2009年4月-12月


「東京を歩く☆神田」

つい最近のことなのですが私、‘平将門’に強く興味を持ちまして。
首塚伝説、いや伝説じゃなくて実話ですね、凄いじゃありませんか!
大手町の首塚に詣でてみたい気持ちはあるのですが、
粗相があったらそれこそどんな目にあうか恐ろしくて・・・
恐ろしいのだけれど、その‘将門’を味方につけたら怖いもの無しだな、なんてことを
真剣に考えてしまうわけですよ。
それ以前になにゆえ私が最強になりたいのか甚だ疑問なのだけどね(爆)
ま、ともかく‘平将門’にあやかりたいという気持ちは募りまして・・・

 
上野の桜は散ってました・・・
桜の花びらが舞う池で遊ぶカモちゃんをぼーっと眺めながら
ふと、江戸総鎮守‘神田明神’を詣でようかと思い立ったのです。
「(江戸の守り主となった将門に会いに行こう!)」
というわけで、神田明神なんだから神田だ、と勝手に思い込んで、またも無計画に歩き出すtuzi。
中央通りを神田目指してずんずん歩き出しました。

すると道々露店で電気コードだの、パソコン部品だの並べてるお店がやたらと目立つようになって。
「電気街なのか・・・?」
と、ノー天気に思っていたら
「!!!」
メイド!?
ヒラヒラのフィギアの服を着た女の人がチラシを配ってる。
そのヒラヒラの女の人にカメラを首からぶらさげた中年男が写真をねだってる・・・
「(まさかここは・・・)」
気がつけばそこは正に電気街。ラオックス、ヨドバシ、オタクの聖地。
「もしかしてここが秋葉原なのか?」
初めて来ましたよー。一生縁がないと思っていた秋葉原に来ちゃいましたよー。
韓国語やら中国語が飛び交う秋葉原を通過して、万世橋を渡る。


神田川をはしる船

神田川を渡れば神田でしょう?信号待ちしていた上品なご婦人に神田明神への行き方を尋ねる。
「神田明神に行きたいの?だったらその橋を渡って、信号から左に折れて・・・」
「(へ?神田明神って、神田じゃないんだ・・・)」
言われたとおり、秋葉原へ道を戻った。
よくよく見たら、最寄り駅は御茶ノ水だったし。
長い坂を上ると湯島聖堂、そのすぐ向かいが明神様。
「着いたぁ!ここだぁ!」
案外地味・・・
真正面からカメラ向けたら怖いので、明神様から見えないように斜から撮影させていただきました。
面と向って将門にカメラ向けられませんて!(←びびるtuzi)



参道のお店で好物のワラビ餅をお土産にする。
家に帰って「神田明神行ってきた」って報告したら「銭形平次か?」って。
「なんで銭形平次?将門でしょ?」
「だって、明神下の銭形っていうだろ?」
「(ギクッ!)」
ガサガサッ(←神社からもらってきたパンフレットを慌てて広げる)
「(あっ!しまった!)」
なんと、境内の裏に銭形平次の碑があるではないか!
「(これはしたり・・・)」
でもさ、銭形平次って架空の人物(小説の登場人物)なんだよね。




7月1日(水)

「愛の力」

我が家では父が鳩を飼っている。
鳩はツガイとなり卵を産み、ヒナを育てその数を増やしていき、今では50羽以上になっているようだ。
ツガイとなってヒナを育てている途中で父鳩が死んでしまい、母子家庭となりながらも
2羽のヒナを育て上げた肝っ玉かあちゃん鳩もいるし、
純白で可愛らしいメス鳩なのに、よりによって年寄りのヨボヨボ鳩と夫婦になったり・・・
ベルギー鳩といういわゆる外人鳩と国際結婚する鳩がいたり・・・
とおちゃん鳩を亡くした肝っ玉かあちゃん鳩は、その後再婚し異父兄弟をせっせと
世話してるもよう・・・とまあ、我が家の鳩たちの恋愛は自由奔放のようだ。

先日、テレビ番組で鳩の生態が特集されていた。
ランダムにチャンネルを回していて偶然発見したのだが、そのテレビ番組で語られた鳩の話しは
どれもこれも私が初めて聞く驚きの内容だった。
まずもって驚いたのは、鳩は本来、一度夫婦になった相手と終生添い遂げるのだそうだ。
オスがメスにアタックし、それを受け入れたメスがオスにチューすれば、めでたく結婚成立。
すると、さっそくオスはメスとヒナ2羽が住める巣を作りはじめる。
鳩は一度に決まって2個の卵を産むからだ。
卵が孵るとオスとメス2羽でヒナの世話を懸命にします。そしてこの時驚きなのは
鳩は体内でミルクを作り出すということ、しかもメスばかりでなくオスもできるのだそうだ。
そうして、ひと月、栄養豊富なミルクで成長したヒナも巣立って、また卵を産んで育てる・・・
このような生涯ラブラブな鳩の夫婦は15年ほど、同じ決まった巣で暮らすのだそうだ。
規則正しい生活、浮気心など一切起こさず、生涯ひたすら一人の妻だけを想って過ごす・・・
このオス鳩の習性を‘帰巣本能’といいまして、レース鳩ではこの‘帰巣本能’が役立つとのこと。
レース前にオスからメスをいったん離して会わせなくして焦らす。
愛する妻が見えなくなってオロオロするオス鳩に、レース直前メスに会わせ、
一気に愛の炎に火をつける。会いたさを募らせるわけ。
これがレースに勝つ鳩の心理作戦。古くからの戦法だという。
遠く離れた見知らぬ土地から、愛する妻会いたさに家路に急ぐオス鳩。
一刻も早く愛する妻の元に帰りたいという‘帰巣本能’がさらに倍増されたオス鳩。
時速100kmほどで羽ばたくという。
レースに強い鳩は愛妻家ということか。
愛の力は計り知れない。
いや、まてよ・・・
鳩を擬人化して‘愛’だなんて言ってるけど、それは‘愛’でもなんでもなくて習性なのかもしれない。
ただただ本能なのかもしれない。
人間の‘愛’だって無償のもので理屈のない本能にちかいものだと思うし。

我が家の鳩の中には、飛んでいって他の家の鳩舎につられて行ってしまうのがいるが、
それは独身鳩か、はたまた空中で他の家の鳩と恋に落ち、夢中でついて行ってしまったか・・・?
それとも、‘帰巣本能’欠乏で迷子になったか、はたまた単なる逃亡か・・・?
(我が家で生まれた鳩はそうはならないし、つられて他の鳩舎にまぎれても、
そこの主人が父と知り合いだったりすれば強制的に我が家に連れてきてくれるのだが)

生まれてこれまで‘愛’だなんて言葉、こっぱずかしくて言えなかったけど、
すっかり鳩を擬人化してこの鳩の番組をみて、私はつくづく思った。
「(まったく、この世は愛で成り立っているんだな・・・)」と。





「東京を歩く☆御茶ノ水」

7月10日〜12日の3日間、千駄ヶ谷の東京体育館を会場に全国大会が行われた。
今年も孫式で出場。。。
大 失 敗 !
我ながら唖然とするほどの失敗を犯した・・・
だいたい、始めの起勢から怪しかった。リズムに乗れず、ふらふらして重心が定まらない。
中盤になってようやく取り戻してきたかな?という瞬間、足を間違えた!
なんとか進歩してごまかしたが、終盤になって3分の笛を聴いてタイムが早すぎたことに気づく。
でも、もう取り戻せない・・・収勢。
 ッ ク シ ・ ・ ・
これまでの私なら、多少緊張はあっても、普段どおり自分の太極拳をすることができていた。
「自分の太極拳ができた」という意味では常に自己ベスト!
評価は自己ベストと感じている私とはギャップがあったものの、気にすることではなかった。
低得点の評価よりも、充実感のほうが勝っていたのかもしれない。
ところが、今回は違った。
自分が納得できない表演をして、評価が過去最高、って・・・?
もう、競技大会出場は辞めようか、と思っていたのにこんな納得できない表演を最後にはしたくない。
「悔しいですっ!」(←ザブングルで)
これまで少しづつ点数も順位も上げてきたし、それをこれまでの目標にもしてきた。
が、それはこれまで「自分の太極拳」を本番で見せることが出来ていたからということに気づいた。
今回初めて不本意な動きをしてしまって、「自分の太極拳」を本番で発揮する難しさを味わった。
そして自分自身に対して悔しい思いでいっぱいになった。
「(このままでは終われない・・・)」



・・・終わってしまってから悔やんでも仕方ない。
覆水盆に帰らず。
こんな時は神田明神に行くしかない!
「♪おぉ〜と〜こ、だったら〜、一つに賭けるぅ〜♪賭けてぇ〜もぉつれた謎を解くぅ〜♪
誰がよんだか、誰がよんだかっ、銭形平次ぃ〜♪花のお江戸は八百八丁ぉお〜〜お♪
今日も決め手の、今日も決め手のぉー、銭がぁ、飛ぶーぅ!♪」
歌の二番は忘れたが、ここまで空で覚えてるってのも、年が知れるというもの。
お若い衆には何のことやら判るめぇ!ってんだコンチキショウ!
前回、神田明神行った時、銭形平次の碑を見そこなったので、どうしても押さえておきたくて。
ま、それだけじゃなくて、外観は以外に地味だけど、境内は広々として気持ちがいい明神様に
「また行きたいな♪」とも思ってましたし、JR御茶ノ水から近いはずなので
明神に参ってから、神保町に寄るのもよし、書道の紙も入手したいし・・・
ひとまず千駄ヶ谷から御茶ノ水へ。


前回、上野から歩いて、秋葉原から来たのですが、今回御茶ノ水から歩いたらすぐだった。
湯島聖堂の裏で、相変わらず目立たないし地味〜な感じではありましたが、
やっぱり明神様はよいですね♪落ち着きます。
さてさてお目当ての‘銭形平次の碑’なんですけど。これまた以外に地味に登場で・・・
それにしても‘寛永通寶’のモチーフがステキです♪
銭がぁ、飛ぶーぅ!♪


明神様の裏手には数々のお宮があり、特に稲荷神社が大方・・・
ぐるっと一回りして獅子が運ぶおみくじをひいて、お土産に葛餅をゲット!

その後、御茶ノ水駅をはさんで神保町に向った。
太極拳関係の図書をハシゴしたが、めぼしい本は見つからずじまい・・・
書道用紙も来週の資格試験に向けて必要だったが、どれがよいかチョイスできず買いそびれた・・・
暑いし、サングラスは忘れてきたしで疲れた〜
深川めしと冷たい飲み物を食しながら帰路についた。
来年こそは将門のように会場を恐怖におとしいれるほどの(?)迫力ある表演をしたいものだ。
そんなことを考えながら、、、




8月10日(月)

「かたづけ缶詰ネズミの菌そして頭痛」

お盆が間近に迫ってきた。
だからというわけではないが、家中どこもかしこも物であふれて雑然としている。
雑然としてはいるが、一応片付いてはいるので足の踏み場くらいはある。
だけど、掃除をしてないのでホコリにまみれていたりする・・・なおさら手をつけたくなくなる・・・
とにかく物が多すぎる。
どうぢてこんなに増えるのか??(←捨てないから)
増やさないように気をつけてるのに、いつの間にこんなに物が増えちまうのか??(←捨てないから)
無精者のくせに、とにかく気になって仕方ない。

その始まりは本棚だった。
私の本棚はガラス戸が付いたそれは立派なものだが、それが閉められることはない。
本が縦に横にはたまたレールの上までせり出してきており、ガラス戸は閉まらない。
片側に寄せられてるだけだ。
本をダンボールに詰めて物置へ移動!
「うっ・・・重い・・・」
腰が・・・!
階段を一段下りるごとに膝がはずれそうだ。
階段を最後まで持ちこたえられるか・・・?
「ふ〜」
なんとか下りては来れたが腰が砕けそうだ。膝がカックンいきそうだ。
これを3往復こらえた。
物置に移動、と一口に言っても、その物置もとっ散らかった状態。
今度は物置を片付けてダンボールの置き場を確保する。
まず本は片付いた。
と言ってる間もなく空けたスペースにはすぐに机の上に散乱していた本が入り込んで満杯状態に。
物を移動してるだけでいっこうに減らないから、片付けても片付けても終わらない・・・
ま、でもそれなりに自分の部屋は片付けた。

二日目。
書道用品が散乱している、私の第二の小部屋に取り掛かる。
私はこの小部屋でたま〜に習字の練習をしている。
書き損じた紙すら捨てられず四畳半の小さな部屋に物が溢れ、二畳ほどに縮小された部屋では
紙を広げて練習するスペースの確保が難しくなってきていた。
「さあ、片付けるぞー!」
意気込んで始めたはいいが、とにかく出るは出るは、どう片付けてよいものやら
いっこうに終わりが見えてこない。
結局、隣の部屋に箱詰めされて移動しただけ・・・
だから、その隣の部屋も片付けなきゃなんない。片付け&掃除。
掃除をするのに廊下に通じる引き戸を開けたら、
廊下に置きっぱなしだった玄関マットやらトイレマットやらが倒れてきた!
「ぎえー・・・!」

三日目。
廊下なのに引き戸を壁にして物を積んでタワーになっていたのが崩壊。
「よっしゃ、廊下を空けるぞ!」
取り掛かったはいいが、これまたどこに持ってけばいいの?状態。
これは家の奥にある物置に置くことにしよう。
と、そこに行ってみれば、そこもすでに満杯状態。先に移動するスペース確保から始める。
これがまた時間がかかるのだ。捨てられるものは極力捨てるようにしてやっとタンスの上を空けた。
その半畳ほどのスペースに、普段使う物を持ってくるとしよう。
「よっこいしょ」
何度も往復してようやく廊下を廊下に戻した。
「おっ、そういえばシャンプー切らしてたっけ」
普段使う洗剤や、ティッシュなど置いている物置スペースがある。
「ごそごそ・・・」
ここもしばらく片付けてない。
ちゃんと整理整頓してるはずなのに、買い置きが多すぎて分からないようになっている。
「ええいっ!」
ついでに全部洗いざらい片付けることにした。シャンプー探しに来ただけなのに・・・(涙)

四日目。
半畳ほどのスペースに棚がすえつけてある、ちっちゃな物置の片付けに一日かかってしまった・・・
ほんと疲れる〜

五日目。
ちっちゃな物置の横に薪が積んである部屋がある。
朝起きると歯磨きしながらそこを眺めることになるのだが、部屋の片隅に昔の靴箱が置かれている。
「あの中は、どうなっちゃってんだろう?」
以前から気にはなっていた。
それに、その靴箱の前にあるゴミの山をどうにかせねばなるまいに・・・
ゴミの山をかき分け、靴箱に着手!
「・・・これは!」
ネズミだ!
ネズミって物を噛み砕いてボロボロにしたあげく、物を増やしてくれますよね。
中に入っていた、年代物の下駄、草履・・・
下段においてあればあるほど、ネズミは食い散らかしボロボロにかじっていた。
その下段に‘お宝’級の下駄、草履があるではないの!
上の段にはネズミの被害はないのだが、そちらにはどうでもいいようなビーチサンダルだの
突っかけのサンダルだのばっか・・・
「仕舞うとこ逆だし!」
ネズミの糞に「おえっ!」となりながら掃除して、ものすごい量のゴミが出た。
お次は、いよいよゴミの山(ダンボール数箱)に着手。
いったい何が入ってるのだろう?
以前に整理してまとめた物だが、何を入れたんだかすっかり忘れてしまった。
開けてみると、スポンジの山。ゴム手袋の山。缶詰の山。蜂蜜の山。
とにかくどれも大量なのだ。スポンジならスポンジだけで30個くらい。
蜂蜜も8本くらい・・・というように。
缶詰だって賞味期限はとうに切れているし、ドレッシングだって食べられそうにない。
てか、もう食べたくない。
私は賞味期限にこだわらないので、自分の鼻で最終決定するのだけど
こうも連日片付けばかりしてると、もういちいち判断するのが面倒になってきている。
てか、もう疲労困憊もピークにきてて判断できなってきている。
もちろん、明らかに捨てるしかない物だって大量にある。
例えば、賞味期限が20年も前に切れた缶詰は膨張し、爆発寸前の危険な状態。
恐る恐る空けるとそこには墨化した真っ黒のパイナップル・・・(驚)
それでも残せるものは残して、キレイさっぱり片付けた。
「すっきり〜」

余談ですが、缶詰の歴史を語ろうと思います。
歴史といっても缶詰の賞味期限切れ以降の足どりについてですが。
新鮮な缶詰は皆さんご承知のとおりですし、そもそも缶詰は保存用に作られたものですので、
かなりの年数保存しておけますし、風味を保って食することが出来ています。
ところが、その年数を越えますと、缶がパンパンに膨張してきます。
おそらく缶の中ではガスが発生しているものと思われます。その状態は下の写真右です。
さらに時間が経ちますと、そのガスのせいなのか缶が炭化してきて、中身が黒く変色してきます。
それが下の写真左の状態です。それでもまだ内部には水分が残っているので潤っています。
これからさらに年月が経ちますと、たぶん20年ほどで内部から水分が漏れ出し(ガスが缶を浸食し、
薄くなった点から内部の液が漏れだす)内部はカラカラに乾燥し小さく固まり、まるで宇宙食のようになる。
さらに小さく小さく・・・終いには缶を開けても中身は消えて無くなっている、カラになっている。
これぞイリュージョン!
ちなみに同じ時代の缶詰でもその進みぐあいには差がでてくるから不思議。
(例えば下の写真は同じ箱の缶詰だったのに状態に差がある)

墨化した、というか缶の錆びで黒くなったパイナップル(左)
缶が膨張していたが、まだ変色はしてなかったパイナップル(右)
右はもしかしたら食せたかも知れないが、その気力も失せ廃棄された・・・

六日目。
連鎖反応で一日一部屋片付けてきたが、もう一ヶ所、気になるところへいよいよ着手。
そこは台所の飯台の下!
米を置いてたりするのだが、他にもたくさんの米袋が・・・
もち米各種、なぜか空き袋まで転がっている。しかも大量のホコリをかぶって・・・
とにかく不衛生極まりない。
「飯台の下をスッキリさせたいっ!」
この長年の夢を実現させるのだ!(←オーバーだろ)
そしてその台所から通じる階段を見上げれば、その階段の上まで本が階段の半分を覆っている。
「あ〜あ・・・これもなんとかせねば」
狭い階段をさらに半分埋め尽くしてる片側一車線の階段を、全面走行できるように物を取っ払う。
ついでに階段壁を覆うってるクモの巣を払う・・・
「ぷぅ〜ごほっ、ごほっ・・・」

七日目。
もうすぐお盆。
仕上げに玄関を片付けることにする。
とにかく玄関を塞いでる靴、靴、靴・・・
たった三人の家族なのに、玄関を見れば三世代同居の大家族のようなありさま。
「なんとかしたい・・・なんとかせねば・・・」
靴箱から出るは出るは、母の靴のオンパレード。
喪用に準備しておいたものと思われる黒靴がなんと8足!
いくらなんでも、そんなにいらないでしょう。
履くのは一人なんだからさ・・・
それに加えて傘の多いこと!
普段用に出してる傘にろくなのなくて、しまい込んでる方がマトモなんだもの。
傘も入れ替えて、本数も少なくして・・・
「いやあ、広くなったー、気持ちいいねぇ!」

それにしても、こんな過酷な片づけを毎日つづけていたのでは、お盆に寝込んでしまいそうだ。
毎日毎日20kgとか時には30kgの箱をあっちに運び、こっちに運び・・・
中腰で持ち上げたり、拭き掃除したり、ラジバンダリ・・・
一日中片づけをしながら、食事の仕度をし、太極拳にも行く。
ついに頭痛が襲ってきた。
「これは蜘蛛膜下出血の前兆か?いや、蜘蛛膜下出血してるのか?」
ぐらいの激しい頭痛だ。右股も痛い。
一晩寝て起きたら和らいでいたので、ただの疲れのようだが無理は禁物だ。
もうこのへんで一旦手を引いたほうがよさそうだ。
まだ片付けたい部屋はあるのだがそれは次回に回そう。
まずは、台所の据付の戸棚、上段、下段、これだけでふつかはかかりそうだ。
あとは家の奥の物置。一部屋だけで三日、いや五日はみたほうがよさそうだ。
もう一部屋は‘開かずの間’で、ここは・・・一度手をつけたらアリ地獄に陥りそうである。
無事生還できるかどうか怪しいものだ・・・(怖)
それから漬物置き場。わけの分からん桶や、得体の知れない瓶が所狭しとある。
もうここはどれだけかかるかなんて検討もつかない。
それにしてもどこもかしこも物ありすぎっ(怒)
片付けちゃうと、こんどはどこにしまったか分かんなくなっちゃって、出したりしまったりの繰り返し・・・
終いには探すの面倒になって買ってしまう。買ったとたんに、買い置きが見つかる。
そしてまた物が増えてしまう。そしてまた片付ける・・・
エンドレスじゃん!(泣)



8月20日(木)

「どちらさまで?ピーちゃんです♪」

最近、ゴミを捨てに行くと近所のおばちゃんやおばあちゃんに会う。
昨日、プラスチックゴミの日で捨てに行くと、見たことないおばあちゃんに会った。
指定されたゴミ袋ではない、ただのビニル袋で捨てられてる缶があるな?
と思っていたところへ、そのおばあちゃんが指定ゴミ袋をもって自転車で現れた。
「今日は何を捨てる日かしら?」と話しかけられ、「缶は明日ですね」なんて話しをし始めた。
「良くわからなくてねぇ」「そうですね、曜日も変更になったりしましたしね」なんて言ってたら
「あら?どちらさまかしら?」と聞かれた。
「☆☆(姓)です」と答えたが、おばあちゃん合点がいかないらしい顔をしていたので
「☆☆△(姓名)の娘です!」と言ったら「そう!」と納得していた。
私はここで生まれて、高校までここに住んでいたのだが、大人になって帰ってきたので
幼い頃の顔は知ってても、今の私の顔を知らない人は多いみたい。
私のほうも、顔は知ってるんだけど、どこの家の人か分からないおばちゃんおじちゃんは多い。

今日は粗大ゴミ、燃えないゴミの日で捨てに行ったら、また別のおばちゃんに会った。
「おはようございます」とあいさつだけして、黙々と先日の片付けで出た大量のゴミを捨てていた。
おばちゃんは帰りがけ、また「あら?どちらさまかしら?」と私に聞いてきた。
こちらも慣れたもので、「☆☆△(姓名)の娘です!」と答えると「あー!」と一発で納得した。

くだらないことだが、今度「どなたさまかしら?」と聞かれたら、さながら戦国武将の如く
「ようよう我こそは☆☆△(姓名)が娘、○○と申すものぉ!」
と、名のってみたいものだと密かにウズウズっと思う私である・・・(笑)



その☆☆△の父が鳥を飼っています。鳥好きなのか?そういえば母も酉年(鶏)生まれだっけ(笑)
父は立派なベランダつき鳩舎と長屋を建て、鳩とチャボとシャムとウコッケイを飼っている。
そのうちウコッケイの卵が3日ほど前に孵ったという。
2羽のピーちゃんが生まれたというので、さっそく見に行った。
ヒヨコはどれも黄色。何のヒナでも黄色いもんなんだ・・・と思った。
実は、抱いていた卵はウコッケイばかりではなかったと言うではないか。
だから生まれたヒナがウコッケイなのかシャムの子なのかは分からないと父は言う。
ヒナたちは母ウコッケイ(養母かもしれない?)のお腹の下にもぐって出てこない。
父が棒で突っ突いてヒナがピーピー出てきたのをすかさず見た。
「カワイイ・・・黄色だぁ」
まだ体長5cmくらいだ。
でも、よく見ると一羽のヒナの足に毛が!黄色い毛がイッチョ前に生えてるではないか!
「これは間違いなくウコッケイの子ね♪」
こんな小さいヒナのうちから生まれつき足に毛が生えてるなんて。
もう一羽の方には毛がなくてツルツルしてる。てことはもう一羽はシャムの子が孵ったみたい。
2羽は義兄弟ということだ。

右(母鳥に近い方)のピーちゃんには足に毛があるが、
左のピーちゃんの足はツルツル

育てば足に毛があるウコッケイとツルツル肌のシャムになるわけだが
父が言うには、それでも兄弟、同じ子として母鳥は育てるのだそうな。
「でもさ、シャムは闘争心が強いから‘おまえ足に毛なんか生やしやがって!’って
兄弟として育っても足蹴にしたりなんかしないものなの?」
「そうなる頃はひとり立ち=独立してるから別々の部屋にしてるさ」
「はー、なるほどねぇ」
2羽はまだ双子のようにまっ黄色のヒナだが、これからどんな風に成長していくのか楽しみだ。




9月5日(土)

「読書の秋」

私は寝る前、布団に横になって本を読む。
寝タバコならぬ、クラシックレコードを聴きながら寝読書である。
もともと寝付きが悪かったこともあって、布団に入ってからスタンドの明かりで本を読んでいた。
そのうち睡魔で本がバタッ!と顔に倒れてきたら、明かりを消して眠る・・・
この習慣、一時はやめていたのだが最近になって復活した。
というのも本のストックが数冊あったからである。
随分本を読んでいなかったため、どんな本が買い置きしてあったか、すっかり忘れてしまっていた。
その買い置きの本の中に、東野圭吾「容疑者Xの献身」というのがあった。
「(なんで買ったんだっけ??)」
しかも珍しく新品だ。
普段は中古本を買っているのだが、なぜか新品で買っていた。
たぶん、直木賞受賞作品だからだと思う。単行本でしかもぶ厚い。

読み始めてすぐ夢中になった。
睡魔で本がバタッ!と顔に倒れてくることもない。
先が知りたくて寝る時間が待ち遠しい、って感じです。
初日4分の1・・・2日目4分の1・・・3日目残り2分の1読みきった!
読み終えたときは既に翌日になってました・・・
おもしろかったー。
最後の広告を読んで知ったのだが、この「容疑者Xの献身」に登場する、
湯川という物理学者はシリーズものらしい。
スマートでイケ面の物理学者、そういえばテレビドラマにならなかっただろうか?
福山雅治主演で題名は・・・「なんたらガリレオ」だか、「ガリレオなんたら」・・・といったような?
もし、原作が東野圭吾ならおそらく間違いないと思うのだが。
ちなみに私は一度も観たことがないが・・・
ま、ドラマや映画と、原作を読むのとではまた味わいが違うもの。
私はどちらかといえば原作を読んで頭の中でキャスティングして登場人物を思い描くけれども
実際、ドラマ化されたり映画化された時のギャップが違和感となってしまうことがたまにある。
スティーブンキングなどもそうだ。
スティーブンキングは作家だし、その本はとてもおもしろい。私の好きな作家の一人でもある。
彼の原作はほとんど映画化されているし、スティーブンキング自身撮影現場に頻繁に訪れて
いるらしく、原作に忠実に映画化されている。
それでも、原作を先に読んでしまうと、頭の中で思い描いたキャストどおりというわけにはいかない。
本は本、映画は映画、と割り切って楽しむことが必要。
そうは言っても、やはりスティーブンキングは読んでいて映像が見えるから
原作の方が断然おもしろい。

今晩から長編「源氏物語」に挑みます。(←なぜにストックしてしまったのか?)
もしかしたら、1ページも読み進まないうちに睡魔で本がバタッ!
再度目をあけて読もうとするけど顔にバタッ!
必死に目をあけて読もうとするも顔にバタッ!
果たして、秋のうちに読みきることが出来ますかどうか・・・



9月20日(日)

「グローブ」

以前から欲しかったグローブがあります。
それは・・・イチロー選手の・・・ぐふ♪

と、言いたいところですが、そうじゃなくて、皮むきグローブなんです。
ご存知ですか?
主婦の方ならご存知かも。
出始めてからだいぶ経ちますが、ついこないだまで2,000円近くしてたような・・・
皮むきグローブとは、ゴム手袋にボツボツの突起がたくさん付いていて、
そのグローブをはめて、ジャガイモやゴボウ、里芋の皮を洗いながら剥いてしまうという優れもの!
ピールを使って剥くのは大変だし、厄介なんですよね。
だから、私なんか金タワシ使ってゴシゴシしてるんだけど、
この皮むきグローブがあったら便利だろうな、って、ずっと思ってたんです。
でも、たかが、ボツボツゴム手袋に2,000円はさすがにだせない。

そしたら先日、500円くらいで売り出されてたんですよ。
で、そのチラシによるとうろこ取りグローブなるものまであったんです。
「けど、どこが違うの??」
写真で見る限り、どちらも同じボツボツゴム手袋にしか見えないのよね・・・
「でも、どっか違うはずよね」

私はさっそく皮むきグローブを買いにはしった。
念願のグローブは赤色。
そして、うろこ取りグローブは黄色。
「ふむ、どこが違うんだ??」
・・・どう見ても同じ物にしか見えないんですけど!
ボツボツの逆立ちぐあいがビミョーに違うとか?
ボツボツの大きさがビミョーに違うとか?
ボツボツの間隔がビミョーに違うとか?
あれこれ見比べてみたけど・・・結局、
違いは色だけ。
・・・てことは、このグローブで皮むきもできるし、うろこ取りもできるってこと?
だったら黄色がいい!
パッケージには‘うろこ取り’と書いてあるけど、構いやしない。
色違いで、物は同じなんだから。
というわけで、‘うろこ取りグローブ’と書かれた‘皮むきグローブ’をお買い上げー。

‘皮むき用’と‘うろこ取り用’として、色違いなだけのボツボツゴム手袋
こんなふうに用途が違うように箱書きが分かれていたら、2組お買い上げする人もいたりして??
元々が、アイデア商品の通信販売みたいなものだから、巧い商品戦略に
まんまと引っかかっちゃう人だっているわよね。
はっ!?
私も、たかがボツボツゴム手袋をまんまと買わされたクチか?!
まだ試してないけど、これが使えないものだったら、私もまんまと引っかかっちゃった人ですよね(悲)
てか私、皮むきしたくて‘うろこ取り用’を買ってきてしまったが、
これで皮むきができなかったらエライコッチャで!(焦っ)



9月28日(月)

「好久没見了!」

先日、いつもの気のおけない友人4人で飲み会があった。
幹事が決めてあるので、その幹事の招集待ちなのだが、かなり久々のような気がする。
前回はいつだっけ?
何年前だっけ?
「(たしか、このtuzi nowに書いたような気がする・・・)」
私は自分のHPを読み返してみることにした。
このtuzi nowが始まったのは2003年のことでした。

パソコンが壊れたのをきっかけに始まったtuzi now。
HPを書き始めたきっかけとか、写真がなかった頃のこととか書いてある。
前回の飲み会の時も、「飛ぶtuzi」のことを話題に出して墓穴を掘っていたようだ。
え?
前回の飲み会って、2003年?
そんなに前だっけ?
・・・どうやら、かれこれ6年ぶりの召集だったみたい。
幹事のM女史もずいぶん温めてくれたもんだねぇ。。。
いや、それより年月の経つ早さに驚いた・・・

それにしても、2003年の「開設一周年」のくだりを読み返してみると、
私って、かなり傲慢というか、気かんきが強いというか、頑なというか、ゆずらないというか・・・
あんなガンコな考え方じゃ、彼氏できないのも当然。結婚できないのもわかる。って感じ。
いや、あくまで文章読んだ限りでは、なんですけどね。
そして、かなり大げさに書いてるはず、なんですけどね。

言葉にするのが苦手だと、心で思ってることと違って、あらぬ方向にいってしまうことがあるでしょ?
私って、そういうところあるんですよね。
言葉を重ねていけばいくほど、思ってることから遠ざかっていってしまう。
違うのが自分で分かるから、さらに言葉を重ねて訂正しようとすればするほど、さらに遠くなる。
多くても伝わらない、少なくても伝わらない。
時には誤解されて困ったことになったり・・・要するに口下手なんです。
黙ってるのが無難。

今回の飲み会でも、M女史が「tuziはキビシイ」というようなことを言っていた。
ふむ・・・
そういう印象を与えてしまう、何かが私にはある、からなのだろうとは感じたが、
そうなのかなぁ?・・・という思いしかない。
でも、他の人にも「tuziはキビシイ」って言われたことがあったように思うから、そうなのかも。
そうなのかなぁ・・・?
さらにM女史は「度量の大きい、器の大きい人じゃないと、この人を扱えないのよ」
「自分によっぽど自信がなきゃ、この人を掌の上で転がせないのよ」と言い切っちゃって。
へ?
それはどうなの?
あまりの自信家は私の好みじゃないんですけど。。。
てか、引いちゃうんですけど。。。

それはともかく、私が思う自分は、天然バカで、ボーッとのんびりしてて、そのくせ神経質。
行動派でバイタリティ溢れる人とは、真逆を行ってると思っている。
だいたい、何するでも自分から積極的にということができない。
ひたすら待ちの態勢しかとれないのだ。
そして年がら年中、家の中にいても苦にならない。
だからといって、‘引きこもり’ではありません。ただの出不精なだけです。

その点、M女史は行動派でバイタリティ溢れる女性だ。
私などとても真似できない。
自分の事務所を持ち、精力的に仕事をし、しかもその仕事が好き、ときてる。
私などには考えられないことです。
だって、数年前本気で、好きな編み物で生計が立てられないかなぁ?ってボンヤリ考えてた時、
M女史に「一枚セーター編む時間に、設計の時間給掛けてみなさいよ」と諭されて計算してみたら
一枚35万だった・・・
これじゃ、本業にならないや・・・って初めて納得した。ってこんな女ですよ、私は・・・
たいがい、気づけよっ!てなもんです・・・
そしてM女史は、2人の男子高校生のお母さんで、そのうえ親御さんのことも考えているのです。
偉いです。私など足元にも及びません。
そんな忙しさの中、フラメンコを習い、今年4月からはハングル語も始めたという。
とにかく、私はM女史の10分の1も行動してない気がする。
中国語は忘れかけ、太極拳は年々へタッピになってる気がしてならない。
お金がなくて筝曲は続けられず、かといって家で演奏練習するでもない。
仕事もなくて、収入もなくて、エコ生活(←ただのケチケチ生活なのだが)するしかない有り様。
このままでは、好きな書道だって、いつまで続けられることか・・・

あ、そういえば、次回の幹事、私に回ってきたのよね。
忙しい皆さんを招集する&お店発見。
ふ〜、田舎暮らしの私に、お店探しとは・・・
今回、飲み会で久々に都会に出て、時間潰しに入った本屋の品数の多さに眩暈した私。
のんびりやの私のことだから、次回は6年後どころでない可能性も。
こりゃ、しっかりせにゃ!



9月30日(水)

「約束」

飲み会で、「tuziさん、最近旅行行ってないんですか?」と聞かれた。
「行ってませんねぇ・・・かれこれ4、5年」
だって、母が病気してから時間もないけど、第一、先立つ旅費がない。
エコエコ生活費捻出するので精一杯なんだもの。

そこでS氏が、「tuziさん、約束覚えてますか?」と切り出した。

tuzi)「もちろん、覚えてますとも!」
そりゃ、忘れはしない。
私は、新聞広告などでそれを見つけると、このコースがいいかな、
いや、もう少し待とうかな?と、事あるごとに機会を伺っていたのだ。
その約束とは、
一緒にエジプト旅行に行こう!だった。
一生に一度はエジプトに行きたい。
私は毎回一人旅だったが、エジプトには連れが出来たと、楽しみにしていたのだ。
その約束をしたのは、かれこれ10年くらい前になるだろうか・・・
以来、実現できる日を長年、待ちわびていたのだ。
M女史とは当時、出会ってなかったので、彼女はこの約束のことを知らない。
ここのメンバーでは、私、S氏、H氏の3人でエジプト旅行に行こうね♪、ということだった。
もちろん強制ではなくて、みんながエジプトに興味があって、「行きたい」と思っての約束だった。
考えてみれば、この中で女は私一人なんだけど、さして疑問にも思わず、
約束はひっそり生きていた。
男性2人が同じ部屋で、私が一人部屋になれば問題ないし、って思ってたし・・・

ところが、
H氏がエジプトへの興味が薄れた、とのことで脱落。
え〜っ?!
(そりゃ、ないよ・・・私とS氏だけで行くのぉ?!)
tuzi)「だってさ、ああいう旅行ってふつう、2人部屋じゃん」
S氏)「tuziさんと一緒の部屋でも、何も起こりませんよ」
(そういうことじゃなくてさぁ。。。団体って言ってもさ、観光中も2人なんだよ?)
tuzi)「M女史さん、エジプトどうですか?」
M女史)「私、エジプト行かなくていいもん」
ガクッ
tuzi)「だったら、あと2人参加で4人にするしかないじゃん?」
すると、誰が発したのか、
「カップルと4人とか?」
tuzi)「えぇっ!?逆に一緒はイヤだよね!
何が悲しくて、わざわざ、カップルと一緒に行かなきゃなんないのよ!
カップルは別の日に出発してよ、って感じじゃん!
しかも、カップルは同じ部屋なんだから、S氏と同じ部屋は変わらないし!」
S氏)「でも、オレtuziさんと一緒でも、何も起こりませんよ」
わかったから!
何も起こんない、って何回も言わないでよっ。
ある意味悲しいでしょ!

は〜、エジプトも結局、独りかよ・・・




10月12日(月)

「停電と台風とアナログ人間」

パソコンの大敵は停電。先日、パソコンで作業中に突然、画面が
真っ暗!
になった。
おいおい、そりゃないよう・・・(泣)
保存してないデータが失われる、だけでは済まない。
電源が落ちたことで、ウインドウズがやられたら、全てが失われてしまうのだ。
メールも使えなきゃ、サイトも閉鎖・・・

それにしても、これは本当に停電なのか?それとも、家のブレーカーがあがったのか?
階段を駆け下りて見ると、家のブレーカーは正常な位置にある。
停電なのか?
でもさ、雨が降ってるだけで、雷がなってるわけじゃない・・・
こんな小雨で、停電?
不思議だ・・・
私は、どうも腑に落ちなくて、隣に家に確かめに行った。
「こんにちはー・・・」
反応がない。留守なんだろうか?
「ごめんくださーい!」
玄関に入ったところでは電気はついていない。
誰も出てこないので、停電かどうか確認できず戻った。
そして今度は、電力会社に電話してみることにした。
私のように確認の電話を入れる人が多いらしく、混んでいた。
そりゃそうよね。
どう考えたって、停電なるような天気じゃないもん。
確認したところ結局、停電と判明した。

まったく・・・なんで停電なんかに。
復旧後、パソコンを立ち上げる。
とりあえず、システムの復元をして・・・
メール確認。
え?
メールソフトが立ち上がらない。
インターネットも使えない。
ゲー
アドレスも消えちゃった?
どーしよー。
よっしゃ、エクスプローラーでデータだけでも保存しよう!
え?
エクスプローラーも開かない。
ガーン
わかった、、、
(今回が初めての経験ではないので、諦めが早い)
とりあえず、明日使う資料だけでも印刷して、コピーしとこう!
プリンターのスイッチオン!

周辺機器のスイッチを入れて、出来る限りの作業をしていた。動きも遅い。。。
あとは、いよいよウインドウズのインストールし直しか・・・
ためしにもう一度、メールソフトをクリックしてみる。
お?
立ち上がったじゃないの!
インターネットエクスプローラーは?
あら?
使えるようになったじゃん!
周辺機器スイッチ入れたら直ったみたい・・・いやいや、油断はできない。
時間差で、また不具合が出てくるかも知れない。
とりあえずバックアップしとこう。
こうして、インストールし直しせずに、しばらく使っていた。動きも正常に戻っていた。
台風18号が上陸するまでは・・・

 

時速50kmで北上する台風18号。
雨が2日間降り続け、父が開墾した河原の畑は海の中に沈んだ。
河原のゲートボール場も、私の太極拳練習場も海原の中に消えた。
かなりの増水だ。
普段は水面が遥か遠くにあるはずなのに、公園の入り口が波際となった。
父が畑に蒔いたばかりの大根、白菜、ホウレン草は深海の底となった・・・

雨が上がったその晩、私はいつものようにメールを確認しようと、パソコンを立ち上げた。
ん?
繋がらない。
ソフトは立ち上がっているのに繋がらない。
どういうこと?
あちこち、いじってみたが、変化なし。
時間差でウインドウズの不具合が出てきたかな?
先日の停電の後遺症か・・・
私の接続はいまだにダイヤルアップである。
何気に、電話の受話器をとってみた。
(・ ・ ・ ・ ・)
ツー、ともプーとも言わない。
えー?
電話回線やられた?
しょぼすぎるでしょ!
我が家は2回線あるが、下階の電話は生きていた。
家は幸い、一本は生きているから良いとしても、電話回線がやられてしまうんじゃ、
こんな災害時には致命的だよね。
私なんか、携帯電話を持ってないから、固定電話使えなかったら、どうすんの?
しかも、上階で使ってる私の電話器は、停電になっても使えなくなる。
電化製品の災害時の使えなさ!
何のための電話よ?!
災害時、停電になったら使えない、電話回線やられたら、もちろん使えない。
我が家は、増水の海に浮かぶ孤島となるわけだ・・・
けっ!
最近、オール電化を奨める勧誘電話が多いけど、そんな家に住んでたら
ここいらじゃ、避難所に行く人もいないしさ、寒い時は床暖だかなんだか知らんけど、
ファンヒーターすら使えず、家の中で遭難してなきゃなんないじゃん。
ほんと、電化製品て、災害時は不便だと思いません?

 

台風も去り、秋晴れの晴天が続いている。
電話回線もほどなく復旧・・・したかに思えた、2日後。またもメールが接続されなくなった。
インターネットも繋がらない。私は、てっきり、パソコン側の故障とばかり思い込んでいた。
アウトレットをいじってみたり、パソコンの設定を確認したり・・・

前回のこともあるので、電話の受話器をとってみる・・・
(・ ・ ・ ・ ・)
おいおい、またかよ?原因は電話回線かよ!?
それにしても、一度は復旧したはずなのに、またも不通とは不可解だ。
さっそく、電話会社に問い合わせることにした。
15分後、工事の人到着。
「保安器のカバーが逆さまに付いてるよ。なんで、こんな取り付け方したのかなぁ?」
雨が入り込んで保安器が錆び付いていたのが原因。台風18号で大量に雨が入り込んだ模様。
さんざんオール電化は使えないだの、電化製品は不便だのと罵っておきながら、
結果は、工事ミスと判明。やれやれ・・・
でもさ、ウチは2回線あるから連絡できたけど、私は携帯も持ってないし、どうするの?
連絡できないじゃん。

そんなこんなで、よくよく考えてみれば、
私のようなアナログ人間にとっての大敵は停電だったりして・・・って、皮肉な話しやでー。



10月15日(木)

「老化」

何度目かの誕生日が過ぎて間もなくのこと。
「く、、く、、、首が・・・」
首が回らない。
首がムチウチにでもなったかのように固まって回せなくなった。
横にも向けないし、下に首を倒すこともできない。
(どうしたんだろ?)
寝違えたのかな?
が、
翌日はさらにヒドイことに、首から肩にかけてこわばっているではないか。
「痛いよぅ、、、(泣)」
寝違えたにしては、2日目の方がひどくなってるなんておかしい・・・
しかも、その夜は、寝返りも打てないほどの痛みで、眠れなかった。
3日目、その痛みというか、コリは肩にまで及んだ。
(もしや、これが四十肩?五十肩?)
誕生日過ぎたからって、すぐさまこれかよ?
聞くところでは、その四十肩だか五十肩になると、腕が上がらなくなるという。
しかも、その痛みは最低でも1ヶ月くらいは続くというではないか!(←経験者、父談)
(えー!?そんなの耐えられないようぉ・・・)
しかし、私は場合、耳の後ろまで持って行こうとすると痛みはあるものの、
まっすぐ上に両手を上げられる。
四十肩、五十肩とは、違うのかな?
もし、このまま痛みやコリがひどくなって、腕が上がらなくなったら、太極拳もできなくなってしまう。
(うっわー、こりゃ大変だー)
11月初めに、剣の表演を予定していたが、このままでは棄権せねばならなくなる。
(えらいこっちゃー)
第一、こんなツライ痛みが1ヶ月以上も続いたら、日常生活もおぼつかない・・・
もうすぐ、書道の試験の締め切りがあるのに、筆を持つ気にもなれない・・・
4日目なって。
コリ、痛みは左側だけになった。
このまま、おさまってくれるとありがたいのだが・・・

原因が何であるか分からないが、太極拳してようが、なにかスポーツで体鍛えてようが、
関係ないのだね。
四十肩、五十肩、などは完全に老化現象だ。
どんなことしても、老化は食い止められない、ってことだ。
たとえ、懸命に太極拳の鍛錬をしてたとしても、四十肩、五十肩になる時はなる、ってことだ。
私にも、あなたにも、どなたにも、確実に老いは訪れる・・・
そうだよね。
私なんか、すでに老眼はじまってるもんっ。
針に糸通すのが大変、細かい字は無意識に離してしまう。はるか若い頃から白髪頭。
なにかにつけて不便、っていえば、不便なんだけど。
だからって、それはそれで・・・どうしようもないし、時間は止められないしね。
年齢重ねて、初めてわかることだってあるでしょ?
たとえばさ、老眼鏡、試しにかけてみたら、「おおーっ!」ってなった時の感動とか・・・
え?
そんな感動、いらないって?
んんー、まあね・・・
なくてもいい経験かもしれないけどさ。

そう言ってる、あなただって、どなただって、みーんな年とるんだからー。
これだけは平等にね♪
私なんかも、そのうち顔がしわくちゃオビワンになって、歯がガタガタになって・・・
柔らかいものしか食べられなくなって、その食べたものさえ忘れるようになって・・・
そんなもんさ。
若い頃は多情多恨でも、年とればみーんな忘れちゃうのさ。
それが老いるってことで、それが自然の摂理ってもん、でしょ?

ところで、私の四十肩だか五十肩ですが。
剣の練習や、太極拳の練習を、まだ痛みがあったものの、先延ばしにもできず、
必要に迫られて無理に練習したら、なぜか、だいぶ軽くなっちゃった(驚!)
もしや、これは老化じゃなくて、ただの運動不足だったってか・・・?
・・・いやはや、謎だ。
太極拳してても老化は食い止められないけど、原因不明の体調不良を治しちゃう・・・
太極拳って、やっぱスゴイ!



10月17日(土)

「槍を持つ男」

私の住む小さな町は、美味しい米の産地として、近所は田んぼを持つ農家がほとんどだ。
今の時期は秋の収穫時期で忙しく、田んぼに出てる人も多い。
そんな時、私の住む田舎町で事件は起こった!
近所の人が話していたのが耳に入ったのだが、
Aさん「ねえ、ねえ、犯人捕まったんだったってよ」
Bさん「病気だったんだってねえ」
Aさん「そうみたいね。槍で突っ突いたんだってよ」

tuzi 「(え?!ヤリだって?!)」
Bさん「自転車で来たんだってね」
tuzi 「(ヤリ持って自転車に乗ったってか!?)」
私は‘槍’と聞いて、中国武術で使う槍を想像してしまい、思わず話しかけてしまった。
tuzi 「ヤリ、ってどんな槍だったんです?」
Aさん「さあ・・・魚なんか獲る槍なんじゃないかしら?」
そうだよね、まさか太極拳で使うような槍持って、自転車には乗れないもんね。
それにしても、その槍、とっても気になるんですけど・・・

翌日の新聞記事。
午後1時45分ごろから午後2時ごろにかけて、農作業中の男性3人に対し、
約1.6mの槍のような物を突き付けて脅かした疑い。無職○○××容疑者(58)を逮捕した。

なにおー!
長さ1.6mだってー?!
本格的じゃん!てか、中国槍そのものじゃんか!
いったい、どこで手に入れたんだ??
長さ1.6mの魚獲り槍、ってあるのか??
それに、そんな長い槍を持って自転車に乗ってたら、
いいかげん目立つだろ、って!
つーか、そんな長い槍持って、自転車に乗れるのか??

その容疑者は、精神を病んでいたとのことでしたが、なぜ槍だったんだ?
新聞記事では‘槍’ではなくて‘槍のような物’とあるから、厳密には槍ではないのだろうが。
それでも私には・・・
長さ1.6mの、先っぽに赤いふさふさが付いてる槍を、晴天の秋空の下、
自転車から飛び降りた男が、田んぼの真ん中で槍を構え、男3人を相手に突いてる
中国槍の実践。
・・・1.6mて!?・・・槍て!?・・・どーゆーのよ?・・・



10月20日(火)

「歯磨き」

先日の飲み会のつづきの話し。
私たちの飲み会は、根性入れていかないと乗り切れない、かなりハードな飲み会である。
その日のうちに解散することは、まずない。
かなり以前、若かりし頃は、地下鉄の始発が発車する直前まで飲んで話して・・・
そう・・・、エジプト旅行の約束をしたのも、その頃でした。

我々もそれなりに歳をとり、先日の飲み会は、割と早くに解散となりました。
2時頃だったと思います。
私は、M女史の豪邸に泊めてもらうことにしてありまして、お泊りセット持参でやって来てました。
M女史の御宅は、高級住宅街にあって、ご近所さんは医者か弁護士か、というような
ハイソサエティに囲まれたセレブ地区にある、もちろん一戸建て。
そのマダムの豪邸に到着し、お風呂をいただき、眠りについたのは3時頃でした。
(・・・と、横文字だらけ、何語だか分からん言葉をむやみに多用する私)

朝、6年ぶりに顔をあわせたM女史の子供たちは、驚くほど大きくなってて。。。
そりゃそうだよね、私が最後に会ったのは、彼らが小学生の頃。
その男の子2人は、今や大学生と高校3年生。すっかり大人に成長してたのでした。
私は、毎朝飲んでる安物のコーヒー豆とは違う、M女史の淹れた高級コーヒーとトースト、
それにサラダまで付いた朝食をいただき、なんだかリッチな気分に浸っていたのでした。
(・・・と、朝食まで欧米化してる日本)

そろそろ、おいとましようかと、歯磨きに立った。
私は携帯用に小さなチューブに入った歯磨き粉を持参していたが、
洗面台に立ったら、目の前に歯磨き粉があるではないか。
チューブに入って立ってるタイプの歯磨き粉だった。
私は何のためらいもなく、迷いもなく、疑いもなしに、
それを歯ブラシにつけて口に入れた。
ゴシゴシ・・・
別に違和感はない。
しかし、口をゆすいでみて、なんとも泡切れの悪さを感じた。
ゆすげばゆすぐほど泡だって、ねっとりした感じになってくる・・・
はて?
首をかしげてチューブを手に取る。

なんたらフォーム?
フォーム、ってなんだっけ?
このご時世、横文字ばっかで訳分かんないんですけどっ。
なんだか、間違ったような気がする。
もしや、テレビで大女優が話してた、歯磨き粉と洗顔フォーム間違えた、って言ってたの、
私がやっちゃった?
あの時は、「(そんな、たいがい分かるでしょ)」って聞いてたけど、それ私がやっちゃった?
ふと、そんなことが頭に浮かんだが、とにかく私は、口の中がねっとりしてて気持ち悪いので、
持参した歯磨き粉でもう一度磨きなおした。
「ねえ、M女史〜、洗面台にあったチューブ、あれ、歯磨き粉じゃないのぉ?」
M女史「洗面台?歯磨き粉は、いつもお風呂場に置いてるんだけど・・・」
「じゃあ、あのチューブなんだろう?」
M女史「お兄ちゃんのニキビ用洗顔フォームじゃない?」
「(ぎくっ!あの横文字、ニキビのことかぁ)」
M女史「・・・もしかして、tuzi・・・」
「歯磨き粉だと思ってさあ、歯、磨いちゃったわよ」
M女史「・・・口に入れて気づかなかったの?」
「ぜーんぜん、ふつうに磨いちゃって、ゆすいでみて、おかしいな?って」
M女史「(撃沈)」

ほんと、横文字って困るのよね。
なんだっけ?
歯磨き粉のことは、デンタル・・・デンタル・・・デンタルなんとか、っていうじゃん。
あ、そうそう、デンタルペーストだ。
ペーストて・・・間違いじゃないけど、なんか食べ物みたいじゃん。
リンスもさあ、最近ではコンディショナーって言うようになって。リンスと何が違うんだ!って感じよ。
せめて、洗顔フォームと歯磨き粉の紛らわしいチューブだけでも、どうにかならないものかね。
だって、私のことだから、そのうち歯磨き粉で顔を洗っちゃうよ・・・



10月23日(金)

「成功率20%」

10月15日「老化」のつづきの話し・・・
首が回らなくても、肩が痛くても、必要に迫られて練習していた剣の練習というのは、
11月初めに開催される‘町民文化祭’での表演のためである。
今回、私たちの出し物は、全員で24式太極拳と、私一人で42式剣の2演目である。
24式は毎週の練習の中で、曲にあわせ準備している。
前回の文化祭までは、套路を全部通すことができず自選で組み立てていたが、
今回は参加者全員が全24套路をマスターしており、初めてのフルでの披露となる。
指導してきた私としても感慨深いものがある。
まず、こちらは問題ないとして、、、

問題は私の42式剣である。
拳となにか武器での披露をと、バランスを考えての構成だが、
42式剣はご存知のとおり、剣の套路の中でも、難易度が高い。一瞬たりとも気が抜けない。
32式剣は昨年の‘春まつり’で、披露しているので、今回はあえて42式剣に挑戦することにした。
それに、難しいだけに、少しでも若いうちじゃないと、披露する前に出来なくなってしまうからね・・・
といったわけで、どんなに首が回らなくても、肩が痛くても、練習せねばならなかったわけなのです!

私が初めて42式剣を覚えたのは、今から9年前のこと。
それから、ずっと練習してなくて、套路も途切れ途切れにしか覚えてなくて・・・
今年の5月講習会で42式剣を受講して、少し記憶が蘇って・・・
9年前とはいえ、一度はマスターしていたので、忘れてたといっても、ゼロからの出発ではない。
2日間で42式最後進むのだから、初めて受講された方は、それはそれは大変だったろうと思う。
私は記憶を辿りながら、付いていく事が出来たが、表演するとなると、これまた違う。
さらに高みを目指して完成させなければならない。
いくら観客が太極拳を知らない人ばかりといっても、下手な剣はみせられない。
どうせ、みせるなら自分が納得できるものをみせたい。
それに、私は、昨年の13勢刀で、失態を演じているからなおさらだ!
失態というのは、まず二起脚で靴紐がほどけた!(ありえねー)
その後も靴紐がほどけたまま表演を続けねばならず、
表演してる私も靴紐がプラプラして、動作に集中できないし、
観てる観客だって、刀など目に入ってなくて、靴紐にばかり気をとられていたかも知れない。
いやいや・・・まいった。
その割には、ちらほら好評をいただいたので安心したのだが、今回は不安要素をなくして、
昨年の反省をふまえ、昨年の轍を踏まぬよう周到に準備したい。
それに失態はそればかりではなかったのだ。
その前の演目、88式自選では、転身して足上げのとき、隣との距離があまりに狭くて、
足上げ失敗!
膝だけ上げて、上げそこなってしまった。
その瞬間、会場がどよめいてたりなんかして。
いやいや・・・まいったまいった。
私はものの見事に失敗したものの、使った曲がよかったと褒められたりなんかもしてたが。
とにかく昨年は、いいとこなしで、おわってしまった。

そんなこんなで、今年の42式剣は雪辱戦でもあるのです。
成功させたいのです!
私の中での、失敗のイメージを払拭したいのです!
最近の私は、正確に套路動作を覚えるために、DVDを数種類も見比べたり、
脚の着地や角度、発頸動作のコツはないものか・・・と本を何冊も読んだり。
そうして丁寧にしていると、今度は曲の時間に間に合わなくなったりして・・・
結局、曲があることが足かせになってるんです。
競技の方が動作に集中しやすい理由も、曲がない、ということではないかと思うほどです。
競技大会より、舞台のほうが数倍も緊張しますって。
動作に集中して曲を聞かないと時間が合わなくなってしまうから、曲は聞かなきゃならないし。
始めの立ち位置のこともあるし。
一人なら心配はないけど、全員での表演となると、かなり神経を使う。
端端の人が、進歩しているうち幕に引っ込まないように、決めておかなければならないでしょ。
舞台の広さを想定して練習はしてても、その憶測どおりに納まるかどうかは分からない・・・
とまあ、あれこれ心配の種は消えないのだ。
とにかく、舞台は大変。
24式もそうだが、42式剣は舞台の床のぐあいで、脚裁きも変わってくる。
足元が揺らいだら、それこそ命取り!
競技大会なら採点に響くだけで済むが、舞台となるとそれは恥ずかしさが伴うし、許されない。
ある意味、ショー的な要素が強いだけにキビシイ。
42式剣は足上げ動作がかなりあるし、しかも、バランスが崩れたら立ち上がれないくらい
低い姿勢からの足上げもある。特に後半はスタミナ勝負だ。
であるから、床のぐあいで、動作がかなり左右される。心配だ・・・
加えて緊張があったのでは、ムリムリ・・・剣がガタガタ震えてしまいそうよ。
そういったわけで現在、
42式剣の成功率20%!
かなり低い確率なもんだ・・・
いくら練習で成功してても、昨年のように、本番でどんなことが起こるか知れたもんじゃない。
フィギュアスケートのジャンプと同じく、練習は水物。
本番での成功は運次第。
イチロー選手のように、善いイメージだけを持って臨みたいところだが、
いかんせん、昨年の負のイメージしかないし。
それを払拭するためにも、今年は何としても成功させたい!
20%に賭けて!




11月5日(木)

「図書館まつり」

わが町の図書館では毎年‘図書館まつり’を催している。
といっても、告知もないし、前もって宣伝もしてないみたい。
まつり当日の日曜日に、たまたま図書館に来た人だけが出くわす!みたいな、地味なまつりである。
まつり、といっても、展示室に花を生けて、郷土の本を並べただけのような催しなのだ。

ひと月ほど前の町民新聞に、図書館まつりで‘古本市’を開くので、
一般からの参加も受け付けるとの記事が載った。
‘みかん箱古本市’と名づけられた、その催しに私も参加しようと思い、いらなくなった本をまとめた。
夏に腰を痛め、膝を痛めながら運んだ本の中から、本当に要らない本だけを厳選した!
中でも私の目玉商品は、手塚治のアドルフに告ぐ全5巻である。
「(さて、いくらの値段にしようか・・・)」
当日、行ってから値段を決めてもいいかな、と思ったが、一応張り紙の準備だけでも
パソコンでプリントアウトして行こうと思ったので、とりあえず決めておいた。
当日参加した人たちの値段に合わせて、赤ペンで値下げしてもいいしね。
私ったら、生活費のために、本まで売ることになろうとは・・・

当日、図書館に行ってみると、一般の参加者は私と、もうひとりの二人だけのようだった。
他の出店者は、公民館関係の人たち。
主催は図書館というより、むしろ公民館の行事のようだった。
だから半ば強制的に公民館職員が自分の本を提供してる、そんな感じ。
私の値段設定は、皆さんとそう変わらず、適性だったようで、そのまま売ることにした。
この日私は、単行本30冊、文庫本25冊、音楽CD15枚、小物5品を出した。
朝9時から午後3時まで。果たして売れるだろうか・・・?
お隣の一般からの出店の方は、キレイな敷物持参で、お値段もカワイイ札を手作りして
なかなかデコレーションが凝っていた。
方や私ときたら、ダンボールに入れっぱなしだし!

まずは出店者仲間で、見て回る。ここで早くもCDが売れた!
クラシック音楽が2枚ともなくなり、アルゼンチンタンゴ2枚がちがうお仲間に売れた。
来館者にもCDは好評で、意外なことに年輩のオバサマにシャ乱Qが売れたりした。
お正月の福袋に入ってた、気に入らないストラップや(てか私、携帯持ってないし!)
作れないビーズの手づくりキットの小物も、キット以外はよく売れた。
それからも来館してぶらっ、と見てくれた人が、ちょこちょこ買ってくれて。
お隣のキレイなデコレーションのお姉さんも、単行本買ってくれたし、私も何かお返しに、と思ったけど
お隣のお姉さん、漫画本ばっかなんだもん。
あと、ビデオ一本30円のお兄さん、欲しかったけど、観たいような映画ないんだもん。
店番しながら、図書館からタダで提供している本もらって眺めて・・・
そうこうしてると、外で売ってたパン屋さんから差し入れあったり。
その間も、ちょこちょこ売れて。
でも、本じゃなくてCDがよく売れる。
反対隣の公民館職員店は、近所の人から頼まれたというパッチワークの袋だけが、よく売れてた。
どこも本はさっぱり。

お隣の漫画本のお姉さんは「・・・3冊しか売れない」と、早々に店じまいして帰ってしまった。
一日座ってて300円じゃね。残った漫画本は、この足で即買い取ってもらいに行くという。
私もそろそろ、帰ろうかな。
午後から単行本値下げしたけど一冊しか出なかった。
でもそれが、絶対売れないだろうな、と思っていた宗教本だったのには驚いた!
やっぱ、興味の対象が人それぞれあるものなんですね・・・
結局一日で単行本3冊、文庫本4冊。なのに、CDが7枚。
目玉のアドルフも売れて、なんだかんだで4,000円近くにもなった。上々だよ。
晩ご飯のおかず代には十分なったでー。
でもさ、だいたいがお仲間に回っちゃってんのよねー。

それに、帰りは少しでも軽くしたかったのに、重さは変わらず。
なんで?
公民館職員が持ってきた、推理ハヤカワ文庫と、渡辺淳一だらけの本は、
残ったら図書館に寄贈していくのだという。
だからって、駄目押しで、ハヤカワ文庫もらって、どーすんのよ!
売った以上に、もらってきた本の方が多いんですけど!



11月12日(木)

「海の男」

先月の話しになるが、付き合いのある会社の、社員旅行に参加した。
地名は明かせないが、行き先は海沿い。
どこもかしこも紅葉まっさかりで、その山々もいっしょに堪能した。
列車で海っぺりを走って、風光明媚を眺めたり。
美しい真っ白い海岸を散策したり。
何百段という階段を上がり降りしながら、岸壁の上から絶景を眺めたり。
そして今度は海側がら岸壁を眺めるために、船に乗ることに・・・

海に突き出した岩山に侵食されてできた穴がみっつ並んで開いている。
その穴を船に乗ってくぐる、というのだ。
「・・・てことは、手漕ぎ船だよね?」
などと本気で考えた天然ボケな私に、社員は
「まさかー!客船でしょうよ!」
と言っていたが、私の予想は当たらずとも遠からずだった。
ちいさな港で、船を待っていた私たちの出迎えに現われたのは、漁船だった。
「手漕ぎ船にモーター付いただけだしっ」
観光船(=漁船)は、7人乗りで、全部で3隻やってきた。
観光船の船長さんたちは、もろ漁師さんで、かなり訛ってる。
私たち客を迎えるにあたって、開口一番、
「団体はなー、あっちのおっきな港から乗れって、いってっぺー!(怒)
こっつはなー、波があれーくて、前から乗れねーから、あぶねんだー!(怒)」
と言いながら、船長さん(=漁師さん)は一生懸命、岸壁に船を寄せてくれて、
私たちを安全に船に乗せてくれた。
それにしても、船って、前から乗る物なの?
そういう、決まりでもあるの?
私が乗った船は3隻目だったのだが、前の2隻が少し沖で待っていた。一斉に出発するのだろう。
で、さらに船長さんは、
「あれ?8人乗っちまったか!?ひとりオーバーしてっけっとも、
違反でみっかったら、あんたら罰金払えよっ!」と。
罰金はともかく、重量は大丈夫なのかぁ?そっちが心配だよ(怖)
私たちの漁師さんは、最後に私たちを乗せたにもかかわらず、待っていた2隻を抜いて、
トップでビューンと走り出た!
今日は、風があって波が荒いらしく、私たちはかなりの恐怖を味わいながら、
黄色い喚声、奇声を発しながら、目的の岩山の穴まで荒波にもまれていった・・・
その間も、漁師さんは
「あんたらは、まだ若いからいいけっとも、団体客は年寄りばりだがらな、
あぶねえんだ!だがら、おっきな港から乗れって言ってんだよ!(怒)
こんどっからあっちの港にバス着けろって、旅行会社さ、言っとけ!(怒)」
を、ずっと繰り返していた。
「あんだら、どっから来たのや?
・・・あ〜、そっからだったら先週も、うどん作ってるっていう奴ら来たんだぁ。
みごとに年寄りばりだ!団体っていえば、年寄りばりなんだがらや!」
お客さんに‘奴ら’って・・・
それに、船長さんだって身軽だけど、80歳ちかいですよね・・・
他の船長さんたちも、どうみても年寄り・・・あ、いや、現役だけど御高齢かと・・・
海の男は、♪口も荒いが、気も荒い〜♪
それにしても、船から見る景色は絶景だった。
かなり怖いが、乗る価値は十分にある。
「どうだ?」
「なんだ!黙ってっとか!返事ねえぞ!(怒)」
私たちは十分、楽しんでいるのだが、何せ波が顔にバシャバシャかかってくるし、
揺れているしで、返事どころではない。

海岸線を一周して、船が港に戻った。今度は舳先から下ろされる。
その時、初めて船長の言ってる意味が分かった!
「ほれ、この棒さ、捕まって降りれば簡単だべ!」
ははあ、なるほどね。いろいろ考えてくれてたのね。
「んだがら、ゆってっぺー、今度っからこっちの港から乗れって!
パンフレット持ってぐがぁ?」
今度はそのパンフレットをめぐって、船長さんたちで問答が始まった。
「あれ、ボックスん中だ!なにい?ねえって?
ほんな訳ねえな!よぐ、見てみろっ!」
ようやく、見つかったパンフレットによれば、
私たちの乗った‘正一丸’の船長は、漁協組合長だった!
トップで走り出たのも納得・・・
海岸線の景色は天下一品だったし、海の男の豪快さが満載の船は、
今回の旅で一番の思い出になった。




12月10日(木)

「今年の漢字」

どこのお寺さんでしたっけ?
貫主のお坊さんが、今年一年間を象徴すると思われる漢字一文字を、
新たに下ろした新品の大筆をふるって、豪快に書き上げるじゃないですか。
昨年は「変」でしたっけ?
検索!

今年の漢字(ことしのかんじ)とは、財団法人日本漢字能力検定協会が、
毎年12月12日の「漢字の日」に発表している、その年の日本や世界の世相を表した漢字一字のことである。
財団法人日本漢字能力検定協会が、その年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、
その中で最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として、
毎年12月12日の「漢字の日」に京都府京都市東山区の清水寺で発表する。
1995年に始まった。発表時には、清水寺の奥の院舞台にて、森清範貫主(同協会の理事も務める)により
巨大な和紙に漢字一字が揮毫される。その後、本尊の千手観世音菩薩に奉納される。

私の印象では、あまり良い漢字は選ばれてないような気がするのですが。
世相を反映してるとはいえ、なんか悲しくなってしまうような漢字が、過去多かったように思います。
今年の発表は12月11日だそうで。
明日発表ですが、今年はどんな漢字が選ばれるんでしょう・・・


さて!
今年は、わたくしtuziも発表したいと思います!
いやはや、今年は目立って、この漢字がピッタシの一年だったものですから。
立て続けにとでもいいますか。
清水寺に先んじて、それでは発表します!


ベツ・わかれ

今年は、人との別れが際立った一年でした。私の日頃の行いが招いた結果なのか?
相手が一方的に離れていった別れあり。
予感どおりに別れに突き進んで的中した別れあり。
また、私なりに人との関係を極力、友好に維持しようとガマンを重ねて数年。
距離は縮まらず、結局別れるに至ったもあり。
ようやく別れることが出来た、といった別れもあり。
・・・どれもこれも、おのれが招いた結果と受け止めるしかないのだが。

別れに至るまでの過程、別れを決心するまでの葛藤。
そこが長く辛いところで、別れてしまったら、あとは前進するしかない。
別れるのは一瞬のことで、別れてから振り返っても始まらない。
だからこそ、別れないように努力をすべき・・・
そうクチで言うはたやすいが、実際は自分ひとりの事ではないだけに、容易なことではない。
避けられない別れだってある・・・。
いずれにせよ、決して善いことではない。

「会うは別れの始まり」と言うが、「別れは会うの始まり」とは言わない。
丑年の私は別れが多く、精神的に疲弊した一年でした。
来年寅年は新たな出会いがあるだろうか?
すべては自然の成り行き、ってことで・・・。