2003年忘年特集〜秋

「キノコ」

こないだ、エリンギをソテーして食べた。
美味しくてつい食べ過ぎたようだ。それとも、よく炒めきらなかったか・・・
しばらくして腹痛に見舞われた。
私は普段から胃腸が弱いので、腹痛ぐらいでは別に驚かないが、
だんだん痛みはひどくなってきた。
「やばい・・・」
キノコに当たった・・・
釈迦じゃあるまいし・・・死なないよね?

私は釈迦(親しみを込めてゴーダマ君と呼ぶ)を尊敬している。
私とゴーダマ君は小さい頃からいっしょだった。
私は人間ゴーダマ君が好きだし、冷徹なまでの理性を尊敬もしている。
彼は何と言っても自分に厳しかった。
そして、孤独に立ち向かい、ついに悟った。
そして彼は自分が知り得たこの世の「真理」を人に教えようとはしなかった。
別に独り占めしようというのではない。
自分以外の人には理解できないと思ったのだ。
いかにも‘超傲慢人間’ゴーダマ君らしいところである(笑)

私は釈迦の「原始仏教」について大学(哲学科でした)でいくつかの講義を受けたが
確かに釈迦の理論は難しかった。
「意識の段階」を理解するのに大変骨が折れた・・・
それは、人間の深層心理を言葉で物理的に言い表しているからだろうと思う。
「諸行無常」「色即是空」
と言ってしまえば事は理解しやすいが、そこに至るまでの人間心理の過程を理論的に
説明するとなると、大変に時間がかかるし複雑なのだ。

そして、ゴーダマ君は「旅の途中」で死を迎えた。
こう言えばかっこいいが、実は「野垂れ死に」である。
それも、下痢が止まらなくての文字通りの「野垂れ」であった。
信者からの食事のキノコに当たったのだという。
腹具合のよくないところへ、食あたりに会ったようなものである。
「マジ、まいったぜ」と言ったかどうか・・・

とにかく、歩けなくなって北枕で西向きに横になった。
腹が痛くて死ぬ時に最後に言った言葉。
「諸々の事象は過ぎ去るものだ。自らを拠りどころとし、自らを法とし精進せよ」
さすがにゴーダマ君は最後まで完璧だった!
だって、自分の教えすらも「過ぎ去るものだ」ということを知っていたのだから・・・
「自らを」というのは各個々人を指している。
そして、釈迦の言ったことは現実となった。
現在伝えられているとされる仏教は、釈迦の「悟りの法」からかけ離れていると思うからだ。
原典すら釈迦が書いたものではないし、長い歴史と遠く離れた土地を経て
正確に伝わっているとは考えられない。

ま、こんな議論をここでしても無駄だ。
とにかく、釈迦は自分の教えすら「不変ではない」ことを知っていた。
人は誰しも死にゆく・・・
自分もまた今死にゆく・・・
この世は移ろいゆく・・・
我々は「己」の中に(中で)仏を見るしかないのだ。
少なくとも私はそう思っている。

ところが、この鉄人ゴーダマ君がつい漏らした言葉もある。
死を間近に感じた彼が
「生老病苦」
を超越する術を見つけようとして苦労して悟った彼が
「この世は美しい。人の命は甘美なものだ」
と語ったというのだ。
あれほど「この世は苦しみに満ちている」と言って「輪廻からの解脱」の道を探した彼が
生きることの素晴らしさ、老いてこそ得られる充実感、
病もまた自然の理、この世は苦しみの世界ではなく甘美である・・・
と感じていたのなら、彼が言ったからからこそ、この言葉は心に沁みてくる。

私は「死ぬことを意識して生きている」(2003年10月)と言ってきた。
私の頭の中には‘残された時間をいかに生きるか’ということが常に居座っている。
だから、「この世は美しい。人の命は甘美なものだ」と考える生き方は私にとってはむしろ難しい。
「苦難に満ちている」の方が生きやすいのである。
誰しも「苦」から出発しないと真の意味での「楽」に辿りつけないのではなかろうか。
釈迦でさえ、この「楽」の境地に辿りついたのは死の間際だったのだから・・・

限りある人生
自分の心に正直に、悔いのない生き方をしたい
人間関係もシンプルで、心穏やかな生活をしたい

・・・とまあ、
キノコで腹痛おこして、ゴーダマ君のあんなこんなを思いだした秋の夜でした・・・。



2004年こそはインドへ行くぞー!おー!!