2013.1

「癸巳元旦」




古代の象形文字<巳> tuzi書



「年末年始」

明けましておめでとうございます。
年末は正月の準備であれやこれや忙しいものですよね。そうでしょ?どなた様も忙しいですよね?
掃除といえど、ふだん手の届かない所も掃除したいじゃないですか。
そんな禁断の所に手をつけたものなら、どんどん深みにハマッて、
手のつけられない状態になっちゃったりして。
それに、正月準備の買い物にも行かねばなりません。
私の住んでいる地域では、正月のごちそうは‘なめた’を食べることで、
その値段は正月が近づくにつれ高価になっていきます。
今年は震災の影響なのか、とにかく高くて、一切れ500円からどんどん跳ね上がり、
一切れ1000円近くにまで。これは‘子持ち’の値段でして、
オスなら、子持ち一切れで一匹が買えちゃいます。
だったら、オスでいいじゃないか、ってことではなくて、やっぱ子持ちを狙ってるわけでして。
買い時を見極めながら正月の買い物をせねばなりません。
そして買い物したら買い物したで、料理しなきゃいけないでしょ。
おせちというほどの料理ではありませんし、年々縮小ムードになってきて、
量的でも少なめになってきてはおります。それでも準備はありまして。
メインイべントは、なんてったって餅つき。あ、その前にあんこ作んなきゃなんないんだった。
我家ではこしあんにして、餅に小豆を練りこみます。
だから28日の餅つき前日にあんこを作る必要があるのです。
そんなこんなで、27日から正月準備が本格化してきます。
会社勤めの方々は28日が仕事納めで、そこから正月休みに突入。
私のところに27日着で図面が送られてきちゃいました。
いやいや、それはそれで構わないんですよ。正月準備と同時進行で仕事します。
仕事はいつだって大歓迎です。
正月明けの締め切りなのですが、正月にのんびりするためには、年末に仕事のメドをたてたい。
そこんとこは段取り次第です。
そのようなわけで、年末は正月準備しつつ、仕事してました。

そして迎えた大晦日。
高齢親子3人無事に一年過ごし、締めくくりのお膳で子持ちなめたも食べることができました。
私は正月用に買っておいたワインを開けました。
ウフフ・・・今年はね、バローロとバルバレスコよ〜ん♪
昨年なんかさ、ボックスワインだったんだもんなー。ま、あれはあれで美味しかったんだけどね♪
「バローロにバルバレスコ、どっちから飲もうかなあ・・・」
長年憧れのワインだったのよ〜ん♪
まずはバローロを開けた。
大好物のテリーヌとバローロ・・・うまっ!幸せじゃ〜♪
色も味も濃厚です。少し黒ずんだ感じの色合いで、葡萄の味と香りが濃厚。美味しいです♪
さすが高級ワイン、安酒と違って腹痛を起こしませんて。
後日バルバレスコも飲んだけど、バローロに比べさっぱりしてるというか、酸味が強いというか。
断然バローロの方が美味しかった。
バローロ、バルバレスコ制覇!今度は貴腐ワインを飲んでみたいものです。
たくさん働いてご褒美にいつかは正月に貴腐ワインを飲もう、っと♪

年越しそばを食べて、私だけ「ゆく年くる年」まで眠いのをこらえて年を越しました。
テレビの中のアナウンサーに向かって「新年明けましておめでとうございます」とおじぎをして、
ひとりぼっちの茶の間で新年を迎えました。
ひとりぼっちで迎える新年は今年だけにしたいものです・・・

元旦。
新年は6時に起きて、7時からの初売りに並んで干支の置き物をゲット。
天気も上々で上着もいらないほどの暖かさ。お出かけ日和です。
家に戻って雑煮を食べて、10時からの初売りに出かけた。ここでも干支の置き物をゲット。
昨年買ってみたらとても良かったので今年もお菓子の福袋を購入。
それから恒例になった飴のつめ放題を楽しんで、本を数冊買いました。
家に帰ろうとしたところへ、帰省していた同級生とバッタリ出くわした。
彼女は中学生くらいの娘さんと一緒でしたが、新年の挨拶するでもないし、
娘のほうに挨拶を促すでもない。私は友人と思っていましたが、そうも思われてないような対応に
こっちも投げやりになりそうになりました。ま、なんとか無難にやり過ごしましたが。
私に子供はいないが、もし、私が彼女の立場だったら、
「私のお友達よ、ご挨拶なさい」くらいは言うな、そう思っていた。
思えば、彼女の年賀状はいつも子供の写真だった。
彼女自身の写真は無くて子供オンリーの写真です。その時点で友人に送る年賀状じゃないよね。
私の鈍感も大概にして気づけよ、て感じです。
もうひとつ気づけば、元旦の初売りで買ってきたものってお菓子づくしじゃん・・・。

2日。雨から雪に・・・
9時に家を出て初売りに行く。チロに缶詰とカリカリを買ってあげる。
帰りに神社に初詣。
元旦は駐車場に止められないほど混雑していたので、お参りを断念していたのだ。
今日はうって変わって誰もいない。お参りして、鐘ついて、おみくじ引いて・・・
小吉。おとなしく、まじめに努力すれば、いつかは運も開けてくる、とある。
どれもこれも良くなくて、旅行に出れば病気になるからやめといたほうがいい、とあるし
縁談は人任せにするがよくて、恋愛運は逃さないようにせよ、とある。
健康運も、家庭運も賭け事もことごとくよろしくない。
唯一よいのはお産で、安産とのことでした・・・。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。



1月7日(月)

「人助け」

3が日明けの4日。
昨年から予定にしていた、老人福祉施設に慰問の演奏に出かけた。
この日のために、昨年末から尺八の方々と何度か合奏練習を重ねてきた。
曲目は、古典曲「六段」が尺八との合奏と、もう一曲は筝二面での合奏で、私は伴奏パート担当。
主旋律あっての伴奏なので手は難しいが、気楽でもある。
少々間違えても気づかれにくい(笑)
まずは「六段」からの演奏・・・弾き終えたところで紐が切れた!
もしかしたら、曲中にすでに切れていたのかもしれない。
「あっ。」
筝の演奏では爪を三本はめる。親指、人さし指、中指の三本だ。
そのうちの中指が切れたのだ。もう中指の爪は使えない。
中指で弾くパートは人差し指に変えて弾くしかない・・・
「六段」が弾きおわって切れたのは不幸中の幸いと言うしかない。
もう一曲の筝の合奏はしょうがない、親指と人さし指だけで弾くしかあるまい。
私は観念して中指から爪を外した。
こんな窮地に立たされるのは初めてだ。
私は、中指で弾きたい所もグッと堪えて、どうにかこうにか苦心しながら演奏していた。
譜面も残りあと一行というところで、相手の主旋律担当がグズグズになってしまった。
「えっ?がんばってよ・・・」
そして最後まで弾き終えないうちに中途半端なところでやめてしまったではないか・・・
「・・・そりゃないよ」
このままでは終われない。私は最後の音をだしてなんとか形を繕った。
なんともお粗末な演奏で終えてしまって、聞いてくださったおじいちゃん、おばあちゃんには
大変申し訳ないことした。
貴重な時間を奪ってしまってしまったようで・・・。
私が機転を利かして、種旋律パートを弾けばよかった、と思ったのも後の祭り。
悔しいかな私としても、爪が足りずに弾いていたので、そこまでは急に頭が回らなかった・・・

それと、明日の演奏どうしよう・・・4日、5日の二日間の演奏なのだ。
代わりの爪がない。
切れてしまった糸を縫うしかないが、見れば人差し指の爪も切れそうになっている。
「やや・・・これは困ったことになった・・・」
そう簡単に繕えるものではない。いや、繕って使うものでもない。
取り替えるしかないものなのだ。
「!!」
そういえば・・・以前借金のカタで手に入れたお琴があったっけ。
使ってなくて仕舞いっぱなしになっているが、あの道具の中に爪がなかったろうか・・・?
私は家に戻ってすぐに探した。
「あった!」(喜!)
立派な細工のされた小箱の中に、爪が2セットも納まってるではないか。
その爪は私が今まで使ってたのとは比べ物にもならないほど作りが上等で、
指に合わせたサイズではないが、使えそうだった。
いやいや、ここまで来てサイズがどうのこうの言ってる場合じゃない。
爪をはめて使い心地を確かめるために弾いてみたところ、
爪が違うとこんなに音が違うのか、というほど見事な音をかもし出した!
これで明日は一安心。
これがなかったら、と思うと救われた思いだった。
先の持ち主に感謝感謝。
めぐりめぐって縁あって私の元にやってきたお琴一式、
「人助けはしておくもんだ・・・」とつくづく感じた・・・
(2004年6月借用書1より)



1月30日(水)

「ズボンの穴」

ヘビは金運をつかさどると言いますが、今年になって、いや、昨年末から仕事が超多忙になった。
ありがたいと思う。
金運がついてくるかは分からないが、休みなく働いているのだから、きっと収入につながるはず。
そのようなわけで、毎日、毎日仕事漬け・・・

朝起きると、寝てても仕事のことを考えているらしく、目が覚めてハッ、と思いたって
すぐにパソコンを立ち上げる。寝起きで訂正しては、すぐに添付メールで依頼先に送信。
朝の7時に送信て・・・
おそらく、受信者は「tuziさんは何時から仕事してんだ??」状態だと思う。
それから顔洗って朝食、8時には一日の仕事を始める。
「お腹すいたな・・・」と思っても、集中してないと効率が悪く、ついつい遅いお昼になる。
ササッ、と済ませて、すぐに仕事に戻る。
「のどが渇いたな・・・」と思ったときは、かなりカラカラになってからで、
休憩もなく一心不乱に作業をしている。
夕方、「暗い・・・」図面が暗くて見えなくなるまで気がつかないままで仕事を続ける・・・
ひとりならササッ、と済ませたいところだが、一応、夕飯の支度してまともに食事をとる。
後片付けをしたら、風呂に入って7時頃からまた仕事して寝る・・・
土曜も日曜もない。この繰り返しの毎日だ。
少しの時間も無駄にしたくない。とにかく締め切りがあることなので、ちっとも気が休まらない。
作業が終わらないうちに次の図面がドッ、と送られてくる。やってもやっても追いつかない。
でも、この忙しさを、ほんとありがたいと思っている。
だけど、風呂に入っても髪も洗わなかったりで、かなり不潔だ。
寒いから腐らないことをいいことに洗濯物も山になっている。
いつになるか見通しが立っていないが、仕事が一段落したら、真っ先に洗濯せねば・・・
もちろん、私は正月から着たきりスズメだ。
どこにも出かけないことをいいことに、もう一ヶ月ちかく着替えてない。
ある朝、ズボンを穿こうとしたら、「あれれー?」ズボンの膝に穴があいていた!
「へー?こんなことってあるんだぁ・・・」
ま、クリーニングに出しながら何年も穿いていたズボンだったので、もう寿命といえば寿命だ。
このズボンは破棄することにして、別のズボンを出して穿いた。
裏が付いていて冬は暖かくて気に入って穿いているズボンで、
これもクリーニングに出しながら何年も気に入って穿いているものだ。

毎日仕事に追われていたが、月末になり各種支払いもせねばならないし、
冷蔵庫の備蓄食料も底をついてきた・・・。
灯油も買いに行かねばならないし、いい加減、出かけなければならなくなった。
少しの時間も惜しいところだが、そうも言ってられない。チャチャッ、と済ませてこよう。
出かけようとして靴を履こうとしたとき、「あーっ?」
また、見つけちゃった。前回同様ズボンの膝に穴があいていた!
思えば私の仕事場のパソコンはお座り正座である。
だからなの?またも右膝のよこっちょに穴が。
「カッコ悪・・・」
でも、いまさら着替えるのも面倒・・・いいや、このまま行っちゃえ。
穴の開いたズボンを穿いたまま出かけて、銀行、郵便局、おかずの買いだめ、コピー、書店・・・
買い物しながら、冬物のズボンを見てみる。
「・・・おおっー!」コーデュロイのズボン発見!
冬は暖かいに限る。500円だし。「明日からこれ穿こう、っと♪」
仕事ばっかでズボン2本穿き潰した、tuziです・・・
新しいズボンも半月で穴あいたら悲しすぎるんですけど。。。



2013.2

2月3日(日)

「指の異変」

昨年末から仕事が超多忙になって一ヶ月。
その仕事も収束に向かいはじめたある日、指の異変を発見した。
ひとさし指が異常に腫れている。
右のひとさし指だけがパンパンに太って、折り曲げられない。
痛みも熱ももってない。ただ、ひたすらパンパンに太っているのだ。
左手と比べ指の太さがまるで違っている。
「・・・急にどうしちゃったんだろ??」
思い当たるふしもなく、不思議に思っていた。
あれこれ原因を探ってみると、例えばパソコン作業で指が冷えて太ったとか・・・?
例えば、母を介護で持ち上げる時、指を酷使して太ったとか・・・?
チロぽんに引掻かれて、ばい菌が入ったとか・・・?
破傷風に感染したとか・・・?
でも、だからといって熱があるとか、痛みがあるとかじゃないし。。。

急に指が腫れてから2日ほどたった。
右手の中指、薬指もいくぶん腫れてきた。
「寒さかなぁ・・・?」
やっぱりパソコンの打ち込み作業で指が冷えたのか・・・?
だからって太るものだろうか・・・?
結局ハッキリとしたことは、いくら考えても分からない。

前日、夜中までかかって仕事を完了させ、温泉に入りに行った。
「こんな時は温泉だっ!」
温めたらなんとかなるのでは、とも思ったし、私自身も温泉で癒されたい。
てか、休みたい。
なんとか休みを作って、車で20分ほどの温泉に入りに行った。

温泉はチョー気持ちよかった。
「ううっ〜っ、う〜っ・・・極楽じゃ〜♪」
大広間でゴロゴロして、2回ほど浸かってきた。

問題のひとさし指は、まだ腫れているけど、5日前よりは、いくらかいいみたい。
指が太った原因はいったい・・・なんだろう?



2月6日(水)

「燻製」

我が家の風呂は、薪焚きである。
本当は、石油も使えて、薪を焚きつけていたのだけれど、バーナーが壊れてしまったので、
今はキャンプ用の焚き付けで焚いている。
薪だけで焚いたお風呂は温かさがまるで違う。湯気の立ちのぼりかたからして威勢がいい。
だけど、バーナーが壊れているので、お湯がぬるくなっても追い炊きできないのが不便だ。
夏場なら湯船に入らなくても、少々ぬるくても、いっこうに構わないが、
冬場はやっぱ、湯船にどっぷり浸かって温まらないことには。
それでなくても、熱いのに堪えて入っても体が冷え冷えだから、すぐにお湯がぬるくなってくる。
だから、はじめからぬるいのでは最悪だ。
冷え冷えの体でぬるさが、だんだん冷たくなってきても、追い炊きができないため、
出るにでられなくなって・・・湯船の中で「さむいよ〜っ。(泣)」ってことに。

風呂焚き係りは父で、我が家は夕飯の時間も早いが、お風呂を焚き始める時間も早くて、
4時頃には焚き始める。
4時といえば、私が夕飯の支度を始める時間とかぶってまして。。。
薪に火がつくと、煙が煙突を通って外に・・・出て行くはずが、煙突が煤で詰まっていて、
煙が家中に充満。
焚き場にはドアがあるのですが、なんのその、煙は浸入してくる。
台所にも扉があるのですが、それもなんのその、煙は容赦なく浸入してくる。
台所の換気扇をつけても、なかなか抜けるものではなく、煙が充満する。
風向きによっては換気扇は時に逆効果となり、換気扇を通して、なおさら煙が入ってくることになる。
そうなると、私は食事の支度どころではなくなる。
「え〜ん、目が痛いよお〜(泣)」
「げほっ、げほっ、えぷたいよ〜(←煙たい、ということ)
煙の威力は強力で、それは巨大な玉ねぎのみじん切りの中にいるようなもの。
涙が止まらなくなって、目をあけていられない。息もできなくなる。
「この煙、どうになかならんのかね・・・」
煙突掃除をすればよいのかもしれないが、今の時期、雪もあって危なくてそれもできやしない。
春になるまでガマン。煙たいのはとうぶん続きそうだ。
てか、夕飯の支度の時間と、炊き始めの時間をずらしてくれればいいんだけど。
このままだと私、春までにリッパな燻製になりそうです・・・。



2月16日(土)

「三千円」

父の友人で、元大工さん、リタイヤしてから木工を始めたオジさんがいる。
私の母のいとこの旦那さんでもあるので、親戚のオジさんということになる。
オジさんは山歩きも大好きで、春は山菜、秋はキノコを手土産に遊びに来てくれる。
もちろん私も顔なじみだし、私のことを「tu〜ちゃん」(ziは省略)と呼ぶ、たった一人のオジさんだ。
オジさんは大工さん時代の自宅の作業場を木工の工房と称して、さまざまの木工作品を作っている。
そして、オジさんの家は山深い温泉の近くにあるので、
温泉の土産物の売店に、それらの木工作品を出店している。
土産物の売店といっても、温泉とは別棟の物産館で、地場産品の野菜もたくさん売ってるし、
食堂も完備された建物である。そりゃ、おいそれと出店できるものではない。
趣味程度の品物では売り物にはならないし、
出店したからには売れないことには各人のプライドが・・・
なんにしても商売と名がつけば、どの道厳しいものである。
オジさんも、これまで新製品を作っては試行錯誤を続け研究を怠らない。
お客さんのニーズに合わせていろいろ頭を悩ませ、新しいアイデアで売れ行きも上々のようだ。
最初は王将の駒や、左馬の駒から始まった。
それも飽きられてきた頃からは、フクロウの置物を枝ぶりの立派な木に止まらせた飾り物が
好評となって、それは注文まで受けるようになったとか。花台もだいぶ作った。
オジさんの木工は塗りも本格的だし、材質もヒノキやエンジュというように高級品ばかり。
まな板は一貫して売れ筋商品だ。他には、注文で吊るし雛の置き台を作ったこともある。
将棋台も作ってたっけ・・・
他に山野草なども出店しているようで、品物をきらさないように工房は大忙し。
注文にも対応しなきゃならないしね。

そんなオジさんの次なる新作は、杢板に文字を書いてオシャレな額をつけて飾る、インテリア商品だ。
文字はオジさんの好きな言葉である。
例えば「打てば響く太鼓であれ」とか「・・・なんとか、ほにゃらら親心とか、
あとは、オジさんの座右の銘この道しかない、うんぬんかんぬん、我は歩くとか・・・
あとは樹木の形に切り取って「この木なんの木気になる木」って書くとか・・・
私だったら絶対買わないな、って言葉ばかり。
それらの言葉をtu〜ちゃん、筆で書いてくれ」と、オジさんは杢板をどっさり持ってやってきた。
あんまり細かい字は・・・しかも楷書でカチッ、カチッ、って書くのは苦手だし。
第一、失敗できないじゃん。って思いながらも、
いつも美味しい山菜やキノコをごちそうになってるオジさんの新作なんだからと、
快く引き受けちゃいました。
オジさんのイメージは相田みつおの文字のようですが、私には、あの字は書けません。
オジさんは「この杢板にはこの詩、この杢板にはこの文字・・・」と、事細かく指示して行きました。
私は言われたとおり、忠実に、楷書体で素直に書いてみました。
「う〜〜ん・・・?」
私なりのアレンジは一切なし!
ほんとはアレンジして書いたほうが、映えると思うんですけど・・・
希望通り楷書体でカチッ、カチッ、と12枚書いてお渡ししたら、
お礼に、って3,000円くれました。
思いもしないことに驚いて、私はガンと拒否したのですが、
オジさんはカーペットの下に入れてみたり、テーブルの下に入れてみたりして
強引に置いて行ってしまいました。「そんなつもりじゃ・・・」
でもま、一枚換算すれば300円にも満たないわけで・・・ありがたくいただいちゃいました。
その後も、オジさんはまた6枚ほど杢板を持ってやってきました。
今度は少し自由に‘道’‘絆’‘福寿’といった文字をバッ!
杢板の形に合わせて一文字で書いてみたりしました。
自分でもこっちの方が性に合ってるし、まあまあの出来。
「これなら、私も購買意欲がわく・・・かな?」
見せたらオジさんにも好評で・・・にも関わらず、今度は1,000円て・・・
一応、辞退はしたものの、単価が下がっちゃってるじゃないのさ!
欲を言えばキリがないが、内心、
「オジさん、私の書が一枚200円足らず、って、そりゃあんまりだぜ・・・(悲)」
って思わないわけでもありませんでした。

・・・いやいや、そうじゃないよね!
そもそも字を書いて報酬を得ようなんてことは、これまで考えたこともなかったことでした。
字を書いて、たとえ3,000円でもお金をもらうことになるなんて人生、
思いもしないことが起こるもんです。そうでしょ?
ほんと人生、ってなにが起きるか分からない・・・そっちこそが驚きです。
考えてみれば字を書いてお金もらうなんて生まれて初めてのことです。
たとえ、1,000円でも、字を書いただけで誰がくれる、っつーの?

それに、オジさんはこれから商品に仕上げて、店頭に並べるわけで、
200円足らずだって、オジさんとしては元手をかけてるわけですからね。
私としても今後の成り行きがおおいに気になるところでもあります。
売れないことには話しにならないしね。
・・・はてさて、どんな結末をむかえるのだろうか。



2013.3

3月28日(木)

「埋蔵金」

読者の皆さん、お久しぶりです。
ようやく、仕事が落ち着きました。
ご無沙汰いたしました。

昨年末から2月いっぱいまでメチャクチャ忙しくて、正月準備もままならないほどの忙しさでした。
年明けも、ずっと明けても暮れても仕事、仕事・・・の毎日。
大好きな映画のチケットが、せっかく当たったのに、当然のことながら、観に行けませんでした(悲)
なのに、入金はずっとずっと先になる。因果な商売です・・・
忘れた頃の入金・・・
1月末にちょっとだけ入金がありましたが、2月に生活に必要なだけ引き落としたら、
ついに通帳の残金は1万円をきってしまいました・・・
3月は、1月末に引き落としたのを切り詰めて、なんとか乗りきったのですが。
ところが、3月末にも入金はないと言います。
1月2月に仕事した分は4月以降に清算になるというではありませんか・・・
いよいよピンチだ!
だって、とうの昔に通帳の残金は1万円をきっているのだ。
4月は切り抜けられそうにありません。
てか、1月2月の忙しさは何だったんだ?!
4月が切り抜けないうえに、5月は連休だってある。
この調子では一文無しで連休を迎えることになりかねないよ・・・(泣)
一文無しじゃあどっこにも出かけられないじゃないか・・・
それよか、さしあたっては4月をどう切り抜けるかだ!

私は、小銭を家の中あちこちに置いておく習性があります。
この可笑しな習性は母譲りのようです。
例えば、メガネケースの中に1,000円、とか・・・お菓子の空き箱に3,000円とか・・・
母の薬袋(私が管理している)に2,000円とか・・・そこいらの封筒の中に1万円!とか・・・
カバンのポケットに5,000円とか・・・郵便局の景品のポスト貯金箱にも3,000円くらいはあるかも。
文字書いていただいた3,000円もまだ使わずに置いてあるし・・・。
それから、商品券も8,000円分くらいは残ってるはず。
・・・とまあ、そんな風に家中あちこちに小銭を散らばしているのです。
もちろん、その在りかの検討がつくのは私だけで、
誰もそんな身近に埋蔵金があるとは思いもしてないでしょう。

小銭ばっかだけど、これらの埋蔵金を次々と探し当てれば、数万円にはなるはず。
この埋蔵金を探し当てて4月は乗り切るしかない!
それにしても、あんなに仕事したのに、なんで埋蔵金を当てにしなきゃならないんだ?
おかしな話しだぜ。
たとえ4月を乗り切ったにしても、4月から連休は始まっちゃうのか・・・(はっ!)
4月末に入金してもらったとしても遅いんじゃんよ!
へたすりゃ、連休明けの入金てことだって・・・(ガ〜ン!)
とにかく、私は明日から埋蔵金探しに徹します!(宣言)



3月31日(日)

「乗馬体験」

いつも利用しているガソリンスタンドからメールが届いた。
特売のお知らせなど、定期的に送られてくるダイレクトメールの類だ。
その日は特売のお知らせではなく、「乗馬キャンペーン」のメールだった。
先着50名様を乗馬キャンペーンにて1,050円+保険210円で騎乗させてくれるというものだった。
動物が好きな私は、乗れるとなればなおさらのこと、そうそう体験できるものでもない。
なにげに応募してみた。
・・・と、すぐに電話が鳴った。
「(えっ?!早っ!)」
そんなわけで、乗馬体験に行くことになった。

これまで動物の背といえば、北京でラクダに乗って記念撮影、というのがあったきり。
馬に乗るのは初めてのこと。
友人に話したところ、「ポニーなんじゃないの?」と言われた。
ああっ、そうか・・・
「そうだね!ポニーだね。」

当日は少し寒いけど、天気も良く晴れて乗馬日より。
靴を履き替え、ふくらはぎに馬当てを巻いて、乗馬っぽい帽子をかぶらされ、
パッツパツの防寒チョッキを着せられた。
帽子もチョッキもキッツキツパッツパツ

馬舎に向う。
今日、私のお相手をしてくれるのは、オリンパス君、御歳21歳。
人間では75歳以上のおじいちゃんだそうです。
乗り方から、進め、止まれ、曲がれ、駆け足まで体験した。
砂場のサークル内を回ったり、S字に曲がったり、駆け足になってお尻を浮かせたりまでを
体験したのだが、おじいちゃん馬は時々さぼって立ち止まってしまったりする。
ヤル気がない、というか、初顔だと思ってナメてかかってるのか・・・
ムツゴロウさんが言っていた。
「オレが主人だ、おまえより偉いんだ、と威厳を持たないと、馬が騎乗してる人間をナメてくる」
というのを思い出した。
ナメラレてんな、と思った私。お腹を蹴って「ハイッ!」と言っても動かなかったりする。
そんな時は指導員が促してやっと歩き出す・・・
騎乗してすぐに、指導員から「怖くないですか?」とか「高く感じませんか?」とか言われた。
「気持ちいいです♪」
馬はかわいいし、動物の背はなんとも気持ちがいい。
高さなど、ぜんぜん感じない。このまま、爆走されたいくらいだった。(おじいちゃんにはムリか・・・)
体験はあっというまに終了。おりてから、馬舎にいる馬たちにニンジンのエサやりに行った。
手から食べさせる私に、「怖くないですか?」と聞く指導員。
「カワイイです♪」と答えると、「慣れてるんですね」と。
動物は不思議なもので、手から食べさせても、決して歯を立てたり、
手のひらを噛んだりしないものです。そのことを私はチロぽんで知っていた。
ここの乗馬クラブにいる馬は100頭ほどで、すべてサラブレッド、元競走馬ばかりだそうで、
教育されているので、おとなしいし、人の言うことをきく。
だから、私のような初めての者でも、難なく乗れてしまうのでした。

楽しかった馬とのふれあい、が終了してからは、
乗馬クラブへの長〜〜〜い勧誘時間が待っていた。体験より勧誘のほうが長い。
そりゃ、お金に余裕さえあれば、迷わず入会するさ。
けど、私はそれどころではない。埋蔵金発掘している者が、どうして入会できる?
返事を濁しながら、ぐずぐず聞いていた。
向こうとしても、体験のこれが本文なのだから、そりゃしつこくもなるさね。
話しを聞いていると、クラブの運営にはまず馬たちを養わねばならないわけで、
そのエサ代が大きく占めているようだった・・・
「(分かるけどさ・・・そうそう、乗りにも来れないしね・・・)」
今日だって、やっと出て来たんだぜ。それも年に数回しか、ここまで来るなんてことないしね。
毎月、エサ代を支払うだけじゃん。向こうとしてはそれでいっこうに構わないのだろうが・・・
定期的にお給料もらって、家族を養うでもなく、介護するでもなく、ひとり自由の身であれば
入会を考えもするけど、ごめんよ。今日は体験逃げさせてもらうぜ。
私は勧誘の話しを半分聞きながら、
「(ラクダちゃん、お馬さん、次なるターゲットは象さんだな・・・)」と考える私でした。

太ったtuziの顔もパッツパツ



2013.4

4月1日(月)

「消えた埋蔵金」

埋蔵金を探し当て、これで4月はなんとか切り抜けられそうだ。

さて、ウチのチロぽんであるが、昨年夏頃から、また様子がおかしくなった。
ヨダレを垂らすようになってきたし、そのヨダレで手足が真っ黒に。
その真っ黒はチロの手足ばかりでなく、チロが横になった所すべてに及ぶ。
例えば私の座布団も真っ黒け、畳に寝転がれば、そこも真っ黒け・・・といった具合だ。
そんな真っ黒けのチロが毛づくろいをしても、いっこうにキレイにならず、かえって体が汚れてくる。
痒がっては体中がヨダレまみれになり、汚れる、といった悪循環・・・
見かねて、私がシャンプーしたりもした。
痒がっているので、ノミでもいるのかと思い、薬用シャンプーで洗ってあげてたりした。
冬になっても症状は治まらず、今度は父が「痒い」を訴えるようになった。
冬、コタツの中で寝ているチロが寄生しているかもしれない、ダニかノミかが父の足から体に。
・・・もう限界だ。
これまで免疫不全だとかで、高額請求を恐れて延ばし延ばしにしてきたのだ。
でも、もはやそうも言っていられない。これは獣医に観てもらおう。
以前にも書いたとおり、Dr.スエナガに連れて行くには相当な覚悟が必要だ。
かなり高額な出費が予想されるからだ。
でも、人間界にまで害が及ぶようでは、そうも言っていられない。
私はなけなしの埋蔵金を握り締め、Dr.スエナガを訪れた。

「あー、もうこれは口内炎がひどいことになってるね。ほら、歯がほとんどなくなってるでしょう?
そして、この歯茎、膿んでるし。とにかくこの口の中を処置しないことには。
それから全身を洗います。いいね?
口内炎の処置に麻酔をかけるから、同意書にサインして。
一緒に去勢すれば、生活も改まるんだけどね。
それから、この尻尾洗うのに毛を刈るからね。処置が終わるまで置いてって、夕方電話して。
もしかしたら入院になるかもしれないからね。」
相変わらず高ビーな物言いのDr.スエナガだ。
去勢だけは辞退して、チロを置いて、いったん家に帰った。
チロの痒さの原因はノミ、シラミだそうで。確かに人間にも移るとのこと。
父の痒さの原因はチロのシラミだった。
「ダニではないんですか?」と聞いたところ「ダニじゃない。ノミ、シラミ知らないか?」と。
もちろん、ノミ、シラミくらいは知ってる。が、知っているといっても見たことないし、
せいぜい戦後のDDTで知ってるだけにすぎない。
ま、とにかくチロを置いて、家に帰り、コタツをひっくり返して掃除機をかけ、
家中の布団にも念入りに掃除機をかけた。

夕方、電話をしたら、Dr.スエナガが「血液検査もしたんだけどね・・・」
「(余計なことしなくていいっ、つーの!)」
「エイズウイルスが陽性で、赤血球も少ないしね・・・」
「(エイズウイルスはもともと陽性だろ!?いまさら何言ってんだよ?)」
数年前はそれで、インターフェロンを数回打って、高額医療受けたじゃないか。
てかさ、野良出身なんだから、もともとウイルスを持って生まれたんだと思う。
「口内炎の菌も、顎にまで波及してるしね。血液通って全身に及んでるんだよ。
今後、抗生物質で抑えていくかしかないんだよね・・・うんぬんかんぬん・・・
「(・・・はいはい、これまでお世話になってきて気づいたんだけどさ、
大体Dr.スエナガは大げさなんだよね)」
「とにかく、これから迎えに行きます」

点滴の針を刺されて、チロはまだ朦朧としていた。
全身洗ってもらい、きれいにはなった。口もまあ、きれいになっていた。
「じゃあ、明日、注射しに来て」
「はい。ありがとうございました」
請求額。46,000円。
「(うそだろ??)」
予想をはるかに超えた請求額。
血液検査だけで10,000円になっていた。
「(・・・だから、しなくていい、っつってんだよっ!)」
「クレジットは」と言いかけたら「使えません」と無愛想な助手にキッパリ遮断された。
インターフェロンの時でさえ、30,000円くらいだったのに、何なのさ!
46,000円て!
びっくりだよ。
シャンプーだったら私にだってできる、っつーの!
暴利すぎる!(怒)

これで2か月分の食費が飛んだ。
2回分の書道展出品料が飛んだ。
46,000円といったら・・・
固定資産税1年分を越えてるし!
自動車税もはるかに越えてるし!

家に帰ったチロは朦朧としながらも、食べる物を要求し、体中を痒がっている。
「なんだよっ!」
良くなってないじゃないか!

外見だけキレイにしたところで、治ってないんじゃあ意味ないじゃん!
明日注射しに来いなんて言ってるけど、誰が遠いとこに行くもんか!
これまで腕を見込んで遠いところ通院したが、こうなったら主治医を変えるしかしかないな。
それに、野生児チロの主治医にしては、Dr.スエナガは人に例えるなら、
慶応病院の石原裕次郎とか順天堂の天皇陛下とかハイソサエティな感じの医療じゃない?
そもそも病院に行くようなペットの飼い主って、みんな金持ち、ってっことなの?

家に帰って、よくよく計算してみたら、消費税の桁間違えていて、
2,000円も余計に取られていたし。
ムカツクわー!!

そうはいっても、請求するにも程ってもんがあるよね(怒)。
人の足元見やがって!(怒)
治ったのならいざ知らず、前と状況変わってないし!(怒)
歯を抜かれて、食べられなくなってるし!(怒)
骨にもかぶりつけないし!(怒)
てことはネズミだってもう獲れないじゃん!(怒)


ふ〜・・・
やっとのことで発掘した埋蔵金が一瞬にして消えた。
「先生、これはエイプリルフールの冗談すか?」
請求額にそう言いたい気分の私だった(泣)



4月17日(水)

「意地」

父の友人で、元大工さん、リタイヤしてから木工を始めたオジさんがいる。
2月16日「tuzi now」でオジさんの新作に十数点に‘書’を書いて3,000円もらった、
という話しを書きました。
その後、値が下がって十数点が1,000円になったということも・・・
それ以来、音沙汰なく「果たして売れただろうか・・・?」そう案じていたところ、
久々にオジさんやってきた。
気になっていた売れ具合を聞いたところ、「売れねえ」とのこと。
それじゃダメじゃん!

だが、オジさんは、またも「書いてくれ」と、今度はペン立て、とリッパな置き物、
十数点を持ってきた。
「ペン立ては確実に売れるんだ!」と自信満々な様子。
「だったら、このまま売った方が・・・いたずら書きして売れなくなっちゃったら大変〜」
謙遜してみせたのだが、そんな謙遜が通じるわけもなく
「大丈夫だぁ。いたずら書きしても売れるんだから」
イラッ。
それに、さっきは「売れねえ」なんて言ってたけど、実は売れてるみたいだった。
まだ、店頭に並べてないのもあるみたいだし、問い合わせも来ていると話している。
じゃなかったら、持って来ないよね・・・

オジさんは今回も、事細かに私に注文を出している。
「(釈迦に念仏よ・・・)」そんな言葉が浮かぶような‘書’の常識的指示だ。
小さなスペースに仮名文字を書くのは至難の技。できるなら書きたくない。
紙に書くのと違って、木工に細筆でかな文字を書くのは、かなり骨が折れるものなのだ。
「tu〜ちゃん、何事も勉強だよ」
だから、なんで上から目線なんだよ?!
この一言にイラッ、とした私。
しかも「金がねえから、額を置いていくよ」ときた。
3,000円から1,000円、そしてついには現物支給。
色紙額なんて貰ったって使えないし!
今は少しでも現金の方が嬉しいんだけどな〜
だって、かき集めた埋蔵金は全額スエナガに持ってかれて、
4月はできるだけクレジットカードで支払い先送りにして、
カードが使えないところでは商品券でなんとか、やりくりしてるのだ。
揮毫代が手土産の赤飯と五目御飯のパックと手作りの色紙額、ってなんだよっ!

あれこれ十数点だが、書き始めると、ものの30分ほどで書き上げてしまった。
今回の出来は我ながら素晴らしい仕上がりで、これなら私も買いたい♪と思わせるような出来だ。
なので、今回は雅号印も押したった!
(名前の雅号印ではないので、印から私とは知れない)
久々に父とドライブがてら出かけ、持って行ったたところ、額を現物支給したから謝礼はしない、と
語る。聞いていたことなので、何もわざわざ言わなくてもよさそうなものなのに・・・
それを聞いた奥さんの叔母さん(母の従姉妹)が「ズルイわね〜」と言っている。
まったくだよ・・・私も顔が引きつった。
この出来を見たら、タダでは済まされないだろうに。
こんなだったら、額なんか受け取るんじゃなかった、と思った。
あとで、突っ返してやろう、と思う。
でもさ、いつも美味しい山の幸持ってきてくれるオジさんだから書いてあげてるけど、
他の人だったら、書かなかったと思う。だから、タダでもともと、なんだけどね。

叔母さんに諌められたオジさんは、「次回から有料にするから」と渋々私に言った。
私の顔がまたも引きつった。
イラッ、とした私は、耳の遠いオジさんには聞こえなったと思うが(地獄耳だったりして・・・)
とっさに「そうですね」と返事してしまった。
有料、ったって相場を知ってのことか!と思ってしまった。
たかだか数百円が有料と言われても、それはどうなの?!
私は欲深い女だ・・・
ハッキリ言って、数百円の揮毫料など、有料のうちに入らない。
そんなハシタ金で有料だなんて思われたんじゃ、こっちはたまったもんじゃない。
そんなだったら、タダで書いた方がまだマシ、ってもんだ。
・・・それに、今回の出来は手放したくないほど好かったんだもん♪

後日。
雅号印が上塗り塗料で消えてしまった、と朝早くに電話。
「ならば、塗料が乾いたら上から押します」と言えば、「それはムリだ、なんねぇ」と言う。
「大丈夫です」と言っても聞かず「それはムリだ、ダメだ」の一手張り。
半ば、職人の意地の張り合いみたいな丁々発止のやりとりに、
朝っぱらからイライラッ、とした。
そーかい、そーかい・・・こうなったら意地だ!
今度はサインしてやるぅ!

って、・・・なんだか、何で書いてんだか、だんだん分かんなくなってきちゃった。。。



4月25日(木)

「あまちゃん」

宮藤官九郎作の「あまちゃん」
作者の官九郎さんも宮城出身ですが、出演者の方にも山形出身の渡辺えりこさんや、
宮城出身の役者さんが出演されてます。
なかでも、あまさん役で出演されてる木野花さんのナマリがあまりに自然で
「うまいなあ・・・」と思ってました。
彼女のナマリは私の気をひくほど完璧です。
あまりに上手いので、ネットで調べてみたら、宮城生まれ青森育ちなんですね。
「どうりで・・・」
彼女のナマリはネイティヴも認める上手さです。

脚本家としての宮藤官九郎さんの名前は知っておりましたが、ドラマを見るのは初めてです。
噂にたがわぬ面白さ、クドカン妄想ワールド炸裂、ってとこでしょうか?
今後の展開が楽しみです・・・とはいっても、大震災と津波は笑い事では済まされませんが。

ところで私、震災の前に、三陸を旅行したことがあります。
久慈の琥珀博物館前を通過し、「久慈、って山なんだな・・・」と思っていたら
突然景色がひらけリアスの海になったので驚いたのを覚えています。
三陸の海には山が迫っているのですね。
もちろん三陸リアス線にも乗りました。
車内には観光客向けに飾りがしてあって、網棚が、漁師の網になってたり、
ホタテが窓に飾り付けてあったり・・・車両のカワイさには気づきませんでしたが、
車内のそんな飾り付けがカワイかったのを覚えています。
風光明媚な場所にさしかかるとスピードを落として走ります。
高い鉄橋からの海の眺めは胸がすくような気持ちのよい眺めでした。
一緒に乗り合わせた高校生などは、見飽きているのか見向きもしませんでしたが。
車内では乗車記念のキーホルダーなどのおみやげ物が販売されてました。
今思えば何かしら買っておくんだったな、なんて悔やんでいます。
おみやげは購入しませんでしたが、乗車切符をたしか、とって置いたはず・・・なんですけど・・・
机の上に置きっぱなしだった・・・はず・・・が、行方不明・・・(見つけたら写真をアップします)
宿泊した旅館も海岸縁に建っていたので、おそらく津波の被害は避けられなかったはず。
風景も一変してしまったことでしょう。
2009年11月tuzi now「海の男」はその時の旅行のひとこまです。
あの時の漁労長は・・・


乗車券みっけました。
開業25周年記念切符だったなんて・・・

毎朝「あまちゃん」をみてると、当時の旅行が蘇ってきます。
昼の再放送もみて、夜のBSの再放送もみて、さらには土曜日の一週間分もみて・・・
4回もみてますが、何度みてもおもしろいです。
宮藤官九郎さんて噂にたがわぬ脚本家だったのですね。
被災地宮城県出身の彼は「あまちゃん」で震災をどう描くのでしょう・・・
タイトル音楽も、これまで聞いたことないような‘ふざけた感’がいいじゃん♪
第一、主役の能年さんが、カワイイ♪
・・・能年さんといえばウニ♪
ウニ♪といえば、女川で食べたウニ丼♪が忘れられません。
2004年5月tuzi now「うに丼」
きっと、海岸縁に建っていた、あのお店も津波の被害は避けられなかったはず。
沿岸の話しには、どうしたって震災がつきまといます・・・

時間とお金に余裕ができたら、三陸を再度訪れてみたいものです。
同じ風景、同じ味を求める、‘あまちゃん’なことは考えてません。
ガンバル復興が見たい、なんても思っていません。
ましてや復興してて欲しいなんてヤボなことも考えてません。

ただ、自然の再生は人のそれより先行するはず。。。
自然と共に生きる三陸が、どういう舵取りをして、どこに進もうとしているのか・・・
再度訪れたら感じるところもあるのではないかと思ってるのですが。
大地震という自然災害で人の暮らしが一変してしまいました。
だけど、自然災害があろうとなかろうと、人の暮らしは移りゆくもの・・・
永遠なものなど、この世には存在しません。
だからこそ、より良き方向へ船出して欲しいと願うばかりです。



2013.5

5月2日(木)

「連休前半」

ゴールデンウィーク真っ只中、みなさんどうお過ごしですか?
好景気に転じて、と盛んに謳われております中、景気良くお出かけされてる方も多いでしょう。
何が悲しくてゴールデンウィークに「飛ぶtuzi」を読むか、っての・・・

私のゴールデンウィークは昨年同様、前半は書道、後半は太極拳。
講習日以外は祝日も仕事ようかと思ってます。
2012年6月連載「tuziの痛いゴールデンウィーク」



連休前半の4月28日に書道の講習会がありました。
某展覧会に出展する作品の清書、提出のための講習会です。
今年は「漢字」で提出する予定です。
全然書いてなくて、その場で仕上げるつもりで出かけました。
早くも2度目で緊張感がなくなってます。

集まった受講生の中に、男子がひとりだけおります。
この男子、これまで2度ほど展覧会に出展しておるのですが、ビギナーズラック連発で、
出せば入賞、を連続している。羨ましさ通り越して、妬ましさ、さえ覚えます。
(※落選←入選→入賞=特選、大賞など名がある賞)
まずもって、書いてもらう手本がいいのだ。羨ましい限りだ。
今回の書道展の手本もカッコよかったし。
また入賞しちゃうよ・・・最高賞になったりしてね。
「○○君、出せば入賞だから」ってサラッと言ったぐらいにして、心のなかで毒づいている。
・・・ケッ、面白くねえ奴だよ。
私よりずっと若いのに、結婚してて最近カワイイ女の子が誕生したばかり。
・・・クッ、なんでこいつだけが幸せ独り占めなんだ!
世の中不公平すぎるんじゃねえか?!

他人を羨んでいても仕方ない。問題は私の作品である。
午前中で仕上げて、選んでもらって提出した作品が、なんだかイマイチ・・・
講習会終了してから、先生(女)からひとことあった。
「とにかく入選するようにね。○○さんは16回連続で落選して・・・」
エーッ!
そんなことがあるの?
結局、諦めてしまったとか。
怖いよー・・・
私の今年の漢字は、いよいよ怪しい気がしてきた。
やだよー。
もう落選なんてコリゴリだよ〜(泣)
でも、もう提出しちゃったし、泣いても笑っても「あとの祭り」

講師の先生(男)は
「毎月の競書だけでというのではなくて、展覧会にも挑戦してみるのも、またよい」
なんて、いかにも展覧会出展がご褒美みたいな言い方するけど、私の中でのスタンスは違う。
競書はあくまで展覧会に生かすためのもので、
いくら競書の成績がよくても展覧会で入賞しなきゃ、意味ない。
てか、展覧会で名をあげなきゃ!
全国紙に名前が載って、ひろく知られるのだから。
落選した日にゃあ、外歩けませんから〜
だから、競書も書かずに初回から入賞してる奴をみるとムカつくんだよっ!
キーッ、ってなっちゃうんだよ!
心が狭くて結構、心からの祝福なんて私にはできません。

私の知ってる人は、前年に入賞して表彰式にも出席したのに、翌年は一転して落選・・・
そんなことってあるんですね。
しかも2種目に出展して、2種目とも落選だったとか・・・
展覧会は厳しい勝負の世界。
彼女の落胆、苦しみはいかばかりか・・・
また、先の彼女は、苦しみのなか16年も挑戦し続けた。その気力に感服してしまう。

今回も、5種目に出展するという人が2人もいらっしゃった。
出展料だけでも大金だ。それに表具代が加算されたら・・・
なぜそこまでして出展したいのか、それはそれで私には理解できません。
きっと出展料をドブに捨てた経験がないのでしょう・・・
挫折なしの輝かしい成績の経験しかないのでしょう・・・
私だって経済的に余裕があったら、複数点出したいとは思うけど、せいぜい2種目でしょ。
そんなことより、入選に甘んじることなく、入賞せねば!
てか、落選だけは勘弁して〜
2012年12月tuzi now「今年の漢字2012」

講習の翌日、変な筋肉痛になったことは言うまでもない・・・



5月6日(月)

「インドネシア」

連休後半は年に一度のお楽しみ、太極拳講習会がある。
今年は5月3日、4日の二日間。
会場は、家から高速バスで1時間、電車を乗り継いで片道1時間30分てとこでしょうか。
私がいつも乗る高速バスのバス停には、小さな待合室があります。
雪の日、雨の日、風の強い日などは、その待合室に避難してバスを待ちます。
少し前のことですが、その日は天気が悪く、バスの遅れが予想されたので、
待合室で待とうと思って入っていったら、そこに若い女子がひとり。
その彼女、いまどきの若者らしからぬ感じ良さ。
天気のことなど話しているところへ、イケメンの外人さんが入ってきた。
・・・私、外人さんをみると、どうしても話しかけたくて仕方なくなってしまう。
どこの国の人か知りたくてウズウズ・・・
なぜこんな田舎にいるのか知りたくてウズウズ・・・
「あなたのお国はどこですか?」
「インドです」
「おー、インド!行きた〜い♪」
若い女子とハモッてしまいました。
デリー、アグラ、ジャイプール・・・憧れのインド♪

そして今回、講習会の日。
待合室には4人の男子外国人。年は23、4てとこでしょうか。
肌の黒さといい、瞳の大きさといい、東南アジア系外国人に違いない。
・・・どこの人たちだろう?
ウズウズ・・・
ひとりが待合室から出てきた。
「あなたのお国はどこですか?」
「インドネシア」
「あ〜あ、ジャカルタ!」
インドネシアのことは全然知らないけど、なんとなく首都はジャカルタかな?みたいな。
「ジャカルタ知ってますか?行ったことあるんですか?」
「行ったことはありません」
「バリ島は?」
「あー、バリ島もインドネシアでしたっけ?バリ島はリゾートでしょ?・・・興味ありません」
「リゾート?う〜ん・・・海がきれいです」
「海・・・興味ないもん。バリ島よりジャカルタの方がいいです。あなたはジャカルタ?」
「そうです。僕ともうひとりがスマトラ。あとふたりはジャワ。顔が違うでしょ?ジャワは黒い」
確かに。
明らかに顔の色が違う。
スマトラも日本人に比べれば、いくぶん黒いけど、ジャワはアフリカ系のような黒さだ。
てか、スマトラとジャワもインドネシアだったんだ・・・インドネシアは島の集まりだもんね。
話しから憶測すれば、首都ジャカルタはスマトラ島にあるらしい。
いやいや、地図でみたらジャワ島だった。
バリ島は観光地だし、ジャワ島の人たちは肌が漆黒だ。
勉強になったなあ・・・
これでインドネシアはバッチシだよ。
彼らは地元にある工場で働いているという。
4日連休で今日はS市に彼らいわく「散歩」に行くという。
「散歩ですか?」と聞かれたので、
「私はチャイニーズカンフーをしています。今日は中国人の先生が来ているので習いに行きます」
と言うと、「カンフー知ってます」と言って、丁寧なお辞儀をされた。

インドネシア人でさえ、カンフーに対しての敬意を持っているのに、
私の教室の生徒ときたら、どうだい!話にならないほど礼儀を知らない。
武徳なさすぎ。
というか、はなっから先生を先生と思ってない。むしろ上から目線で話してくるし。
だいたい、先生が来る前に準備しておくもんでしょ?
逆に私を雑用に使って、それが当たり前と思ってるんだから手に負えない。
前に立って暗黙で、「始めます」という意思表示しても、勝手に話し続けてるし。
もちろん、挨拶もそこそこ。
動いて見せても、見ようとしない。
習う姿勢が見受けられないし、なにがなんだかサッパリ分からない。
私の目の前で、他の指導者に話しかけ、「習いに行きたい」話しを平気でする。
・・・あげたらキリがない。
どういう料簡なんだか、私にはさっぱり理解できない。
ハア〜・・・
インドネシア人を少しは見習って欲しいものだ・・・



5月8日(水)

「連休後半」

年に一度のお楽しみ、太極拳講習。
4月の20日過ぎに雪が降ったほど、今年は寒い。
5月になってもまだ寒さが続いている。
長袖を着ようかと思ったけど、練習してるうちに暑くなってはかなわない。
長袖か・・・半袖か・・・微妙・・・。
長袖の上に半袖、ってことで落ち着いた。
今年こそ、京劇Tシャツ着ようと思ったけど、また来年に持ち越しだ。

      
5月3日
会場に1時間も早く着いてしまった。
まさか、乗り継ぎの電車が5分おきに頻繁にあるなんて予想外だった・・・
田舎者の感覚で1時間おきとか、30分おきとか、そんなイメージだったのだ。
早く着きすぎたが、老師はすでに会場入りしており、私は挨拶しに向った。
「宜しくお願いします。。。どうぞ厳しくご指導お願いします」
と日本語でお願いしたところ、
「あなたは、中国語ができますよね」と言われてしまった。
どうぢて知ってるの?
何年も前のこと覚えてくれてたの・・・?
もう5年以上も前のことになるだろうか、R老師がまだ日本語があまりできなかった頃、
講習会が終わって、お土産を買って帰る時に、お手伝いしたことがあったのだ。
その頃は、私も毎年のように中国に出かけていて、中国語が今よりはずっとずっと話せてた。
それとも、昨年ひとりだけ中国語に反応して、立ち上がりそうになったのを目撃されてたとか・・・?
忘れかけてた中国語を、私は久々に口にしてみた。
「ワタシ、ニホンデ中国語ヲハナシマセン。ソレニモウ5ネンモ6ネンモ中国ニイッテマセン。
ダカラ、ダンダン忘レテシマイマシタ」
また、中国語勉強しなきゃ。。。

練習が始まっても老師は優しかった。
厳しく、は私にだけでよかったのに、R老師は全員に、と受け取ったらしい。
でも考えてみれば、私にだけ厳しいなんて特別なことはできない。
年齢層もマチマチなのだから、厳しくできないのも無理はない・・・
途中、老師が私に「疲れましたか?」と聞いた。
「(まさかあ・・・)いえいえ、まだまだー」
と、何気に答えた私に、
一緒に受講してるおばさまから「若いから疲れないのよ」と言われてしまった。
え?疲れてたの?
てか、若くないし!若くたって疲れるし。
それにしても、毎年同じこと言われてるよね。。。私だって年々、歳とってるのに(笑)
一日目は余力を残して終了した。
帰りにサーティーワンアイスを食べて帰る。
うふふ、ダブルだぜ〜♪
これが楽しみだったんだよね〜・・・
だって・・・ウチの田舎にはサーティーワンがないんだもん(悲)
「何年ぶりだろう?」
やっぱ、うまいなー♪

      
5月4日
講習会2日目。
套路を最後まで終えたいという、おばさま、おじさまのリクエストがあって、急ピッチで練習が進んだ。
42式総合の後半はかなりの脚力が必要になる。
午後はさすがに脚に疲れが・・・棒になってきた。
講習最後に、成果発表があるという。
もうその頃は、脚も限界になってるだろう、て・・・
暑くなってきたので、私は中に着込んでいた長袖を脱いで半袖になった。
半袖は私だけじゃん。みんな長袖のままで暑くないの・・・?
脚の疲労感もピークで、全員で成果発表の表演。
少し物足りない気がしないでもないが、心地よい疲労感とともに、2日間の講習会は終了した。
今日もサーティーワンアイスを食べて帰る。
うふふ、ダブルだぜ〜♪
練習後のサーティーワンアイスは格別だっ♪
美味しかった〜♪

駅でミスタードーナツに寄ってドーナツを買って帰る。
オールドファッションが無性に食べたかった。
だって・・・ウチの田舎にはミスドもないんだぜ〜(悲)



5月10日(金)

「登山」

5月5日
2日間の太極拳講習会が終わってしまい、また一年待ちか・・・と、ガクッ、と気が抜けた。
恒例の講習会が終わってしまうと、ゴールデンウィークも終わった感じがしてしまいます。
さあ、5日も6日も仕事するでー!
・・・って、いまいちヤル気が起こんないし。
それに、5日は天気が好かった。
昨日、あんなに脚が棒のようになったのに、一晩寝たら筋肉痛もぜんぜんないし。
「山にでも登ってくっか。」
山、というのは我が家から一番近くにある低〜い山のことである。
町内にたったひとつしかない山で、ふもとはスキー場になっていて、
美味しいジンギスカンも食べられる。
温泉もあるし、その近くには地場産品の市場もあって、木工のおじさんのコーナーには
私の書とのコラボ作品が並んでる。
地ビール直売もあるし、ふもとのフラワーガーデンの中には教会があって、
こジャレた洋風レストランが併設されており、結婚式も挙げられる。
春はバラ、秋はコスモスが一面に咲き誇る。
山の奥に行けば水芭蕉の群生地があって、滝もある。滝の近くには、お餅の専門店があったり・・・
低〜い山なんだけど、なんだかんだ田舎の数少ない憩いの場となっている。
5月5日はそのお山のお祭りである。
町民新聞で知ったのだが、山のお祭りなので、チャレンジ登山が催される。
先着200名様に記念品贈呈、だそうだ。
どうせ登るなら、記念品とやらをゲットできるように登ろう。
町内に住んでいる者として、「一度くらいは登ってみないと・・・」と、ずっと思っていたのだ。
「チャレンジ登山10時から」とあるが、これは登頂が10時なんだろうか?
それとも、ふもとを団体で出発するのが10時?
それとも、ふもと10時受付?
さっぱり分からないけど、10時に登頂目指して、家を出た。
受付に行くと「頂上でこれにハンコをもらって来て下さい」と用紙を渡された。
各自、出発していいらしい。
私はふもとの大鳥居から山頂目指して歩き始めた。只今の時刻9時15分・・・

大鳥居から次の鳥居まで、なだらかな坂になっている。
この坂がスキー場の下方、というわけだが、ここだけで十分キツかった。
早くも息があがってきちゃったんですけど。まだ登山前なんですけど、疲れたよ〜
でも、歩いているうちにコツを覚えた。根拠はないけど、前傾姿勢で歩くと少し楽に感じるのだ。
まだまだ先は長い、一歩一歩進むしかない。


第二の鳥居。ここまでの長い坂がツラかった・・・
まだ桜があちらこちらに花が残っている。

第二の鳥居に着くと、そこに「登山口入り口」の看板があった。
いよいよ、ここからが登山の始まりだ。
てか、もう十分疲れてるんですけど〜。ぜえぜえ・・・
ここから先は、うっそうとした暗〜い雑木林の中である。
落ち葉や枯れ草が厚く積もってる、細い坂道を登る。
坂道というよりあぜ道と言った方が合ってる。前後には誰もいない。
「ほんとにこの道でいいの?」
ちょっと不安になってきた。
すると、「登山入り口、スタート」の看板。
「ゲッ、まだ始まってなかったのかよ・・・階段?」
706段とある。こんななだらかな階段が706段か・・・楽勝じゃん♪

・・・なんて、とんでもなかった!
階段は高くなっていき、足を上げるのが大変になってきた。
こんなことなら太極拳の方がよっぽど楽だ。
私はできるだけ階段を使わず、脇の坂を登るようにした。
所々にはロープもあるが、すべりそうなので気をつけねばならないが、
登れそうなところはできるだけ坂を登ることにした。
階段は急勾配だし、一段一段踏ん張っているのでは疲労が大きい。
「リュックにしてよかった・・・」
これまで遠めに眺めているだけだったが、
「あんな低〜い山、楽勝じゃあ」と思ってた。私が悪うございました。
見た目と違ってかなりキツいコースだ。
40cmくらいの段差があったりもするので、何度か休みながら登って行った・・・
ふもとの特設ステージから威勢のいい、太鼓の音がダンダカ、ダンダカ・・・聞こえてくる。
登れー、やれ登れー・・・ダンダカ、ダンダカ・・・ジャンジャカ、ジャンジャカ・・・


カタクリの花ですよね?こごみも。山菜の季節到来。

中間頃にさしかかるまで前後に誰もいなかったが、前方に3人組みが見えてきた。
見たところ、登山ウェアを着ている。山に慣れた感じの雰囲気3人組みのようだ。
「抜けそうかな・・・」
抜こうと思ったけど、気が焦ってはイカン。
ペースを保って、地道に行くがよい。
・・・抜けそうで抜けなかった。
てか、もうすぐ山頂だ、というところで後ろから来た、おじいさんに抜かれてしまった!
おじさん、じゃないよ。おじいさんだよ・・・
でも、このおじいさん、早いのなんのって。
挨拶しながら話しかけたら、この山は初めてとのことだけど、登山には慣れてるみたい。
太鼓の演奏が終わって、今度は神楽や踊りの音楽が聞こえてきた・・・
田植え踊りかも・・・なんだかふもとは楽しそうだな・・・


前方に3人組みが見えてきた。追いつこうとして逆に抜かれた・・・

フィニッシュ間近。階段が終わって、なだらかな稜線に沿って歩く。
風の通り道になってるらしく、けっこう風が吹いている。そのヒンヤリした風の気持ちよいこと・・・
山頂にはお堂があった。
いや、お堂があったから、ここが山頂かと思ったのだが、実はそうじゃなかった。
後ろに看板があって、山頂まで170mとある。
ふ〜ん、ここじゃないんだ・・・


山頂まであとひと息。

もう、登りらしい登りはない。
山の峰に沿って頂上を目指すだけだ。
お堂から山頂の方を眺めると、向こうに山菜取りをしている女の人がいた。
ん?
いや待てよ?動かないな。
かかし?
服を着せてある、かかしかな?
どれ、行くとするか。
さっき見えてた女の人は、山菜取りでもないし、かかしでもなかった。
ぎょっ!
お地蔵さん?
違うなあ・・・
石造なんだけど、どうみてもお地蔵さんじゃない。
女の人なんだけど、大きく口を開けている。ちょっと怖い。
どういう人なの?
わからん・・・
もっと分からないのが、ハサミが大量に供えられていること。
どうして?
どうしてハサミ?
わからん・・・
山頂に行ったらハンコくれる人に聞いてみよう、っと。


山菜取りのおばちゃんじゃなかった・・・で?どなたさまで?

山頂に到着。
ふもとの第一の鳥居から所要時間45分。
登頂ハンコいただきました。初めてで45分はリッパだと言われました。
1時間くらいが平均のようです。
これも太極拳の恩恵かもしれません。
それに、この山登りで息は上がりましたけど、翌日も筋肉痛にもならなかったのです。


今年はいつまでも寒いせいか、山頂には雪がありました。
(前を登っていた3人)

係りの人の話しでは、反対側の北斜面に、なだらかな下りのコースがあるということですが、
今年は雪があるので、長靴がないと下りられない、ということでした。
登ってきたコースを下りるしかないようです。
この下りが、上り以上にキツかった。
登りは斜面を使ったりしたけど、下りは階段を使うしかありません。
時間的にはあっというまですが、膝にきますねー。
下りる途中、登ってくる人とたくさんすれ違いました。
その度にひとりひとりに「こんにちは〜」と声をかけ合います。
子供達は元気好く挨拶をして気持ちが好いです。
山でのマナーですね。
・・・スキーに行っても、山でのマナーって、いろいろありますよね。
むやみに滑り出さないで、必ず後ろを確認するとか、止まる時は端に寄るとか・・・山でのルール。

受付に戻ったら、記念品いただきました。
入浴剤一袋・・・
意外。。。期待はずれ。。。
記念品ていうからさあ、登山記念手ぬぐいかなんかだと思ったら、入浴剤て・・・
登山と関係ないじゃん。
この入浴剤入れて、風呂で疲れをとりなされ、ってこと?
午後から抽選会があって、登山した人から抽選で、
温泉券やと地場産品市場の商品券が当たるんですって。
でも、それまで待てませんからー。残念ー。


お祭りといえば、楽しみは出店♪
後ろの山が登ってきた山です。

出店でたこ焼きやお好み焼き、草餅♪をお土産に帰りました。
午前中のうちに家に着いて、たこ焼き食べながら、山頂でハンコもらった用紙をマジマジと見てたら、
折れてクシャクシャになってしまったけど登頂証明書でした。
「あなたは553.1メートルの・・・」
低っ!
低いのに、あのキツさは。。。
私にとって、人生二度目の登山です。
一度目は中学2年生のキャンプでした。標高は今回の山とは比べものになりません(高い)が、
登山道はなだらかで、階段ひとつなく、登山というよりハイキングコースでした。
休憩なしで楽々、お散歩コースといでもいうか・・・
それにひきかえ今回の山は、かなりの急勾配。
一度登ればもうたくさんです。
一度登ったからもういいです。
・・・午後から仕事しようっ、と思ったけど、疲れて寝ちゃいました。

後日。
不思議に思ってた、山菜取りのおばちゃんのことですが、山頂で聞くのを忘れてしまい、
別の地元の人に聞いてみました。
服を着ていたので分かりませんでしたが、彼女は「おっぱいの神様」なんだそうです。
だったらハサミはどうして?
女の神様だから、手先が器用になるように、お裁縫が上手になりますようにと
供えたんじゃないか、とのことでした。
ふうん・・・なるほど・・・

東京スカイツリーより100mも低い山でしたが、
私的には、スカイツリーを垂直によじ登ったくらい価値のある登頂です。
もう二度と登ることもないでしょう。
辛かった思い出に、クシャクシャになった登頂証明書を、額に入れて飾っちゃいました。



5月27日(月)

「山菜まつり」

春は山菜の季節。
山歩きが好きな叔父さんが生きてた頃は、春一番にふきのとうを持ってきてくれたものです。
丸々に太ったふきのとうを天ぷらにしながら、「春だなあ」と思ったものでした。
ふきのとうの苦さが大好きでした♪
ふきのとうに続いて、うるいみずしどけあいこ・・・を時期を変えて叔父さんは届けてくれた。
うるいは煮付けにしても美味しいし、酢味噌和えにしても美味しい。
しどけはおひたしの王様だ!
たらの芽ウドも持って来てくれたし、4月はこごみのおひたしは春の食卓に欠かせない一品だった。
こごみは胡麻和えよし、かつお節かけて醤油でシンプルによし。
そのあとになってワラビフキが出てくる。
3月から6月にかけては山菜ラッシュだ。
春先前半の山菜は苦いのが特徴で、後半にかけて暖かくなってくると、アクが強くなってくる。
私は苦味が強くて、香りの強い山菜が大好き♪
しどけのおひたしなどはもうたまらなく大好き♪
あいこの煮付けも美味しいよね♪
でも、叔父さんが亡くなってからというもの、天然の山菜を持ってきてくれる人が
いなくなってしまった。
木工のおじさんが時々持ってきてくれるけど、亡くなった叔父さんの量に遠く及ばない。
「山菜食べたいな〜」

そんな時、町の広報に山菜まつりの予定が載った。
「おおっ。」
私の住んでる町は、十分田舎なのだが、田舎の中でも山奥の地区があって。
こないだ登った山よりも、ずっとずっと奥地・・・過疎の地・・・
というのも、数年前に3町が合併したので、山奥まで我が町ということになったのです。
山奥のその地区は雪の量もハンパなく、その昔は家が埋もれるほどの雪で、
昼間でも電気をつけないと真っ暗だったそうです。
もたくさんいると聞いています。
ばあちゃんの葬式で会ったきりの母のいとこが、住んでいる地区なのですが、
数年前、母が元気だった頃、近くの温泉に一緒に行った時、その叔父さんと偶然お会いして
熊の肉と、ウサギの肉をご馳走になったことがあります。
そんな地区です・・・
山菜の宝庫であるに違いない山奥の地区です・・・


「山菜まつり」が開催されるのは廃校になった小学校の跡地。
私は一度も行ったことのない地区なのですが、山菜食べたさに行ってみることにしました。
車で走ること20キロ。対向車ゼロ。
山奥地区に入ったようです。「山菜まつり」のノボリも見えてきました。
分かりやすいです。曲がり角もノボリを目印に迷うことなく会場に到着。
開会前なのに山菜コーナーのテントの前にはすでにお客さんの列ができてました。

開会宣言する区長さん。
よく見たらこの区長さん、母のいとこだったんです。(爆)
親戚の熊肉のおじさんでした。。。
もちろん、私の顔など覚えてるわけもありませんが・・・

いよいよ「山菜まつり」が始まりました。
中でもしどけは一番人気で、ひとり2束までに制限。
売り出して早々、30分もしない内に完売してしまいました。
「(早く来てよかった・・・)」
私は、しどけ2束ゲット、あいこ2束ゲット、それに人気がなくて売れ残ってるたかどを買った。
人気うすのたかどには、おまけでたらの芽がついてきました。
どれもお値段的には決して安くはないけど、こういう機会でもなきゃ天然の山菜は手に入らない。
それに、来年の「山菜まつり」の予算も組み込まれてるんだと思います。
「さあさあ、買い物が済んだら抽選会に並んで〜!」
くじに当たったら、山菜の味噌漬けのような惣菜がいただけるみたい。私はハズレたけど・・・

たかど、って聞いたことなかったけど試しに買って、
あいこと一緒に煮付けてみたら柔らかくて美味しかったです。



あっちのテントでは山菜の試食ができるみたい。
行ってみよう。
珍しい料理が並んでる。
粕漬けにしてみたり、おひたしだったり・・・地元の人たちならではの豊富なバリエーション。
「(へ〜、いろんな食べ方があるのねぇ。)」
順番に爪楊枝でチョットづつつまんでいたら、天ぷらを食してる人たちが。

「(え?これも試食なのぉ?)」

爪楊枝をブスッ。

「これは違うからっ!(怒)」

うわっ。やっちまった!

はずかしいよう・・・
私ったら、人様がお金出して食べてる物に、横から爪楊枝刺すなんて!
もう、恥ずかしい、ったら。
向こうもビックリしただろうね・・・
私、謝ったかどうか覚えてません。
気が動転して、黙って立ち去ったかもしれません・・・
ブスッ、と刺した爪楊枝を引き上げたことは覚えてるんですけど。
それで、幸い天ぷらがついてこなかったことまでは覚えてるんです。
でも、その先は恥ずかしさのあまり記憶がありません・・・
てか、試食の延長で食べてるんだもん。
まぎらわしいよ・・・試食かと思っちゃったじゃんよ〜・・・(泣)
いや、刺した時点でよくないんですね・・・
天ぷらは有料だったんです。



もう、刺してしまったものは仕方ない。
私は気を取り直して蕎麦だんごを食べてみることにしました。
もちろん有料です。
有料があったんですね、って感じでした。
さすが山奥の地区らしく、黒々とした蕎麦そのもののだんごです。
見たところ味付けは3種類。
みそ、えごま、くるみ。のようです。
「味噌で」
とお願いしたら、それは味噌ではなく、別のなんとか、って言われた。
またしても、思い込みの失敗・・・
「これは味噌じゃなくて、、、そうねえ、味噌もいいかもね〜」
・・・て言われたけど、こっちは気が動転して、何味だか聞いたんだけど忘れてしまった。

味は・・・う〜ん、微妙。
蕎麦だんご自体はあまり、美味しいものではなかった。
けっこう大きい、五平餅のようなだんごが串に3個。
蕎麦だんごを食べながら、山菜のテントを眺めていたら、アナウンスが。
「さあ〜、山菜汁ができましたよ〜、
みなさん並んでくださ〜い!」
私は、だんごを食べながら列に並んだ。
熱々の山菜汁。
いろんな山菜が入っている。
味付けは味噌じゃない。なんだろ?色は醤油だけど、そんなに強くはない。
初めての山菜汁。そのお味は・・・

「おいひぃ〜♪♪♪」
すっげー、うまいっ!
人生で忘れられない味がひとつ増えました!
「これは美味いっ!たまらんぜ〜♪」

「さあ、さあ、山菜汁、まだまだあるからね〜、
どんどんお代わりしてよ〜」
美味しいけど、お代わりしたいけど、なんか恥ずかしい。
・・・だってこれまで恥ずかしいの連続なんだもん。



山菜汁を堪能してたら、今度は餅つきが始まった。
「今日はね〜、みなさんにゴゴッパ餅を食べてもらうからね〜。
ゴゴッパ食べたら、ヨモギなんか食べらんないよ〜」

へ〜、ゴゴッパって何?
初めて聞いた〜。

山奥は珍しい物がいっぱいあるね。
てか、この地域じゃ、ゴゴッパは珍しくもなんともないんだろうけど。
交代しながら、ゴゴッパ餅完成。
搗きたてのゴゴッパ餅は、きなこをまぶして振舞われた。
色はヨモギとおんなじ。味もヨモギ・・・?
どこがどう違うのか分からない。
そもそもゴゴッパが分からない。
家に帰って「今日、ゴゴッパ餅ご馳走になってきたよ」と父に話したら、
「ほ〜、ゴゴッパはヨモギより美味いんだよな」と言う。
ゴゴッパを知ってるらしい。
「え?そうなの?ゴゴッパ、ってなんなの?」
「ゴゴッパはゴゴッパだよ」
(それじゃ、分かんないし)
「この辺には生えてないの?」
「この辺じゃヨモギだけだな。ゴゴッパは山奥じゃないと」
(ふ〜ん、そうなんだ・・・ところでゴゴッパってなんだ?)
「ゴゴッパは、ゴボウの幼葉だ」
「ああ、なるほどね」
(ほんとか?)
なんとなく分かる。
ゴボウ・・・ゴゴウ・・・ゴゴウの葉・・・ゴゴッ葉・・・ゴゴッパ・・・みたいな?(笑)



それにしても、次から次へとお客さんを待たさず食べさせるおまつりだった。
恥ずかしいことたくさんしでかしたけど、
来年もまた「山菜まつり」に行って、山菜汁ご馳走になりたいものです。



テントの裏で、山菜を束ねるおばちゃんたち。
じゃんじゃん束ねないと、売れ行きに追いつかない。
大盛況の「山菜まつり」でした♪



2013.6

6月8日(土)

「シャクヤク祭り」

私の好きな花は大輪の花。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はカサブランカ。
芍薬が大好き。
我が家の芍薬も咲き始め、切花にして花瓶に生けると、部屋中芍薬の香りがします。
でも、花の季節はあっという間に終わってしまいます。
「冬天的楽趣(七)」に書いた、ほぼ一人暮らしの叔母の住むとなり町に、ちいさな山があります。
山とは名ばかりで、丘?・・・だって頂上まで車で行けちゃうのです。
そこでは毎年シャクヤク祭りが開催されます。
6月に入って、そろそろ咲き始めた、と聞いたので行ってみることにしました。
叔母の家に寄って、一緒に行くのもいいかな、と。
手土産に、ぼた餅でも作って持っていってあげようと思い、昼食代わりにぼた餅をこしらえました。
私はつぶあんのぼた餅が好きで、食べたくなるとこしらえます。
思えば、春彼岸はぼた餅(牡丹もち)、同様でも季節が変わって秋彼岸だとオハギ(お萩)じゃない?
今こそが牡丹、芍薬の節。打ってつけというもの。
以前も、叔母の家に持っていってあげたら「みんな好きだった」(←故人)と
すぐに仏壇に供えられ、喜んでくれた。だから今度も、おすそ分けに包んで出かけた。


一面のシャクヤク・・・

丘のシャクヤク園は満開だった。
つぼみがあるから、これからもしばらくは次々と咲くだろうが、花の命は短い。
それに、ここのシャクヤク園は一重の花ばかり。
シャクヤクといえば、八重ですよね。
八重のピンクなんて最高にキレイですよね♪
・・・って、花にうっとりしてる場合ではありませんでした。
だって、せわしい父が一緒なんです・・・(泣)
叔母は「上で待ってるから」って、花壇のほうに下りてこないし・・・
父は見始めて5分もしないうちに「さあ、帰るぞっ」「暑くなってきたから帰るぞっ」って、
忙しなくて、うるさくて。私はゆっくり花の香りを楽しむこともできませんでした・・・(悲)
2、3枚写真撮ったくらいにして、バタバタと帰るはめに。・・・てか、運転手は私なのに。


叔母の家のシャクヤク。
叔母の家の庭の‘シャクヤク祭り’のほうがキレイだった・・・
「これこれ!シャクヤクはこうでなくっちゃ!」

シャクヤクが終わると、ここの山では「あじさい祭り」がやってきます。
あじさい祭りこそは、静かに鑑賞したいものです・・・