしや中国でなら1ヶ月の生活費に相当する額じゃないんでしょうか・・・(痛)



3月20日(日)

「チロの春」

我が家のチロ(愛称・チロぽん)は♂で拾われてから3年になる。
その前に飼っていた私の愛猫‘茶’が死んでしまって、悲しみに暮れていた年のことだった。
もう、二度と猫は飼わない!(涙)
‘茶’以外の猫は飼わない!(涙)
そう誓ったはずなのに・・・

その年の夏、母が「猫が泣いてる」と寝ていた私を起こしにきた。
そう言われてしまっては猫好きの私が放っておけるはずもない。
私はパジャマのまま‘茶’が残していったエサをおいてあげた。
チロは生まれた時から孤児で、そのエサでつって結局飼いはじめた。
おりこうだった‘茶’とはまるで違って、やんちゃで聞きわけがなく行儀も悪いが憎めない奴で・・・
拾ったばかりの小さい頃は毛なみが白かったので、白がなまってチロと名づけたが
あまりの頭の悪さから私は‘チロぽん’と呼ぶことが多くなった。


我が家にやってきた頃の小さなチロぽん。
テレビの上は暖かいからお気に入りの場所。
眠りこけると舌がペロ〜ンとでてしまう・・・(笑)

そんなチロぽんもお年頃♪
今年の冬は毎日出かけてはケンカに明け暮れ、血まみれになって帰ってくるようになった。
全戦全敗ではないかと思われるほどケンカに弱いチロぽんは
負けん気だけは誰にも負けないほど強くて、負けても負けてもへこたれない。
「少しは頭使って作戦考えろよ・・・」
と言い聞かせるが、肉体派のチロぽんに判ろうはずもない・・・
キズだらけになって帰ってきては、そこがハゲてボロ雑巾のようになっている。


「今日も負けました・・・」
養生中のチロぽん。いつでも鼻が赤い(笑)

それでも春になってからは無傷で帰ってくる日もあった。
きのうも外にでたがって泣くチロぽんに「また負けるだけなんだから・・」と言いながら
戸を開けてやりながら外を見ると、それもそのはず。
なんと!
「あ!カワイイ!・・・チロぽんの彼女・・・」
カワイイ三毛猫の彼女がチロぽんを迎えに来ていたのだ。
そっか、彼女にはガリッと引っ掻かれなかったのね。
「やだあ・・・チロぽんたらすみにおけないんだからあ」

今日も三毛猫の彼女が外で泣いていた。
戸を開けてやるとダッシュで彼女に駆け寄るチロぽん。
羨ましいかぎりだ。
人間もチロぽんみたいにシンプルに一途に恋愛できないものだろうかと思う。
よくよく見れば、誘いに来た彼女を振ったりしている。
「あんなカワイイ彼女を振るなんざ、贅沢な!」

ま、5月下旬にはチロぽんジュニアが誕生することだろう。
チロぽんもお父さんだ。
おめでとう。チロぽん!


貫禄も出て、ネズミや鳥も捕獲できるようになりました。
ワイルド・ハンター・チロぽん。
でも好物はなぜか牛乳です(笑)



3月21日(月)

「三周年」

3月20日は「飛ぶtuzi」開設三周年でした。
管理人の私が忘れてどーする!
3月20日の「tuzi now」にチロぽんのこと書いてる場合じゃないだろうによ・・・



早いもので、旅行記から始めた「飛ぶtuzi」も3年になりました。
読者の方からの感想メールに支えられながら、これまで続けてくることができました。
お礼申し上げます。


「飛ぶtuzi」は私のプライベートhpであります。
不特定多数の方が自由に目にするインターネット海原の隅っこに
ひっそりと置かせていただいてるサイトです。
私個人の「旅行記」であれ「太極拳」であれ、何らか思うところがあれば
その意見を聞かせていただきたいと考えておりますし、
私の経験や行動が、読者の方の何らか役立つことがあれば、嬉しく感じる次第です。
第一、私の経験など取るに足りないものばかりですので、
人様の役に立つとも思えません。
とにかくサイトに遊びに来ていただいて楽しんで笑っていただければ
これほどの幸せはないと思っています。
その上、読者の方々の声が聞ければ、管理人冥利に尽きるというわけでして・・・

この思いは開設当時から変わることなく持ち続けていることです。
表紙を書き始めた一筆目が現在も書きかえることなくトップにあるのは、
私の「飛ぶtuzi」へのスタンスが変わっていないことの意思表示でもあるのです。

今後も今までどおりのペースで更新を続けていく予定であります。
このまま書きまくってページ数が増えていけば、
そのうち容量が足りなくなって非公開のページもでてくるかもしれません。
パソコンの容量だって足りなくなってくるだろうし・・・
それでも当面は大きな模様替えも考えておりませんし、全ページ公開の方針で進めてまいります。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。


ところで、最近になって本業の仕事の依頼(なんと2年ぶり)がありまして
現在、しっちゃかめっちゃかの毎日をおくっております。
旅行記「2005年北京」を書いてる時間がとれず、
公開までいましばらくお待ち下さいますようお願いいたします。
「自主トレ日記」3月もお休みします。・・・てか、自主トレしてないし!
「tuzi now」だけは5日おきに更新してまいりますので何卒ご了承のほどを。



3月25日(金)

「チロぽん」

前に飼っていた私の愛猫‘茶’は3才の春、3月30日に死んでしまった。
あの時も私は仕事の締め切りに追われてて、茶の具合が悪いのにも気をつけてやれなかった。
3月28日に不調に気づき、獣医に連れて行ったものの、
ずさんな治療を受けただけで、あっけなく死んでしまった・・・
他の獣医にもお願いしたが、受け付けてさえもらえなかった。
それからというもの私は獣医など信用しなくなったのだ。

茶が亡くなった、3才の3月。
チロも同じように不調をきたした。
3月20日の「tuzi now」に元気いっぱいのチロのことを書いたばかりなのに・・・
昨晩(3月24日)弱弱しく鳴いて私の部屋にやってきて動かなくなった。
体温がかなり下がっている。
茶と同じ症状・・・
エサも水も口にしない。
「・・・死んでしまう」
そう私は観念した。
とりあえず、体温をこれ以上下げないように温めて、さすってやったりして。
グッタリして口も半開きになってきた・・・
いつも元気で鼻も濡れて赤いチロぽんの鼻がカラカラに乾いてる。
「あしたの朝までもつかどうか・・・」

翌朝(3月25日)
チロは生きていた。
昨晩よりは持ち直して歩けるようにさえなった。
でも予断は許さない。
まったく食欲がなく、大好きな牛乳さえ残してしまう。
排泄もトイレ以外にオシッコしてしまっていた。
起き上がっているが、グッタリして生気がなく毛にツヤがない・・・

動物は一度弱ってしまうと、取り返しのつかないところまできていたりするものだ。
チロが元気になってくれることを祈っているが、茶が死んだ時と、状況が似すぎている。
3才。
3月下旬。
私は締め切りに追われている。

茶よ。
お願いだから、どうかチロを連れて行かないで。
頼むよ・・・



3月30日(水)

<猫泌尿器症候群(FUS/FLUTD)>
FUSとは、排尿行為の回数が異常に増えたり尿路が部分的にまたは完全に閉塞するなどの、
いずれか又は両者の症状を呈している状態をいいます。
FUSの元となる疾患には、膀胱炎、尿道炎、尿石症、膀胱結石、腎結石などが考えられます。
FLUTDは、下部泌尿器疾患の事でFUSとは若干違いますが、ほぼ同一のものと考えても良いです。

尿路が完全に閉塞された状態を放置すると、
猫は尿毒症を起こし3日以内に死亡することが多い大変危険な病気です。
オシッコをもらしたり、しょっちゅうトイレに行って少しずつオシッコをしたり、排尿動作をするにも関わらず、
全くオシッコが出なかったりするなどの症状がみられたら、至急獣医師の診断を受けて下さい。

FUSの原因の一つである尿中の結石や結晶のほとんどは、リン酸アンモンマグネシウムという物質です。
予防にはこの結石の成分であるマグネシウム、リン等を多く含む餌を避け、
尿のPHを常に酸性に保つような餌を与えなければなりません。
その為、対応しているドライフードなどには「FUS対応」とか「低マグネシウム」とかの、表記がしてあります。

但し、猫とFUSはなかなか切っても切れない関係で、市販のFUS対応フードを与えていても、
FUSになる猫もいます。極力、FUSになることを抑えるには、病院処方のFUSフードを与えるしかないのですが、
それでもFUSになる猫が、いることも極少数ですが事実です。
結局は、なる猫はなる、ならない猫はならないという風になってしまうのですが、
市販のFUS対応フードで、FUSにならない猫も当然のごとく多数居ますので飼い主としては、
普段FUS対応フードを与え、尿量が少なくなったなどFUSの兆候を見逃さない様にすることが、
最善だと思います。早期発見・早期治療を行えば、決して治らない病気ではありません。

<慢性腎不全>
腎不全とは、腎臓の働きが障害され体を正常に保つ事の出来なくなった状態を云います。
原因は、いろいろな病原体の感染、毒物の摂取、先天的な異常、免疫の関係した障害などが知られています。
実際、猫の主要な死亡原因となっています。
症状は、水をよく飲み尿量も多い、食欲が落ちる、痩せてきた、元気がなくなってきたなどですが、
腎不全が進行し尿毒症を起こすと、嘔吐、食欲廃絶、抑うつ状態、更には神経症状が見られる事があります。

<猫の尿毒症>
尿毒症は、腎炎、腎不全、尿路症候群などの病気が進んだときに現れる症状です。
腎臓のはたらきがひどく低下すると、本来なら尿中に排泄されるべき有害な物質(窒素化合物)が
しだいに体にたまっていきます。そのために猫は食欲がまったくなくなり、
繰り返し吐く、下痢をするなどの症状が現れます。体温がさがり、けいれんをおこすこともあります。

診断の方法は、腎臓の働きを調べるため、血液中の窒素化合物(BUNやクレアチニン)の濃度を調査します。
BUNが100(血液100ミリリットル中のミリグラム数)以上のときには尿毒症と診断されます。
病院を訪れる尿毒症のネコでは、BUNが140以上に達していることがほとんどです。
この場合、猫をただちに入院させ、24時間の点滴を開始します。
こうして大量に水分を補給すれば、猫の体は大量の尿をつくり、
尿毒症の原因となっている窒素化合物を体外に排出できます。
尿毒症を発祥するのがはじめてなら1週間以内には症状は軽くなり、血液中の窒素化合物の濃度も低くなります。
「猫の病気大辞典」より


「チロぽん、その後」

前に飼っていた私の愛猫‘茶’は突然グッタリしたかと思うと、
まったく食欲がなくなり、水さえ口にしなくなった。
今思えば、尿毒症になったのだと思う。
吐いて、苦しい思いをさせ、獣医に連れて行ったものの、辛い無意味なことをされただけで
たった3日であっけなく死んでしまった。
それに、人見知りの激しい茶のことだから、どんなにか怖かったことだろう・・・

チロも、もしや結石から尿毒症になっているのでは、と私は思った。
木曜日の夜、滅多に上がってこない2階の私の部屋にやってきて動かなくなった。
体も冷たくなっていた。
一晩様子をみるしかない。
・・・というより私は諦めていた。
チロの自然治癒力に頼るしかないと思っていたし、
二度と獣医のところに連れて行って惨めな治療を受けさせたくない。
野生児チロは自然に任せようと私は考えていた。

翌金曜日の朝、チロは生きていた。
小さく伸びなどもし、起き上がっていた。
しかし、食欲はまったくなく、水も飲まなかった。
いや飲んだのだが、吐いてしまったのだ。
そして大量の尿をお漏らししたのだ。
・・・ということは尿毒症ではなさそうだ?
この尿によって結石が排出されたのか?
詳しいことは分からないが、とにかくチロは飲まず食わずのためやせ細り、
目の色や歯茎の色も黄色っぽくなり、まるで黄疸のようになっている。
よくよく観察していると、ピクッピクッと頭を振り始めた。痙攣だ。
「これはまずい・・・」
尿毒が頭に回ったか?

土曜日。
グッタリ、ドンヨリ、黄疸のチロは、それでも日課であるパトロールに行こうとする。
排泄をまるでしていないが、外で済ませるのだろうか?
それにしても食欲のなさが気にかかる。
どうにかして食べてもらわないことには・・・
かといって大好物の牛乳を与えては、結石になりやすくなるというし。
私はとっておきのご馳走、缶詰を開けることにした!
買い置きは一個しかなかった。
いつもはカリカリのエサなのだが、結石を予防するにはプレミアムタイプのほうが効果的だと
新聞に書いてあったのを思い出したのだ。
たった一個の缶詰を開けたとたん!

バクバクバク!
チロがもの凄い勢いで食べ始めたではないか!
「食欲がなかったのではなく、エサが悪くなっていたのか?」
チロはあっという間に缶詰を食べきってしまった。
私は高価だから、たまーにしか買ってあげられない、高級缶詰をすぐさま買ってきてあげた。
「チロ!水も飲むんだよ」

日曜日。
よかった・・・
チロは食欲を取り戻し、もの凄い勢いで高級缶詰を食べ尽くしている。
尿も出るし、排泄もするようになった。
目にも力が戻ってきた。
毛にもツヤがでてきた。
ひとまず安心した。

家族の一員である飼い猫の健康管理は飼い主の責任だ。
家族全員が気をつけてやらねばならないことに違いはないが、
こんなことがあると私も忙しいとは言ってはいられない。

月曜日。
チロはまだ黄疸が残っているものの快方へ向っている・・みたいです。
読者の皆様にはお見舞いをいただき、また、ご心配をおかけいたしました。
チロは生きております。
天国の‘茶’がお願いを聞きいれてくれたのかもしれません。
チロを追い返してくれたのかも・・・
今日30日は春を待たずして死んだ茶の命日です。
好物だった海苔と鰹節をあげよう。
「水もたくさん飲むんだよ・・・(涙)」

生きとし生ける者、あすの命など知れたものではありません。
一日一日を大切に生きようではありませんか。
私たちは生かされているのですから・・・。