2003.7

7月1日(火)

「蜘蛛」

私には生まれつき怖いものがある。
それは、蜘蛛だ。

春から夏にかけての季節は要注意だ。
どんなに小さくてもダメ。
怖い。

母が言うには、小さい頃から蜘蛛がダメだったのだという。
米粒のような蜘蛛が這っているのを見つけると、火がついたように
ギャー!と泣いたという。
「なにごと?」と思って視線の先を見ると、そこには小さな小さな蜘蛛がいたという。
赤ん坊なのに、こんな小さな蜘蛛がよく見えたものだ、と思うくらいだったと言う。

蜘蛛の巣にいるならまだ安全だ。しかし、床を這ってるような蜘蛛はもうアウトだ!
大人になって泣きこそしないが、蜘蛛を見たら怖くて固まってしまう。
そして、逃げる・・・

こないだも、網戸じゃない窓を開けていたら、
部屋の中に蜘蛛が入り込んでいて蜘蛛の巣を張っていた!
すっごく大きいの!
ギェー!
私はハエタタキを手に泣き泣き外に逃がした・・・半端じゃなく怖かった・・・

ゴキブリはへっちゃらなのに、蜘蛛だけはダメなのだ。
なにが、どうというのではない。
ダメなものはダメなのである。

物の本によると、こういう蜘蛛がダメな人は精神心理学上、幼い頃に障害があって、
潜在的に不安感が強い人なのだそうだ。
かあちゃん・・幼い私に、いったい何が起こったの?



7月5日(土)

「積極的アタック」

私は太極拳の李先生が好きだ。
好きだと言っても、別に恋愛事に発展するような大げさなことではない。
2年に一度会えるか会えないか、そんな人なのだから、七夕さまよりお話にならない・・・

教えを受けたいが為、教室の指導員の先生を通じて講習会に来てもらえるよう
「ゲリラ戦」を展開していたら、
「そんなに来て欲しいんだったらメールでも打ったらいいじゃないか?」
とw代表に言われた。
そんなのできるわけないじゃないか?
だって、アドレス教えてもらってないのに。
それに、教えてもいない人からメールきたら不気味じゃないか?

私がそう言うと、
「そんなこと言わないさ」

そりゃ、口に出して言わないさ。でも不気味に思うよ!

さらに、
「俺、名刺もらってるから、写真でも入れて送るくらいしないと!」
とまで。
そんなのできるわけないじゃないか?
だって、私は名刺もいただいていないのに。
それに、欲しくもない写真なんか送られてきたら嫌がらせじゃないか?

私だったら、そう思うけどな。
それに、あまたの講習生の中で私のことを覚えているとは思えない。
知らない人から写真なんか送られてきた日にゃあ、ストーカー行為だよっ!

同じ事を私は他の男の人にも言われた。
そうなの?
みんな、メールアドレス教えてもいない女性からメールきたり、
住所教えてない女性から写真送られてきたりしても、不審に思わないの?
それが普通なの?
女性は、メールアドレス無理やりにでも調べて、送ったりするの?
欲しいとも言われてないのに、写真送っちゃったりできるの?
それを積極的アタックって言うの?

うそお!
私から言わせればそれって、ただの「あつかましい女」なんですけど!

「おまえはそんなこともできないなんて、消極的すぎるんだよ!」
「人を押しのけてでも、いかないと!」

はあ、そうですか。

何と言われようと私にはできないよ・・・

ていうか、そういうことはしたくないよ!



7月10日(木)

「後輩」

私は学生の頃から先輩、後輩の仲にうるさくないほうだった。
どちらかといえば後輩に対してもフラットな関係を心がけてもいた。
先輩に対して敬語を使うのと同じように後輩にもそういう言葉遣いで接していたのだ。

このことは、同学年の友人からは「しめしがつかないから」ということで叱咤されもした。
特に、部活では部長をしていたため、よく指摘されたりした。
文化部だったから、そんな硬いこと言わなくたっていいじゃん、くらいに私は考えていたのだ。
でも友人たちには「tuziは後輩に甘いっ!」と言われていた。

そうだろうか?
私自身、後輩に「軽んじられた」という記憶はない。
そんなことで人を「甘く見る」ような奴はほっておけばいい。
こっちが下手に出ていることをいいことに、のさばってくる奴は所詮それだけの人間なのだ。
そんな奴に注意をする価値などない。
うっちゃっておけばいい、相手にしなければいいのだ。

昨年、私たちの学年に女子高同窓会の係りがまわってきた。
上は80歳代の大先輩がたを相手に、私たちが同窓会全体を仕切らねばならない。
私はなぜか司会進行係になってしまった・・・
大役もなんとか済んで、次回の係りである後輩に引渡しも済ませた。

そして今年のある日、後輩から出席を要請する電話がきた・・・
後輩といっても、学生の頃関係があったわけじゃないから名前も知らない人だ。
その物言いが「上から物申す」的だったことで、私は出席をやんわり断ってしまった。
どう考えても、礼儀に欠けていた・・・
なにも後輩だから「上から物申す」が気に入らないのではない。
親しくもない、付き合いもない人に電話してきて、
向こうが頼み事をする話し振りにはどうも思えなかった。
腑に落ちなかったのだ。
この際、年齢は関係ない。

悪気があったわけじゃないだろう。
誰にでも普段からそういう口のききかたを彼女はしているんだろう。

だがな、私には

口のききかたに気をつけろ!

このことを「・・・というわけで、私は出席しないことにしたから」
いっしょに係りをした友人に話したところ、その友人が後輩に警告してしまったのだ。
滅多につきあいを断らないtuziが参加しないくらいだから、よほどのことと友人は判断したのだった。
今度はその友人が電話してきて「tuzi!後輩を謝りに行かせるから!」だって・・・
思えば、その友人は体育会系だった。
それに私のように電話を受けて不愉快に感じた大先輩が他にもいたというのだ。
友人は言った。
「tuzi!あなたの見解は正解だったのよ!」

でも・・・
謝りになんか来て欲しくないよ!

頼むからやめてくれよう!

私は何も怒っていないし。

謝ってもらいたいとも思っていない。

ただ・・・

そんな礼儀知らずとは、関わりたくないのだ。



7月15日(火)

tuziの怒りと甘え」

皆さんは怒った時どうなりますか?
怒りの度合いによって段階はあると思いますが・・・

私の場合、基本的に怒りを本人にぶつけることはない。
顔にも現わさないようにしてますし。
カチン!ときたときに反応が鈍くて言い返せないというのが正直なところですが。
情けない。
その晩眠れなくなって翌日になってようやく怒りがフツフツと湧き上がってくる。
でも、時は既に遅し!
何年も怨念のように私の胸に置かれたままとなる・・・
でもこのように怒りが怒りであるうちはまだ軽症のほうだ。
時間が消してくれる時もあるから・・・

「目は口ほどにものを言う」

私が「怒り」を言葉で口にしているうちは、本気で怒ったぶんではない。
その時は目が笑っているはずだから・・・
「怒り」をとおり越して「哀れみ」に変わっているかもしれないし、
あまりのバカバカしさに怒りさえ湧かない「呆れた」人はよくいるし。
こんな奴等は問題ではない。
私にとって害にもならない可哀相な人たちだ。
こういう人たちを前にしても、私は何も変化しない。
放っておけばいいだけの話だ。

言葉を失った時が「本当の怒り」の時だ。

本気で怒った時の私は目がつりあがり、口元はなぜか微笑んでいるはず・・・
そして全身が怒りで小刻みに震えている・・・
「怒り」を悟られないように懸命に堪えはするものの、
もしかしたら動揺を隠し切れないでいるかもしれない・・・

こんなことは人生の中でそうそうあるものではない。

一度でもこのように私を本気で怒らせたら終わりだ。
その時はカチン!と来た瞬間に私の心のシャッターはガラガラと音を立てて閉められ、
二度と開くことはない!
その際、相手は私を怒らせていると気がついていないだろう。
それでも、私の逆鱗に触れたら最後、二度と心が開かれることはない。
袈裟懸けにバッサリ!
その直後、笑顔で話してても私の目は笑っていないかも・・・

だから
私が面と向って相手に何か要求したり、言葉で訴えているうちは、
それは「怒り」の表れではなくて、その人に
スネて甘えているのだ。



7月20日(日)

「印象」

私はよくこう言われる。
「おとなしい人だと思った・・・」

ちょっと待ってくれ。
てことは私は「おとなしくない」とでも?

勝手に決めつけて違ってたからってそんなこと本人に言うか?
まあいいけどさ。
私が「おとなしそう」に見えるわけを聞いてみると、ということだった。
ボーッとした顔だからだというのだ。
ひとりで海外に行くような人には見えないと言うのだ。

おい!ちょっと待ってくれ。
顔で物事考えてるわけじゃないぞ!
顔に脳みそがつまってるわけじゃないぞ!

私は元々無口である。思ったことの半分も話さない。
行動は黙って起こすものだし。
だから、おとなしいだろうが!
「おとなしいと思ったのにねえ・・・」じゃないだろうが!


かと思うと、「黙ってると怒ってるようだ」と言う人もいます。
私ほど怒らん人も珍しいぞ!
「仏のtuzi」の異名がついてもおかしくないと思ってるくらいだ・・・

それまでの「おとなしいはずの人」というイメージが崩されたと訴えてきても、
だいたいは聞き流しているのですが、
ひどい人になると自分のイメージが壊されたことに逆切れして攻撃してくる人がいて・・・
知らないよ!勝手にイメージ作られても!

こないだは友人が電話をかけてきて
「はい、もしもし」と言っただけで「寝てた?」って言われた。(午前10時頃)
なんでやねん!
こちとら必死こいて仕事してるっちゅうねん!!

顔だけじゃなく声までボーッとしてるようだ・・・

はいはい。
確かに私はこれまでの人生をボーッと生きてきました。
顔や声ばかりでなく人間もボーッとしてます・・・
自分でも、よくここまでのんびりした人間がいたもんだ、と思っているくらいです。
それに加えて‘単純バカ’ときてはもう手の施しようがありません。
いったい何を考えてんだか・・・自分で自分がわかりません。いや、ほんとに。

こんな私ですが周りの人たちはそれぞれに私のことを憶測しているのですね。
他人が私をとらえた印象なんて千差万別で、
私がどんな厳しいことを言ってもスポンジのように吸収してしまう懐の深い人にとっては
私はあくまで「おとなしい人」のままなのだろうし・・・

つまりは受け手側の度量によるってことです。

・・・てことは
人の数だけ私がいるということで・・・
tuziの百面観音、千手観音状態。

でも、私はこの世にひとりしかいない。そうだ!私はここにしかいない!
私は私でしかあり得ない。

自分でも自分のことがよくわからない私にとって
人様が私をどうとらえようと「仏のtuziの与り知らぬ」ってことで・・・



7月25日(金)

「安い理由」

人に不快感を与えないように、どんなに失礼な人にも礼儀を持って接してきたつもりだ。
意見が違っても、同調しないが黙って聞いて、人の意見に反対しない。
むしろ、人を立てて自分は負けていたほうが楽だと思うようになった。
誰にでも頭を下げていたほうが、気楽でいられる。

人と争うのは趣味じゃない。
何事も丸く収めて生きたい。

大抵のことにはこんな調子の私だが、言葉遣いに無神経な人には「ハッ!」とすることがある。
相手は歯に衣着せず、ズカズカと土足で私の中に踏み込んでくる。
私にはなんでも言いたい放題のようだ・・・

こんなことを言われた。
私の仕事は一応専門職(誰でも訓練次第でなれる)なのだが、
久しぶりにばったり会った知人(昔から考えが合わなかった女の同級生)と
「今どうしてるの?」なんて話になり
仕事の事を簡単に(説明してもどうせ理解されないと思ったが)話したら
いきなり「なんで、そういう仕事ができるの?」と言われた。

どういう意味なんだ!?
さも不思議だといった様子で、小ばかにした言い方だった。
(いや、別に特別の仕事ではないのだが)

それにしても、どうしてそういうことが

平気で人に言えるんだ?
こいつ!!と思った。

「一事が万事」ではないか!
誰にでもこう無礼なことを言っているのだろうか?
人にものを尋ねるときの言葉遣いではないだろうよ!

ナメとんのか!われ!!
と胸倉掴んで言い返したいのをグッと堪えて・・
「この仕事して長いから」と笑顔で答えた。
こんな奴に怒ってもしょうがない。怒り損だ。
こいつは昔からこんな奴だったしな・・・変わってないよ。

後日、その人を知る共通の友人にこのことを話したら
「それだけあなたに親しみがあるのよ」
「あなたにはなんでも言いやすいのよ」
「深く考えずに聞いてみただけのことよ」
とのこと・・・

そんな安い理由で言われたこっちはたまったもんじゃない!




2003.8

8月1日(金)

「不思議に思うこと」

私には、以前から不思議に思っていることがある。

人気サッカー選手のベッカム

どこがいいの?

わからん。

さっぱりわからん・・・

もしかして、ベッカムファンって以前のディカプリオファンだったんじゃないの?

人気急上昇のダンディー・坂野

ぜーんぜん面白くない!
「Get’s!」のなにが可笑しいのか、なぜウケるのかさっぱりわからん。

ついでに「なんでかなあ?なんでかなあ?」のふたり組みも面白くない。
当たり前すぎて面白くもなんともない。

ああいったお笑いがブレークしてることの方が
なんでかなあ〜♪
なんでかなあ〜♪

※後日、「なんでかなあ?」ではなく「なんでだろう?」の間違いだったということに気づいた・・・



8月5日(火)

「カネちゃん」

私は以前、横浜桜木町に滞在していたことがあった。
桜木町から東横線で大学に通っていたのだ。
私が滞在したのは、ホテルだったが、泊まるだけで食事はなし。
お風呂もトイレも共同だった。

ホテルのご主人は、アイヌ系の濃い顔立ちの人だった。
そして仲居さんがいた。
名前はカネちゃん。
ご主人がそう呼んでいたのを聞いたのだ。
カネちゃんは一人で、部屋を掃除して、ポットにお湯を入れる。
お風呂の掃除も、廊下の掃除も一人でしている。
住み込みの仲居さんだ。
カネちゃんが出かけたのを私は見た事がない。
身寄りも無く「天涯孤独」という風に私には見えた。
一生このホテルで働き終える・・・
そんな風に見えた。

私は、宿泊というより、滞在だったから、掃除もお湯も別にどうでもよかったのだが、
宿泊のお客さんから、苦情があったりしたときは、ご主人にひどく叱られていた。
カネちゃんは60歳くらいの小柄で痩せた女性だった。
少し、腰も傾いてきていた。
カネちゃんのこれまでの人生はどんなだったのだろうと私はつい考えていた。
女だって一人なら働かなければ生きてゆけない。
それは死ぬまでつづくことだ。

キャリアウーマンと呼ばれている人の中には
「結婚をしなくてもお金さえあれば生きてゆける」などとふざけた考えの女がいる。
ああ、そうさ。
確かにお金さえあれば生きてゆけるだろうよ。
だが、そのお金は自分が動かなければ手に入らないのではないのか?
死ぬまで働いていられるとでも思ってるんだろうか?
お金が降ってくるわけじゃないんだ。湧いてくるわけでもない。
「若いうちに貯めておく」だって?
せいぜい貯めたらいいさ。体が動かなくなって、若い頃貯めたお金を使って生活したらいいさ。
それで何年食べられるっていうんだ?
キャリアウーマンだなどと持ち上げられていい気になってるんじゃないか?
いつまでも若くはないのだよ。
「老後は年金で暮らせる」だって?
ああそうかい。
体が動くうちはそうやって気ままに一人暮らしを、せいぜいエンジョイすればいいさ。
だが、誰しも死をむかえるのだ。最後は誰かの世話になる羽目になるんじゃないのか?
それに、人生お金がすべてではないだろうよ。
大事なことを忘れてはいないか?
年老いての孤独は厳しいぞ・・・シャレにならんだろ・・・
そのような女性は、そんなことは百も承知のうえで人生設計されているのでしょうから、
私がこのようなことを言える立場にないことは分かっているし、無論言うつもりもない。
人それぞれの人生である。人それぞれ幸福の価値観も違う。
一人でも本人が幸せであれば、それはそれでいいと私は思っている。
他人がとやかく言う筋合いのものではない。

でも、私は独身女の行く末は経済的にも精神的にも惨めだと思っている・・・

私はカネちゃんを他人事ではなく見ていた。
結婚はしたのだろうか?
子供はいるのだろうか?
この先どんな死をむかえるのだろうか?

私はカネちゃんと特別親しくはなかったが、
夕方帰るといつも暗ーい階段の下でひとり小さなテレビを見ていた。
「ただいまー」と声をかけると、
「すぐ、お湯持って行くからねー」と答える。

そして、決まってこう言うのだ。
「ムシムシするねえ!」

カネちゃんは年がら年中お湯を運んでいたから、ムシムシしていたのだろう。
廊下でバッタリなんて時も、カネちゃんはあいさつ代わりに、こう言った。
「ムシムシするねえ!」

今思えば、ブラウスの一枚でもハンカチの一枚でもプレゼントすればよかった・・・と、悔やんでいる私だ。

夏になるとカネちゃんのことを思いだしてしまう。
カネちゃんが元気でいることを私は心から願っている。



8月10日(日)

「花火」

私は四季の中で夏が一番好きだ。
暑いのも好きだし、夏のスイカ、花火も大好きだ。
以前、偶然横浜で花火を見物したことがあった。

夕方電車に乗ったら、その日はやけに浴衣姿の若い女の人が多かった。
私はその頃、東横線の桜木町に滞在していて、終点の桜木町で降りたら、
その浴衣姿の人たちはいっせいに同じ方向に歩き出した。
「なにかあるのだろうか?」
どうせ、暇だ。
私もその人たちの後について行ってみた・・・花火大会だったのだ!

その花火を私はアベックに囲まれ、酔ったオヤジに挟まれひとり見物した。

景気のよい花火だった!

花火はこうでなくては!

2時間ほど夜空には花火が上がりっぱなしだった。
夜空には5つ6つの花火が途切れることなく上がりっぱなしだった。

これぞ音と光の饗宴だ!

胸がすく!とはこのことだ!

息もつかせないほどで「これでもかっ!」というほどの迫力ある花火だった。

全国には名のある花火大会がある。
秋田大曲、新潟長岡、茨城水戸、東京隅田川・・・
一度は見てみたいものだが、まだどれも見たことが無い。
今のところ最高の花火は偶然見た横浜だ。



かたや私の田舎の花火はショボイ。
だって、パーンと一発。
そして5分くらい間があいて、パーンとひとつ。
終わったのかな?と思った頃にパーン、パーンと上がる・・・退屈そのもの。
見ててイライラしてしまう・・・

チャッチャとまとめて上げんかい!(怒)

とツッコミたくなってしまう。
そんな、ショボイ花火でも夜空に大きく咲いた大輪の花を見ると夏だ!と感じるものだ。
私は庭先でひとり線香花火をしたりもする。
はたから見たら「なんて寂しい女なんだ」と思われるかもしれないが、
パチパチ鳴ってポタッと落ちるさまはふたつと同じさまは無く見てて飽きない。

今年7月、近くのお祭りで花火が上がっていた。
その日は雨が降っていたので、音だけ茶の間に聞こえていたが、
出て見る気もなくしばらく音だけ聞いていた。
父が傘をさして見に出かけた。
私も後を追って車を出した。
ワイパー全開で!
堤防の土手に着いた頃、仕掛けをしている最中なのか花火は上がっていなかった。

しばらく待った。

上がらない・・・

終わっちゃったの?

それとも仕掛けてるの?

どっちなの?

父と私はしばらく雨の中、花火が上がるのをじっと待っていた。

いつまで待っても花火は上がらない・・・

結局、花火は終わっていたらしい・・・

総時間にして15分も上げていなかったことになる・・・

ショボすぎる・・・



8月15日(金)

「お祭り」

毎年春に我町で伝統の祭りがある。
出店が町内にびっしり出回る。
わたあめ、たこ焼き、焼きソバ、お好み焼き、大判焼き、フラッペ、クレープ・・・
忘れてならない、りんご飴・・・私が小さい頃はクレープなんてこじゃれたものなんかなかった。
何といっても人気商品はりんご飴
そして、そのブームと重なるようにイチゴ飴も登場した!

今思えば「なんであんなに欲しがったのだろう?」と不思議に思うのだが、
私が子供の頃は出店の前に群がって買ったものだった。
けっして美味しくはないのだが・・・
りんごに割り箸をブスッと刺してまっかっかな飴をかけただけなのに、大人気だった。

こんな屋台にも流行り廃りがあるようだ。
いまでは、りんご飴を競って買う子供や若者は見られない・・・

お面や、おもちゃ、水ヨーヨー(指にゴムをはめてバチバチ鳴らして遊ぶ)
私はこの水ヨーヨーが好きで、お祭りにならないと手に入らない品物なので
しぼんでしまうまでの数日間、バチバチ鳴らして遊んだものだった。

他にも手造り竹篭や、民芸品・・・
その中でも私の好きな出店は、植木市だった。苗木がたくさん売られている。
連れて行ってくれた親が必ず立ち寄ったせいもあっただろうが、
さくらんぼや、ざくろの苗木を見ては、
「こんなの家にあったら、さくらんぼ食べ放題なのに・・・」なんてことを本気で考えたものだった。

そして、私の足を止めたもの・・・それは、金魚、ひよこ、カメ、うさぎの出店だった。
親は私の手を引いて、足早に過ぎ去ろうとするが、私の目は足とは逆方向にすいついたまま・・・
ひよこ、うさぎは親に却下されていた。
かろうじてミドリカメを買ってもらっても、愛情がわく前にすぐ死んじゃうし、
金魚も同じことの繰り返しだった・・・

大人になって、お祭りにも行かない数年が過ぎた・・・
そして、今年久々に祭りに出かけた。
彼氏と!
じゃなくて、父と・・・

大人になっても、懐かしさからか目がいくのは植木と動物・・・
昔はよく見かけたひよこの姿はなかった。

みんな親に反対されて売れゆきが悪いので、置かなくなってしまったのだろうか。
また、祭りの風物がひとつ消えた感じだった・・・かわりに登場していたのがアヒルだった。
子アヒルがガアガア引き取り手を待ってないていた・・・

さて、私は性懲りもなく金魚を狙っていた!
実は昨年も金魚を買ったのだった。
2匹だけ買ってきて、とりあえずマリモの小さな鉢に同居させて入れておいた。



翌朝

水槽は白く濁り、酸素装置のない鉢の中で金魚は窒息して2匹とも死んでいた・・・

母は言った。
「酸素がなきゃ、金魚は死ぬわよ」

それを早く言わんかい!

それに、私が入れた鉢は小さすぎたし、水道水だったのだ!
死因は塩素中毒だったかもしれない・・・

そして、今年。
昨年の轍は踏むまい!
私は1匹100円のワキンを2匹買った。
白に赤がぽつりぽつり、と赤が背に走ってるのと。

「ポンプも下さい」

金魚鉢は既に用意してあった。

「これで完璧!」

家に帰ってさっそく金魚鉢にうつす。
かわいい金魚は2匹で余裕の鉢の中で泳いでいた・・・

酸素も完璧。
「でも・・・この鉢いっぱいのぶくぶく(酸素)だな・・・」

そして、翌朝・・・

(つづく)



8月20日(水)

「金魚騒動」

(前回のつづき)

金魚飼育の起源は中国の宮廷だ。
日本に伝わって江戸時代は庶民のペット。
そして現代に至る・・・
中国で飼育が盛んになったのは宋代だという。
その頃日本は聖徳太子の時代だ。
日本に入ってきたのは足利時代末期のこと。大阪堺の港だったという。

金魚はフナだ。
中国の宮廷で好まれた、ランチュウという種類はぶさいくで、犬でいえばブルドックのようだ。
背びれがない、フナの突然変異。

ランチュウ

でも、私は金魚の飼育は初めてなので、こんな高級魚を飼育するなんてできない。
まずは初心者用に和金から始めようと思う。

ワキン

見た目にはひらひらしたフレアの尾を持つ金魚が観賞用としては好まれるが、
私のような初心者はそんなことは言っていられない。
とにかく生きててもらわねば!

さて、昨日の金魚2匹は・・・

「んっ?」

金魚鉢が不透明だ。濁りすぎてる。だが、とりあえず生きていた。

「?」

1匹いない!

「?」

死んでいたのを父か母が見つけて処分したのだろうか・・・?

「ねえ、金魚死んだの?」

母「知らないわよ」

「1匹いないんだけど・・・行方不明」

父「飛び跳ねたんじゃないのか?落ちてないのか?」

「・・・いない」

父と捜索したところ、家具の裏に落ちて死んでいた。赤が背に走ってる方だった・・・

「自殺かよ・・・」

父はいまごろになって「蓋しなきゃ跳ぶさ」とぬかした。

それを早く言わんかい!



1匹だけ残ったが、金魚鉢は一晩でこれでは濁りすぎだと思われた。それに、酸素が多すぎるよ・・・
私は、酸素が出るボンボリを小さいものにしようと近くの釣り用品店に急いだ。
「鉢が小さくてこれじゃ大きいようなんです。もっと小さいのはありますか?」
お店の奥さんは「これ以上小さいのはうちには置いてないわね。
××に行けばあるかもしれないわね」
と親切に教えてくれた。

昨日のお祭りで金魚を買った話しをして、水が濁りすぎることなどを相談したところ
酸素を出しながらろ過する装置があるのだそうだ。

「へえ・・・いろいろあるのね・・・」

初心者の私にはどんなことでも勉強だった。
1匹だけ金魚を買って帰ってきた・・・
金魚鉢を眺め、「これじゃ、小さすぎてどんな装置も入れられやしないや・・・」と、
ため息の私だった・・・

私の小さな金魚鉢は金魚2匹と、酸素のボンボリでいっぱいいっぱいだった。
まだ、敷き砂もない。蓋もないのでザルをかぶせておいた。

「なんだか、濁りすぎだよなあ・・・」

やっぱり、ろ過装置つきの酸素ポンプ買ってこようっと!
釣り用品店の奥さんに教えてもらった店に行く。
昨日のお祭りで金魚用品の売り場は繁盛していた。
孫が金魚を買ってきたとかで、おばあちゃんが金魚用品を買いあさっていた。

水槽にろ過装置、カルキ抜き、えさまでついてセットで1280円!

「おー!これさえあれば!」

私はさっそく手に持った。
でも、待てよ・・・
家には昨日買ったばかりのポンプがあるじゃないか。
水槽だって2匹しかいないんだから、こんなに大きいのはいらない・・・

私は水槽セットを持ったまま、ばら売りのろ過装置を見ていた。

「あるじゃん」

小さな金魚鉢用のろ過装置を見つけた。これだけなら420円ですむ。
私は1280円を置いて、ろ過装置だけを買って帰った。



金魚鉢に入れてみる・・・

「あちゃー・・・」

金魚ちゃんの泳ぐスペースが・・・ないよ・・・小ぶりのろ過装置と思ったのに・・・
金魚鉢が小さすぎるのだ・・・父は私のケチりぶりを聞いて
「水槽が大きければ、もっと金魚が飼えるじゃないか。バカだなあ・・・」と、ぼやいた。

それを早く言わんかい!

私は今日3回目の車を飛ばした。
水槽セットと金魚(全身赤のワキン)5匹を追加した。
昨日のろ過装置420円は無駄使いだった・・・

まだ敷き砂はないが、さっそく水槽に放す。
ろ過装置セット!

一気に7匹になった。

「ふー、これでよし!と・・」

その晩、父が「一日中、酸素供給しなくてもいいんじゃないか?
寝る時は止めてもかまわないんじゃないか、朝起きたらつければいいさ」と言う。
私は安全を見て酸素を入れて寝た。これなら水もクリーンなはず・・・



翌朝

「んっ?」

金魚鉢が不透明だ。濁りすぎてる。でも金魚たちは、みんな生きていた。

「どうして?」

ろ過装置が役に立ってないじゃないか!
「おかしいなあ・・・?」

どう考えても濁りすぎだよ!
父も「なんだ、ろ過されてないじゃないか」と言う始末。

昨日そういえば‘浄化作用がある敷石’が売られていたっけ。

「あれだ!」

あれを敷けばこの濁りもスッキリ解消!私はさっそく車を走らせる。昨日から何度往復したことか・・・
まだ開店の時間には早いので、図書館に寄って「金魚」の飼育本を借りることにした。



浄化作用敷石と、金魚本を手にし帰った。
・・・水はカルキ抜きをし、陽にあてて温めてから使用した方が良い・・・
ふむ、ふむ・・

・・・水温の変化は金魚の病気を招くから注意すること・・・
あらあら・・・

・・・金魚も風邪をひく・・・
へー、そうなんだ・・・

・・・体に白い斑点が出てきたら、それは伝染性の強い‘白点病’・・・
にゃにー!?

私は水槽の中の金魚たちを、じっと注意深く見た。
あっ!

2番目に小さい金魚ちゃんの尾に白い斑点発見!
昨日何度も水を変えたからかなあ?それも冷たいまま・・・
まずい・・・みんなに伝染したら全滅してしまう。
私は使わなくなった金魚鉢に、その白点病の疑いがある金魚ちゃんを隔離することにした。
これで、拡大は防止できるはずだった・・・ベトナムのSARSのように・・・

「SARSの疑いあり」金魚ちゃんを隔離して一晩が過ぎた。
水槽は相変わらず濁っている・・・
なんだよ!この敷石浄化作用なんかないじゃないか!
でも、6匹は元気にエサも食べるし、無事だった。
隔離病棟の1匹も病気とは思えないほど、元気だった。
本には「・・・衰弱して・・・」と書いてあったが、そんなことはなく元気そのものだ。
私の見立てが誤っているのか?でも白いつぶつぶは確かに尾にある。

水槽の濁りはどうにかならないものか、とぼんやり水槽の中を泳ぐ金魚ちゃんたちを眺めていたら

あっ!

白いつぶつぶ発見!今度は2番目に大きい金魚だった。
注意深く観察する・・・
やっぱり、数は少ないが、つぶつぶがある。

そんなー
我が家のSARSの疑い患者2匹に拡大。
でも、この2匹、治療のため昼は日光浴させてるんですけど、えらく元気がいいんですよ。
これって、ほんとに病気でしょうか?

翌朝、日光浴が効いたのか、白いつぶつぶはかなり減少した。
隔離病棟から2匹を水槽のみんなのもとに返した。

あしたは7匹全部日光浴させようっと!
調子こいた私は、水槽を日のあたる場所に置いて、その場を離れた。



昼過ぎ・・・

水槽には3匹の死骸が沈んでいた・・・
ギエー!

水槽に指を入れてみたら、お湯になっていた。
ガーン!

お祭りで買った、かたわれの‘白に赤がぽつりぽつり’も死んでしまった(悲)
3匹がお陀仏になって、水槽には赤一色の金魚だけが4匹残った。
その4匹だって、瀕死状態だった・・・
あわてて温度を下げて、なんとか復活した。
生き残った4匹のうち2匹はSARSで隔離した2匹だなんて皮肉だ・・・

後日、金魚を日光浴させたという話が叔母の耳に入り思いっきり呆れられた・・・
金魚を日光浴するって話し、もしかしてデマだったの?

(つづく)



8月25日(月)

「金魚の病気」

(前回のつづき)

金魚を飼い始めて1ヶ月ほどたった。
4匹の金魚たちは水にも慣れて、食欲も旺盛で順調に育っていた。
暖かい日を選んで、そろそろ水槽の水を替えようと思っていた。
半分だけ替えたほうが、水槽内のバクテリアをなくさないから本当はその方が好いのだろうが、
全部替えてしまった。
きれいになった水槽の中で金魚たちは元気に泳いでいた。

3日後

一番小さい金魚の泳ぎがおかしい。元気がいいのか・・・?
狂ったように、ぴゅっぴゅっ!と泳いでいる。時には水面に跳ねたりもしている。

「最近流行のくるくる病か?」
(白装束の団体は、とある町で「くるくる教」と呼ばれていた)
でも、特に体調に変化は見られないのでそのまま放っておいた。

翌日

一番大きい金魚の体が白くなっている。斑点ではない。
全体的に白いから、人間で言えば「血の気が引いた」状態。
明らかにおかしい・・・元気もない。エサも食べない。

えー、死んじゃうの?悲しい思いをするのはたくさんだ・・・
しばらく様子をみよう・・・

翌日

「くるくる病」の一番小さい金魚が水槽の隅っこで逆立ちしている。
何か食べようとしているのだろうか・・・?
そうじゃなかった!
体に傷がついて筋肉があらわになっている。

あちゃー・・・
これはひどい!

なにか病気に違いない。硬いものにぶつかりたがり、狂ったように泳ぎ、エサを食べない。
魚は何も言わない。
それでも、見ていて痛ましいほどだった。
母はもう、助からないだろう。全滅する前に処分したほうがいい、といい始めた。
いやだ!

まだ、エラだけの呼吸とはいえ死んではいない!
私の目から見ても死んでいるも同然だったが、まだ死んではいない!
私は諦めないぞ!
まだ何もしていないうちから、諦めないぞ!全力を尽くさねば!
私は死にかけている金魚を救おうと図書館に向った。何の病気かを調べるためだ。
数冊の本を読んでハッキリと確信を得た病名は・・・

水カビ病

原因は、水を替えたことによって弱っていた金魚に菌がついた。
金魚が体力的に弱った原因はエサの与えすぎ!消化不良から腸が弱っていた!
体に走る刺激のため狂ったように泳ぐ・・・細菌の感染症から外傷が生じた・・・

私の責任だ

特効薬はナトリウム!(マラカイトグリーン薬が市販されている)
その薬を水槽に入れると水がブルーになる。
その中で「薬浴」させるのだ。

薬投入30分後・・・

体に血が滲んでいるようになって仰向けになって、息も絶え絶え、片目はつぶれ、
口は閉じられエラだけがかすかに動いていただけの金魚が見事に復活!
すごーい!
薬ってすごーい!

横になったまま動かなかった小さい金魚も立ち直っている。
すごーい!!

でも、まだ狂ったように泳いでいる・・・外傷も癒えてはいない・・・
とりあえずこのまま5日ほど「薬浴」させて様子をみよう・・・

5日後・・・

完全復活ではないが4匹は回復に向っている。
金魚には他にもたくさんの病気がある。結局この後2匹を亡くし、
傷の癒えない2匹がなんとか生きのびている。
7匹いた金魚が2匹になってしまった・・・



まだ外傷も癒えていないある日。
今度は一番重症だった小さい金魚の尾ひれがボロボロになっているのに気がついた。
今度は「尾腐れ病」か?と思った私は、水槽に薬を追加することにした。

薬を水槽に入れてしばらく観察していると、
体の大きい金魚が小さい金魚の尾っぽに噛みついているではないか!
「あー!こいつ!」
これじゃ、ボロボロになるわけだ・・・私は迷わず、小さい金魚を救うべく隔離した。

母に「どうぢて、あんなことするんだろう?」と、このことを話したら
「嫌いだからよ」と即答した。

そうか・・・って、そうなの?
金魚にだって感情はあるさね・・・ってそうなの?
そうなのかもね。
朝、エサをあげようと「おはよう」と言うと、
私のほうに寄ってくる賢い金魚たちだ。感情だってあるのよね。

金魚を育てるのって難しい。
金魚飼育奮戦は今後もつづく・・・

(おわり)




2003.9

9月1日(月)

「鷽鳥(うそどり)」

7月13日、神社に行った折おみくじをひいた。
そのおみくじは、おまけつきおみくじで、
縁起物12種類(熊手、大黒、恵比寿、招き猫、小槌、無事かえる、
銭亀、だるま、軍配、六瓢箪、お多福、鷽鳥)のうちひとつがついている。
授かったおまけを財布等の中入れて持ってると縁起がよいという。

おみくじを開いた。
「・・・??・・・鷽鳥・・・ってなに?」
全部で12種類あるが、最後の鷽鳥だけはどのような由来なのか分からない・・・
「うそどり・・・?」
初めて聞く名前だった。
「なになに・・・」
説明書を読んでみる。

一年中のよくないことを嘘にして吉と取り替える「うそ替え」神事。
この「うそ替え」に用いられる木うそは鷽鳥が木に止まっている形を表したもので
幸運の守り神として信仰があり、広く親しまれています。

「あら、いいじゃない!・・・」
でも、5ミリくらいの小さな四角の鷽鳥お守りをつまんで
「かわいくない・・・」と、つぶやく私。
しっかり財布に入れた!

これで今年の不吉はぜーんぶ嘘となる!へへっ。



9月5日(金)

「握手会」

私は大江千里ファンです。
彼のデビュー当時からのファンで、20年間大江千里をリアルタイムで聴いてきた。
20年間ファンでいられた自分にも、ファンでいさせてくれた千里君にも感謝!である。
曲を聴くことで自分の当時のことが思い出される・・・
千里君は私にとって今やそんな存在までになっている。
それは20年という歳月の重さでもある。

私は曲と現在の千里君のプライベートが重なってしまう単純バカである。
友人にも「そんな短絡的なんじゃないと思うよ」と手厳しく言われたことがあるほどだ。

私はこれでも、曲から入ったファンなんです。
私が最初に大江千里を知ったのはラジオで流れてた「ふたつの宿題」という曲だった。
歌詞に惹かれるものを感じたのでした♪

彼はその容貌と曲相からか「柔(やわ)な男」と見られがちである。
が、それは彼の曲を知らない人が言うこと。
軽率なメロディにのせられて歌われているが、その歌詞は実に男らしい!
人を外見で判断してはいけない!
彼は人一倍「厳しい人」「譲らない人」「骨のある人」なのだから・・・
そして、彼は常に等身大である。
20年間、彼はいろんな経験をし成長してきた。
私にもいろんなことがあった。
時には彼の曲にコンサートで元気づけられたこともあった。
曲を通じてつながっていられたことを嬉しく思う。

彼の歌詞に登場する男性の弱気なところも、挫けることも、みんな含めて彼に
「男らしさ」を私は感じている。
自分が言えなかったこと、彼女を守ってあげられなかったこと・・・
そんなことを彼はしっかり自覚しながら強くなろうとしている。
彼女のわがままも、すぐ弱音をはくところも全部受け止める度量の深さにも憧れを感じる。
単に「容認」するのではなく、そこに彼女への「強さ」が感じられるからだ。
そんな姿勢が感じられて、彼の歌詞に登場する男性が私は好きだ。

そして、一番の魅力は「スタンスの長さ」にある。
彼の歌詞は、昨日今日の事柄に終わらない。
これから先、彼女との何十年後を見据えて語っていく・・・
僕たちはこれからもつづいていくんだよ・・・と。
私はこの息の長さに安心する。
何が起ころうが変わらないであろう彼の気持ちに安心を覚える。
「この人を信じていればまちがいはない、この人を信じることにまちがいはない」
そう思わせてくれる・・・
歌詞の中の彼女は強気で可愛い人なのだが、どんな失態もわがままも許されているようだ。
ここまで愛されている、歌詞の中の彼女を羨ましく思う。

それを書いている大江千里は歌詞がフィクションであろうが
書き手として歌詞に登場する男性の一端であることには違いないでしょう?


とんがった鼻とあごのラインは20年変わらず。
ボサボサのまゆげもつりあがりぎみの目もステキ!

彼はここ最近イベントでHMVに来てはアルバム購入者と握手会をしている。
もちろん、私も参加するのだが、ひとりひとりと握手する際千里ファンは
千里君にひとことふたこと話しかけなかなか手を離そうとしない。

私だって、手は離したくないがその‘何か一言’が浮かんでこない。
「(みんな、何言ってんのかなあ?)」
「(がんばってください、とかコンサート楽しみにしてます、とか言うのかなあ?)」
でも、プチへそ曲がりの私は「(がんばってくださいなんてありきたりだし、
コンサート楽しみにしてるだのでは千里君にプレッシャーかけちゃうし、
アルバムよかったですよじゃ、言うまでもなくあたりまえすぎるし・・・)」

あれこれ考えて第1回の握手会で私が言った一言は・・・
健康に気をつけてくださいだった。

なんだか、中途半端・・・これこそありきたりじゃないか!
そして、昨年第2回の握手会では・・・
戦法を変えて無言でいることにした。(かける言葉が思い浮かばなかっただけ)
200名ほどが千里君と短い会話を楽しむ中、私の順番がまわってきた。
私は黙って千里君と握手した。
黙ってる私に彼は「???」といった表情になった。
そりゃそうだよね。

私は私で気の交換さ!とばかりに黙ったままなのだが、
とっさに隣にいたマネージャーに視線を送ってしまい、3人で吹きだしてしまった・・・
「・・・ぷっ」

あした9月6日は千里君の43歳の誕生日だ。
幸せな誕生日でありますように!(祈)


笑った時にみえる額のスジと左の八重歯もステキ!



9月10日(水)

「がんばって」

私はこの言葉が大っきらい!である。

「がんばって!」と声を掛け合うのが、友情の証、みたいな考え方するのが嫌いだったし、
性に合わなかった。
「がんばって!」と言えば、励ましになると思う、その根性が気に入らない。
だから、そんな‘馴れ合い’的な人たちとは友達になれなかった。
私の「がんばって嫌い」にはバリバリ年季がはいっているのだ。

なんでもかんでも「がんばって」というが、
そのほとんどが「言われるまでもない!」ことであるし、
年上の人に「tuziさんがんばってよ!」(=期待してるわよ!の意味で)と言われるならまだしも、
年下に「tuziさんがんばってください」などと言われると

上から物言ってんじゃないよ!
とかなり腹が立つ。

もっと分からないのが体の具合の悪い人に言う「がんばって」だ。
何の意味があるんだ?
がんばる、がんばらない、の問題ではないと思う。
具合が悪いのに、何をどう「がんばれ」って言うんだ?
麻酔されて手術受ける人にまで「がんばって」ってなにそれ?って感じ。

がんばってる人にわざわざ言う言葉じゃないとも思う。
「がんばって」と言われるということは、がんばってない人に見えてるということなのではないか、
とさえ思ってしまう・・・

とにかく、私にはどんなシチュエーションであってもこの言葉は禁句だ。
なんでこんな言葉が世の中にあるのか不思議なくらいだ。意味わかんないよ!

そんなこと言われたからって奮闘できる方もどうかしてる、と思うし。
そんなこというんだったら、「黙って協力しろよ!」とか思ってしまう。
言うだけで、株を上げようなんてずるいじゃないか!
便利な言葉だから、こう言っておけば相手を気遣ってるようにカモフラージュされる。
残念ながら、そんな子供だましは私には通用しない。

「がんばって」ばかりが励ましの言葉はではないはず。
シチュエーションに合わせて、具体的な言葉で励ましてくれよ!
だから私は人にも「がんばって」は滅多に口にしたことがない。



普段から私が意識して使わないようにしている言葉はふたつある。
「がんばって」と「さようなら」である。

また会えることを希望する人には極力「さようなら」とは言わない。
あえて「それじゃ、また」とか「また今度」とか言うようにしている。
それがたとえ、先の見通しのない場合でも・・・
二度と会えないのでは?と予感させる時でも・・・
また会いたい人に「さようなら」は言わない。

だから、どこに行っても私の別れはあっさりしたものだ。
北京でも上海でも香港でも、いかにも明日にでも会うかのような別れかたをしてきている。
「それじゃ、また会いましょう!」と手を振って・・・

私は手を振りながら「(また会いに来るんだから!)」と固く心に誓っているのだ。

「さよなら」を口にしないのは、一種の縁起担ぎのようなものである。



9月15日(月)

「野口健」

アルピニストで違いのわかるコーヒーのCMにも出ていた彼。
あるテレビ番組で彼の半生が紹介されていた。
再現VTRと本人も出演して話を聞きながらの番組だった。

「よくしゃべる人だなあ」
「こういう人だったの?」
と、彼の話の面白さに引き込まれた。

お母さんはエジプト人。その母方のおじいさんとおばあさんの血も入れると
ギリシャ、レバノン、エジプト・・・とお父さんの日本で5カ国になる。
でも、本人は野口健と言う名前からかお父さんの祖国「日本人」という意識でいるらしい。

名門校でオチこぼれたという彼だが、植村直己さんの本との出会いから登山に興味を持ち
最年少で世界7高峰制覇の偉業を成し遂げた。
エベレストでは2度失敗しているが、失敗とは何ぞや。
彼は物事をよく考える人だ。
自由、決断、責任と本人は言っていた。
2度目はあと100メートルで登頂という地点まで行ったと言う。そこで猛吹雪に会い、断念したのだ。
植村直己さんの「冒険とは生きて帰ること」を彼は実践した強い人だ
頂上を目前にして引き返す勇気は、悪天候をおして進むより困難だと思う。
同時に「生きて帰るため」の判断が試される瞬間でもある。

植村さんはマッキンリーで「何が何でも登頂」にこだわり、帰りに消息を絶った。
それは失敗のレッテルを恐れて成功への栄誉に目がくらみ、
生きて帰るための判断を誤ったのだと思う。
植村さんらしくない。
植村さんにその判断をさせたのは、彼を取り囲む利害関係だったかもしれない。
純粋に「冒険」を追及することを彼は許されない立場にあった。
いやいや、彼はあくまで単独にこだわり、最後まで冒険家だった。
しかし、あの時は「失敗」が続いていた。
それはマスコミが言った「失敗」であり、植村さんにとっては
「生きて帰るための判断」だったに過ぎなかったはずなのだが・・・
ともかく、植村さんは追いつめられていた。
マスコミと世間の外野に植村さんは追いつめられていた。
そして、判断を誤った・・・

野口健はそういう判断ミスを犯さなかった。生きるための努力をした人だ。
現在の彼は、それまでタブーとされていた清掃登山を続けている。
まだ30歳の彼の今後が楽しみである。



9月20日(土)

「情熱」

美容院に行くと週刊誌を半ば強制的に持たされることになり、ついパラパラとめくってしまう・・・
私が週刊誌を読むのはこんな時だけだ。

二胡奏者の呉さんのことが記事になっていました。
呉さんは二胡演奏ばかりでなく、京劇役者としてもマルチに活躍されている男性です。
奥さんは日本人で、呉さんは結婚の為に日本に移住し、現在も日本で仕事をしています。

その奥さんとのなれそめが・・・

奥さんとは中国の昆明のホテルで出会ったそうです。
奥さんは旅行で、たまたま呉さんと同じホテルだっただけ。
呉さんは奥さんをひと目見た瞬間「(この人と結婚することになる!)」と感じたそうです。
呉さん25歳。
奥さんとはそのまま中国と日本に別れ別れになった。呉さんは日本の彼女に手紙を書き送った。
最初から熱いラブレター攻撃で。
奥さんは「中国語の勉強の教材にもってこいだわ♪」ぐらいにしか考えてなかったそうです(笑)

プロポーズも呉さんから手紙で。
でも奥さんは自分が「20歳も年上だから・・・」と断った。
呉さんは、年上だとは思ったけどせいぜい5歳くらいだろうと思っていたので、さすがに驚いた!
だけど、そんなことは呉さんにとって何の問題でもなかった。
呉さんは動じることなく、何度もプロポーズした。
でも奥さんの返事は何かと理由をつけて結婚を断りつづけた。
そりゃ、奥さん45歳。独身。
不安だったと思う・・・危険な賭けみたいなものだったと思う。
でもでも、呉さんはひるまなかった!
「大丈夫、大丈夫!」を繰り返していたそうです。(奥さん談)

呉さんは結婚になかなか踏み切れない奥さんを励まし続け、
やがて、ふたりは結婚に向けて気持ちが固まった。

しかし奥さんの両親は結婚に猛反対だった。
そりゃ、20歳も年下の、しかも外国人・・・うまくいくはずがない・・・
娘のことを思う両親ならそう思うでしょう。

でも、奥さんと奥さんの両親が呉さんの両親に会ってその誠意に触れ
「このようなご両親に育てられた息子さんなら大丈夫」と了解を得ることになる。
呉さんの両親は演劇役者だった・・・(笑)

呉さんは奥さんと結婚するため奥さんの住む日本にやってきた。
すごいことだ!
日本に嫁いできたのだから。愛情の成せる業でしょう。
20歳の年の差からか周囲は呉さんたち夫婦は1年と持つまいと考えていたようです。
しかし、呉さんはこう言います。
「私たちは付き合わずに、まず結婚しました。結婚してからが恋愛でした」

結婚して15年。
呉さんが大事そうに奥さんの肩を抱いて写真に写っています。呉さんの嬉しそうな笑顔!
呉さんは本当に奥さんが大好き!
その気持ちが写真にあらわれているようでした。現在も恋愛進行形のご夫婦のようです。

呉さんの直感と、何事にもひるまなかった情熱・・・
素晴らしい!
それでこそ男だ!
拍手!
20歳も年下の外国人、呉さんを信じた奥さんも素晴らしい!
拍手!

このくらいの情熱がなければ得がたい愛は成就しないものなのでしょう。



私の知り合いで奥さんと結婚するために、改宗した人がいます。
それが奥さんから出された条件なのだそうです。
知り合いの男性はもともとは仏教だったのですが、奥さんは敬虔なクリスチャンだったというわけ。
まあ、仏教徒とはいうものの、そのことにこだわりがあったわけじゃない、のかもしれません。
それにしても、私がその立場だったらどうだろう?
「クリスチャンなんてチャンチャラおかしいやんけっ!」となるかもしれない・・・。
私だって、倦厭したり、二の足を踏む改宗・・・。
自分の宗教を普段意識してしていなくても、いざ改宗ともなれば、自然と意識せざるを得なくなるもの。
それは一大決心が必要なこと必至!容易なことではない・・・。



会社の後輩(男性)が結婚しました。
相手は一人娘(ひとりっこ)だったので、彼はお婿さんになり、名字が変わりました。
概して男の人は名字が変わるのを嫌います(私の先入観かもしれませんが)
後輩の彼も、彼女と出会うまでは周囲に次男であるにもかかわらず
「僕は母の面倒を見るんだ」と漏らし、養子になんかならないのだろうと思わせていました。
ところが!
人との出会いなんてわからんものです。彼はあっさり、お婿さんになって名字も変えちまいました。
会社員なので通称ということもできたのですが、呼び名まで変えてしまいました。
大ドンデンガエシ!
そして、愛の力はさらにエスカレートし、
彼は奥さんの家の家業を継ぐため会社を辞めてしまったのです!
ある程度のポジションにいたし、会社も近いのでまさかまさかの大ドンデンガエシ!
凄いなあ・・・
今更ながら、名前も仕事も奥さん色に染まった彼はただものではなかった・・・



会社の上司は16歳年下の私の後輩と密かに付き合っていた。
といっても、新幹線で2時間の距離。
だーれも気がつかなかった。
上司は毎週新幹線回数券で、彼女に会いにきていた。
そして、結婚。
上司が高校2年、野球に明け暮れ、甲子園を目指していた年に彼女はオギャーと生まれた。
見た目には「美女と野獣」カップル!
年齢差16!
披露宴のスピーチは‘犯罪’のオンパレード!
私は後輩(奥さん側)から参列したが、妙な気分だった。
新郎は上司、新婦は後輩・・・下克上か?



最近結婚した私の、従姉妹(いとこ)は彼氏と付き合い始めて10年くらい経ってやっと結婚しました。
その10年間、彼氏は雨が降ろうが、槍が降ろうが、
毎日毎日車で片道1時間かけて会いに来ていたそうです。
それなのに私の従姉妹は10年も待たせた。いや、彼は辛抱強く待った。
押し続けた!10年かかって寄り切った!って感じ(笑)
彼にすれば、いとこに会うために通った10年は苦にならなかったと言います。
私からいとこへ一言。
「お前のどこにそこまでさせる魅力があるのか、わしにはわからんぞ!この幸せもの!」

どれもこれも愛情の成せる業なのでしょう。

そして、情熱の持ち主は決まって男性のようです・・・



一方、ドリカムの吉田美和さん。

結婚してたと知らずに付き合ってた彼。
知らず知らずに不倫・・・その男、自分が結婚してることを黙っていた。
黙って付き合っていた!?
なんたること!

吉田さんは相当なショックを受けたものの、彼を信じることにしてこれまで付き合ってきた。
最近、彼は正式に離婚が成立。晴れて、吉田さんは9歳年下の彼と結婚に向うかと思いきや、
この彼、今度は若い女と付き合っているという・・・週刊誌的言い方をすれば、「逃げた」
9歳年上の吉田さんに「疲れた」と言っているという。
離婚が成立するまでの長かった時間にも「疲れた」とも漏らしていたという。

何言ってんじゃ!?
この身勝手さに呆れて言葉もない・・・

この男、吉田さんを2度も裏切ってる。そして挙句に「逃げた」
その言い訳が「疲れた」などとほざいてる・・・
吉田さん38歳。
吉田さんの方がよっぽど「疲れている」のではなかろうか・・・
とんでもない男と付き合ってきたものだ・・・

とは言うものの、辛いことだけど‘因果応報’‘人の出会いに偶然はない’
これは‘与えられた試練’だと思うしかない。
こういう男とでも吉田さんは‘出会うべくして出会った’のだから・・・
こんな男でも‘出あわなければならなかったのだから’
何事にも理由がある。
この試練は何かの布石なのだ。
この悲しみを、辛さを乗り越えて、時間が過ぎるのをじっと待って・・・今は辛抱の時なのだ。
やがて吉田さんの歌声に更なる磨きと艶が生まれることでしょう・・・
そのための布石かもしれないし、やがて出会う人との幸せのための布石かもしれない。
この経験を無駄にしてはならない。
転んでもただで起きないぞ!くらいに強くなってくれたまえ。
だって、どうあがいても時間は戻らないのだから・・・

それにしても、薄っぺらなこの男には情熱のカケラも感じられない。
この男、今付き合ってる若い女からもそのうち「逃げる」と私は睨んでいる。

呉さんの誠実な愛に比べたら醜いね・・・
いや、これは愛とは呼べない!むしろ犯罪行為ではなかろうか・・・



9月25日(木)

「人相」

私は遠路はるばる電車で2時間もかけて太極拳の教室に通っている。
だから、帰りの電車では疲れで眠ってしまうことが多い。

ある日、教室帰りに電車に乗ったら隣に荷物をいっぱい抱えたおばさんが座った。
私は寝る体制に入っていたのだが、このおばちゃんが私相手に話し始めた。
現代の若者の乱れた服装からはじまり、孫が就職したこと、
仕事を持つことの大切さ、長女がコスモスが好きなこと・・・
私は眠ることを許されず、おばちゃんの話しのお相手をしていた。

おばちゃんは若者に物申したいことが多いらしく、
私相手に孫の愚痴とも自慢ともつかない事を延々話し、
孫は就職できたことはできたが、早くも職場を辞めてしまった同期がいたということを聞いて、
老婆心ながら我が孫も心配だ、とこぼしていた。

簡単に仕事を辞めてしまって、それを不甲斐ないとも感じずに
むしろ、「フリーターでーす!」なんて威張って言っている若者が私にも理解できない。
こんなご時世では、仕事にありつくのが大変だ・・・などと甘えたことは私には通用しない。

私はかねがね思っている。
働く気があれば、どんな仕事だってあるはずだ。
「不景気だから」などと、政治のせい、社会のせいにして逃げているだけで、
「仕事のえり好み」をしているのではないか?
贅沢なことを言っているからアブレているのではないか?
そして、よくできたもので日本は不景気だといいながらフリーターでも生活ができる。
経済的に日本では危機感が感じられない・・・
だって、ODAにだって巨額の援助金を払って、
アメリカの無意味な暴走にも無意味な巨額の血税を使っている。
どぶに捨てるよりひどいや・・・そんなお金があるのだから、
世界的に見て日本はまだまだ恵まれた国なのだ(?)
ノー天気な政治家がはびこっているとでも言うか・・・まあ、その責任は我々国民にあるのだが・・・

冬の道路工事現場。
予算を使い切るため冬になるとやたらあちこちで道路工事がはじまる。
白い息を吐きつつ、作業しているのは老体に鞭打つおじさんだったりする。
いい加減、悠々自適に暮らしてもいい年代の老人が必死に働いている。見るにつけ辛くなってくる。
年配者の姿を見るにつけ、自分の将来を見ているようで私はたまらなくなる・・・
変だろ?
政治が?福祉が?年金制度が?
そうだ、社会だっておかしい。
それ以上におかしいのが、目いっぱい働ける若い連中だ。
「プーです」なんて言って、コンビニの前に座り込んでいる。

「プーでーす!」を初めて聞いたときなんか、なんの略語か意味が解らず、
私は「こいつは熊か?」って思っちゃったもん。
若者は人の中で揉まれて苦労する時期が必要なんだと私は思う。
苦労することを好しとしない若者はろくな大人にならないとも思っている。
ここぞ!という時に踏ん張れない骨なしの人間になってしまうからだ。
昔の人は言ったものだ。
「若いうちの苦労はかってでもしろ」
その苦労が報われる世の中(現在の日本では)だと楽観はしていませんが、
その苦労は決して無駄にはならないはず。
断言します!私が保証します!

人生には限りがある。
今さえよければ、今さえしのげれば、という刹那的な人がいますが、
今だけで生きていくことはできない。
そんな、軽い、骨のない考え方で生きていて後悔しないだろうか?
人間は過去があり、その積み重ねが現在である。
今だけを切り取ることなどできないし、将来をまっさらな形で迎えることもできない。
刹那的な人は「今だけフリーター」と割り切って、開き直っているのかもしれない。
しかし、その時間は取り戻せない。
流されて人生を終えることがなければよいのだが・・・
今何をしておかなければならないか将来を見据えて考えて欲しい。
偉そうなこと言って脱線しました・・・

電車に乗って2時間近く、ほとんどはおばちゃんが一方的に話しまくっていた。

降車駅に近づいた頃、おばちゃんがようやく私のことに触れた。
「何年生まれ?」
正直に答える私。
やや間があく。おばちゃんが計算している・・・

「・・・・・今年何歳?」
正直に答える私。
最初からそう聞けばいいものを。

「大丈夫よ!あなた、きっと幸せになるから!」
おばちゃんは私が独身だとも言っていないのに、勝手に独身と決めつけている。

「わたし、あなたと初めてあったけど、あなたいい顔してるから!」
このおばちゃん、占い師?

「大丈夫よ!必ずいい人に会えるから!あなたいい人相してるから!」
はあ?このおばちゃん、霊媒師?

おばちゃんは矢継ぎ早にそう言い残し、駅の中に消えていった・・・捨て台詞か!
まやかしでも、おばちゃんの声には確固たる自信がみなぎっていて説得力があった。
私の顔がそんなふうに見えたの?
思えば、いくら話し好きのおばちゃんでも相手を選ぶさね。
私にだったら話しかけても黙って聞いてくれる、そうおばちゃんは思ったのだろうから。
それって、私が
無防備で間抜けな顔してるってことなの?(涙)