2016年9月-12月

9月1日(木)

「熊と狼」

最近は読むペースが少し上がって、2日に一冊ペースになってきました。
以前書いた雫井脩介「虚貌」を読み終えて、
その後道尾秀介「カラスの親指」を一気に読み終えたました・・・。
映画化したら面白そう。武沢の役は遠藤憲一をイメージしながら読み進めていました。
私が本を買う際の判断は題名です。「カラスの親指」もそうでした。
たまたまどちらも‘シュウスケ’で、どちらの‘シュウスケ’も当たりでした。
雫井脩介のほうはシリアスで重かったけど、
道尾秀介のほうはコミカルなところもあり、劇的な展開でした。
私が読んだ本では扱ったモチーフが、どちらも借金が引き金になってる点で共通してました。
その描写は共通して怖かった・・・。
現実にあるんだろうか?私の知らない世界というだけで現実なんだろうか?
信じがたいけどきっと現実なんだろう、と思いました。
そういったわけで、すっかり道尾秀介のファンになった私は、また2冊ほど注文しました。
いま読み始めた「KAGEROU」も冒頭、借金苦で自殺を試みるところから始まっています。
全部読み終えてから著者が水嶋ヒロと知りました。
なーんか、聞き覚えがある題名だと思ってたのよねー・・・。
新たな作家を発掘しつつ、読書が中毒化してきました・・・。
道尾秀介を検索したら、‘都筑道夫’の道夫からペンネームの‘道尾’にしたとのこと。
「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してることから著書にはホラーもあるのでしょうか。
もしや都筑道夫がホラー系の作家だったのでしょうか?
「シャドウ」で小説部門ミステリー大賞。興味あります。
注文した2冊というのは、これまた題名だけで選んだ「片眼の猿」と「月と蟹」です。
届いてから帯で知ったのですが、「月と蟹」は直木賞受賞作品だったのですね。
たまたまビンゴ・・・というより、いかに、これまで本を読んできていなかったことが露呈・・・。
この2冊は後の楽しみにとっておいて、現在「ITと呼ばれた子供」に取り組んでいるところです。
母親からの虐待は凄まじく、読みながら頭に浮かぶのは・・・
人生は罠だらけ〜♪



罠、で思い出しました!
話はガラッと変わりますが・・・。
今朝、テレビを観ていたら、熊除けの液体が紹介されていました。
熊の出没を問題に取り上げるワイドショーは見たくないものです。
なぜって?
人を襲ったからといっては、猟銃会がワンサカ山に入って熊を射殺、討ち取る。
罠を仕掛けて残忍に討ち取る。
捕獲された無残な熊の姿が映る。
「(まだちっちゃい子供じゃないか)」
・・・不愉快極まりない。
ですからそんなニュースは見たくないのです。
人間が殺人を犯しても、犯人が死刑になることは稀だ。
なのに、熊が人間を傷つけたからといって、射殺するのはどうなんだろ?
先日などは空手の有段者が熊に目潰しをしかけ退散させたと、誇らしげに語る様子が映っていた。
そうやって手を出すのは人間の方からだ、と相場が決まっているんだ。
熊が裁判にかかったら正当防衛で、情状酌量無罪放免てとこなんじゃないの?
ま、とにかく人間のすることには納得できかねる私。
その私がですよ、感心した熊除けなんです。
熊に農作物を食い荒らされて、困っていたところ、
狼犬を飼っているおばあちゃんの家だけは被害に遭わなかった。
・・・というところに目をつけた偉い人がいて、
「野生動物はもともと狼が怖い」という習性を逆手に取り、狼の糞の臭いの液体を作り出したのです。
これって凄くない?絶対効くと思う!
臭いは強烈らしいですが、熊が目撃された畑とかに置いておく分には問題ないじゃん。
実際、設置したところには熊は現れてないんですって!
これだよ!
やっぱ、熊といえども狼を恐れてるんだね。
野生には野生の力で・・・。
おばあちゃんの話からヒントを得て、地元の人がこの液体作ったんですってよ。
んもう、尊敬しちゃう♪
役所ぐるみで取り組んでるとのこと。
大いに結構!こうでなくっちゃ!
だからさ、つくづく思う・・・学者ってホント役に立たないよね・・・。



9月14日(水)

「賞味期限」

私はご承知のように極端な出不精です。
念のために言っておきますと、出不精ではありますが、決して引きこもりではありません。
食事のおかずの買い物には週に一度は出かけます。
うちは父と私のふたりきりですので、特別なことがない限り週に一度で十分なんです。
買い物は太極拳の教室に出かけるついでにスーパーに寄って済ませています。
その日は18時に家を出て、まず図書館に向かいます。
そこで30分ほど閉館までぐるっとひとまわり、本を返却したり借りてきたりして
その後、いつものスーパーに到着するのが19時頃。パパッと30分ほどで済ませてしまいます。
時には値下げ品の札付けが始まっていたりします。
私は賞味期限などまったく気にしないタチなので、封を切らなければ、
ある程度日付無視でいただいちゃいます。もちろん最後の判断は目と鼻と舌で確かめて・・・。
その日も切らしていた牛乳を「買わなくっちゃ」と思っていたところに、
値下げ品コーナーを覗いたら、1000ml生乳100%無調整牛乳が80円で出てまして、
ちなみに私は調整牛乳は飲みません。無調整100%を買うようにしています。
「(ラッキー♪2本買っておこうっと♪)」と、さっそくカゴに入れました。
  
そこへ、親子連れがやってきて・・・。
声の様子から、小学2年生くらいの男の子と30代くらいのお母さんと思われます。
男の子が値下げ品の牛乳を見て「ぼく、牛乳が飲みたい」と訴えました。
すると、「あと2日しかもたないから」と、母親がやんわり却下。
買ってやれよー!
たった80円じゃん!
子供は2日で飲んじゃうだろうっ!
「飲みたい」ってんだからさー!
私が親だったらここにある5本ありったけ買っちゃうぞー。
どうして買ってあげないんだろう?
子供が飲みたい、って言ってるのにさあ?
育ち盛りだろう?
牛乳ぐらいで却下するなよ。
ま、子供のいない私の言うことなど、余計なお世話だろうけれども、
よくスーパーに子供連れで買い物に来て、子供なんだからさ、そりゃお菓子見たら欲しいし、
ねだるじゃない。
それなのに、「ダメ、ダメ」って子供の手から取り上げて棚に戻す。
あれって何だろう?って思う。
連れて来てる以上、要求はのんでやらないと・・・。私だったらそう考えるけど。
だって、親の都合で連れてきてるんでしょう?違うの?
子供が自分からおかずの買い物行くなんて言わないよね。
それなのに子供の手から取り上げて、それってあんまりじゃない?
ま、どっちにしろ、牛乳ぐらい買ってやれよ。
たった80円の見切り品見て、子供が飲みたい、って言ってるんだからさー。
消費税足しても100円でおつりがくるんだよ?!
今度ばかりは危うく「あたしが買ってあげる!」宣言しそうになっちまっただよ・・・。



9月22日(木)

「読書中毒」

仕事の依頼がないのをいいことに、読書が中毒化しています。
ストックも切れて、最近ハマった‘道尾秀介’をインターネットで買ったり、
図書館から借りてきながら読み漁っています。
‘道尾秀介中毒’と言ったほうがピッタリかと思います。
初め、「カラスの親指」を読んでファンになりまして、
その後、短編集「鬼の跫音」(たいして面白くなかった)
「ソロモンの犬」(学生たちの戯れ感が強くて、これもイマイチだった)
「球体の蛇」(面白かったけど、嘘に嘘の連続で結局判然としないまま終わった)
たまたま「カラスの親指」がビギナーズラックだったのでしょうか・・・?
その後に読んだ「片目の猿」は「カラスの親指」を彷彿とさせまずまずだったのですが・・・。
その後も、本格ミステリー大賞の「シャドウ」、一人称で書かれた「骸の爪」、そして「ラットマン」・・・



全制覇しようと目論んでいたのですが、少しペースダウンしています。
短期間に熱を上げすぎたせいでしょうか。倦怠期、ってやつですかね?
これまで10作ほど読んでいるうちに、ふたつの作風があることに気づきました。
「球体の蛇」「シャドウ」「ラットマン」のシリアス系と、
「カラスの親指」「片目の猿」「カササギたちの四季」のコミカル系。
どちらも好きですが、どちらにもイマイチがあって・・・。
一人称で書かれた「骸の爪」は、倦怠期に陥った原因の作品でしたが、
次に「ラットマン」を読み始めたら、倦怠期など吹き飛んでしまうほどの魅力があって、
その才能には驚くばかりです。
なぜ、こんなにも‘道尾秀介’に夢中になってるのか不思議に思っていましたが、
暗く静かに横たわる深い悲しみ、漂うゾワゾワ感・・・。
そんな世界と私の波長が合ってるのだと気づきました。
でも、ホラー大賞の「背の眼」だけは怖くてどうしても手が出せないでいます。
だって、表紙からして怖いんだもん。。。
「背の眼」は全制覇の〆ってことで、他のストックも控えていますが、
しばらくは‘道尾秀介’ワールドを楽しみたいと思っています。



9月28日(水)

「封印」

昨日、カボチャの天ぷらを作った。
食してから30分後、早くも腹痛を覚えた。
食事が原因で腹痛が起こることは、よくあることですが、食後2時間と相場が決まってる。
30分後はないこともないが、異例の早さだ。
すぐに胃腸薬を飲んだ。
それでも腹痛はやまず、トイレに篭城。
父も具合が悪くなってきたらしく、もうひとつのトイレに行った。
私は腹痛の末、吐いた。大量に吐いた。
「(こりゃ、天ぷらに当たったんだ・・・油?それとも小麦?・・・え?まさかカボチャ?)」
吐いても吐いても、腹痛はやまず、トイレットペーパーを枕に横になる。
胃腸の弱い私が、トイレに横になることは、ままあること・・・。
「(喉が渇いた・・・)」
吐いて水分がなくなったのか、喉がカラカラだ。
「(水が飲みたい・・・)」
といっても、誰も持ってきてはくれない。
頬をもんで唾液を出そうとするが、唾液すら枯れている。
しかも床に横になっているので背中は寒いし、頭痛はするし・・・。
父は私がトイレに篭城していても様子を見に来ることもなく、テレビの時代劇に夢中になっている。
もとより、父をあてにはしていないが・・・。
私は喉の渇きに耐えられず、周期的に襲ってくる腹痛の弱まったときを見計らって、
自力で水を取りに行った。
3時間の篭城の末、なんとか歩けるようになった私が居間に戻ると、
父が「救急車を呼ぼうかと思った」と言う。少しは気にしてくれていたのだろうか。
救急車じゃなくて消防車呼ばれちゃうかも、いーや、パトカーも呼びかねない父。
「救急車の呼び方知ってるの?」と聞いた私に案の定、「知らねえ」と・・・。
父も私も胃腸が弱い。今回父は大したことなく終わったが、私は重症化した。
ふたりとも胃腸が弱いので、天ぷらなど滅多にしないのだが、
滅多にしない天ぷらで私は大当たりした。
天ぷらは好きだけど、しばらく封印かな・・・。



10月18日(火)


「陸前高田へ」
昨年から岩手に住む女友達(くっちょ、と呼んでいます)と年に一度温泉プチ旅行を始めました。
第1弾の昨年は花巻の奥、台温泉に行きました。
第2弾の今年は、陸前高田と住田町の洞窟、滝観洞探検です。
レプリカ復元の松になる前に、奇跡の一本松が見たかったのですが、
被災地を訪れる機会がこれまでなかったので、5年を過ぎて初の被災地訪問です。
7万本の松原跡がどうなったのか、どうして一本だけ流されずに残ったのか・・・。
陸前高田の町の全貌を展望台から眺めてみたいと考えています。
宿泊は陸前高田に温泉を見つけましたので、旅館に素泊まりすることに。
夕飯は仮設の復興商店街でとろうかと考えています。
2日目のメインはなんといっても洞窟、滝観洞です。洞窟の中に滝があるんですって。
どんな滝なのか見てみたい、と思いましてリクエストしました。


「あくまでも計画」
岩手県水沢まで私は電車、くっちょと待ち合わせし、車で陸前高田に移動。
お昼は‘栃ヶ沢ベース’仮設商店街で食べてから、一本松を見学。
気仙大工左官伝承館を見て、箱根山展望台から陸前高田の町を展望。
復興商店街で夕飯を食べて、宿に5時頃到着予定。
2日目は朝早めに発って、滝観洞を目指す。洞窟探検して名物‘滝流しそば’を食べる。
遠野経由で‘五百羅漢’と‘続石’宮澤賢治ゆかりの‘めがね橋’などを見学。
その間お茶して、花巻駅まで送ってもらい解散。
あくまで予定です。
私のことだから、きっと突発的な寄り道があるはず・・・。


「台風10号と、謎の温泉宿」
プチ旅行を10月14日と決めてからのこと。9月初めに台風10号が岩手を直撃。甚大な被害をだした。
有名な龍泉洞は洞内から大量の水が溢れ、再開のめどが立たないという。
私もテレビで勢いよく溢れ出る水を見て驚き、
「(滝観洞はどうなっただろう?問い合わせなきゃ)」と思った。
滝観洞は住田町にあるので、龍泉洞とは距離がありますが、一応電話で問い合わせたところ、
「被害はありませんでした。今後台風がやってこない限り大丈夫です」とのこと。
‘滝流しそば’も10月は営業します、ということだったので一安心。
あとは宿探しだが、あれこれ見ていたら、温泉宿を2ヶ所見つけました。
ひとつは移動に時間がかかるし、2日目のことを考えたら、陸前高田近くのほうがよかろうと判断し、
電話してみることに。
「10月14日なんですが、空いてるお部屋ありますか?」
「う〜ん・・・その日はあいにく満室なんです・・・」
え?
まさかの?
まさかの満室お断り?
平日なのに?
いーや!ここで引き下がるわけには・・・。
「あの、素泊まりで構わないんですが」
「えー・・・4畳半ならご用意できますが」
4畳半か・・・たしかに狭い・・・でも寝るだけだからいいか。
「ではそれでお願いします。・・・それで、1泊おいくらでしょう?」
「2,000円です」
2,000円?
たったの2,000円?
安い。安すぎる・・・。
「あの、そちら温泉ですよね?」
「沸かし湯ですけど」
「でも、温泉ですよね?」
「沸かし湯ですけどね、ふふ」
なんでハッキリ温泉、って言わないんだ!?
ていうか、安すぎて怖いんですけど!
湯治宿でもあるので、自炊できるみたいで、ということは長期滞在もできるということでしょ?
てことは、やっぱ温泉のはず・・・。
入湯料とかないんだろうか?
いや、そんな細かいことはどうでもいい。
よし!
宿も決まった!
状況をくっちょにメールしたら、早速ググったみたいで「毛布もっていこうかな」と返信があった。
私は自分で見つけたにも関わらず、宿の写真もなく、部屋の状況もさっぱり分からないから、
「(なーにー?毛布もってかなきゃならないような宿なのか?)」
もしや、テーブルもなかったりして、浴衣もシャンプーもボディソープもないとか?
念のため、フリースの毛布とパジャマ、タオルと歯みがきセットを持参・・・。


「秋晴れ」
10月14日。
寒いかと思ってタートルネックにフリースのトレーナー、そしてジャンパー。
マフラーまで持って、カバンの中には、これまたフリースの毛布とパジャマ。
重くならないようにペットボトルの白ワインとつまみにチーズタラ、いちぢくの甘露煮を持った。
電車の中で読む本は、もちろん道尾秀介。
それにしても秋晴れの好い天気。今日は気温も上がって暑いくらい。
くっちょと10時45分合流。ナビに陸前高田をインプット!
道は空いていて、カーブの多い山道が続く。
紅葉には微妙に早く、チラッと紅いのが混じってる程度。
ほとんど対向車もなく、1時間ちょっとで到着。
けど、やっぱ山なんですけど・・・。
と思ったら、突然開けた!
リアス式の特徴らしいぞ。
久慈に行った時もそうだった。
ずっと山道で、山に囲まれていたかと思ったら、突然開けてすぐそこが海!
陸前高田の場合、開けても海は見えなくなっていたんですけどね・・・。
震災前、あの白い防波堤ができる以前は、突然パ〜ッと海が開けたんだろうと思う。
次第に道が下り始めて、建物らしきが何にもなくなってからは、
大型トラックが行き交うゾーンに突入。
ひとまずお昼にしようと思います。予定通り‘栃ヶ沢ベース’に寄りました。
3軒ほどの小さな仮設でしたが、うち1軒(お菓子店)はすでに移転しておりまして、
1軒はみやげ物店、食事ができるのはお蕎麦屋さんだけでした。
店内は復興作業している方たちで込み合っています。
暑いので、私もくっちょも冷たい蕎麦がいいということで、冷やしたぬきで、
くっちょは蕎麦、私はうどん。
すごく美味しかったです♪
蕎麦は白くて上品な更科、見るからに美味しそう♪
あっ、というまに完食です♪

「岩井屋」さん、ごっつさんでした♪


「まさかの二本松」
美味しいお蕎麦で腹ごしらえして、大型トラックが行き交うゾーンへ。
残念ながら写真では伝わらない、砂埃感。


ここは大きな十字路なんですが、四方からこんな感じで大型トラックばかりが走っています。
右が海側です。ですが、高い防波堤ができてしまい、海はまったく見えません。
私たちは左からやってきて、交差点の角が駐車場になっています。
手前に道路を渡ると、BRT奇跡の一本松駅。駅といってもバス停です。
JR専用の道路かと想像していたのですが、路線バスで普通のバス停でした。
そのバス停を過ぎてさらに進めば「奇跡の一本松」方面です。
実際は駐車場から見えているんです。
この辺は工事中のフェンスで区切られているため、駐車場から5分ほど歩かねばなりません。
・・・土埃の中を歩きます。私は津波の被災地に初めて来ました。
まだまだ工事半ばで、どこもかしこも中途半端。
私の目には最終ビジョンの全貌も見えず、混沌としている印象を持ちました。
そして、足を運ぶことの大切さを実感・・・。
さてさて、念願の「一本松」ですが、レプリカ、プラスチック製(?)のため、
修繕作業中で近寄ることができませんでした。クレーンと松で二本松に・・・残念(泣)
遠目でしたけど、幹なんかは本物そっくりでしたよ。
作業員ふたりがクレーンに乗っかって、ペンチで葉っぱをグリグリしたりして、
色褪せたのを取り替えてるのか、はたまた、締め直しているのか・・・。維持が大変そう。


んで、なぜに一本だけ残ったのか?
私の推理では、7万本の松林の末っ子で、一番奥に生えていたから?
でも、それだと7万本がなぎ倒されて圧し掛かって来るから、なおさら残れないですよね?
陸前高田に海水浴に来ていたくっちょに言わせれば、一本松は末っ子ではないとのこと・・・。
「そっかあ・・・、んじゃあ何でだ?」
理由があるはず、と思う私の疑問は深まるばかり。
現在、7万本の松林跡には新しい防波堤を築いている最中でした。
海をさえぎる白くて高い防波堤です。
松林が復活することはなさそうです。
そして私の疑問は、説明書きのプレートでハッキリするのです。
なんと・・・。


これは説明書きに添えられていた震災前の写真です。
見てください!
7万本が健在だった頃から、残った一本松だけが抜きんでて大きかったんです。
もともと特別に一本だけ大きかった、ってわけ。だから踏ん張れた。
だったら、なぜ一本だけ大きかったんだろう?
大きくなっちゃったんだろう?
一本だけ植えられた年代が違うとか?
新たな疑問が・・・。


「岩張楼のおやっさん」
駐車場に戻って休憩。
お茶しようと仮設商店で桃ソフト発見。
そのお店の名も「岩張楼」=がんばろう。
おやっさんが言うには、「桃を入れたシャーベットはあるけど、うちではソフトに練りこんだ」とのこと。
くっちょも「桃はシャーベットですよね」とその珍しさを感じている。
「(そうなのか・・・珍しいのか・・・)」
私、ったらその珍しさ、貴重さに無頓着すぎます。
ペロッ。
「(美味しい♪)」
ペロペロッ。
「(ん〜、ちょっと甘いかも♪)」
・・・とそこへ。
「美味しいかい?」
通りすがりにおじさんに聞かれた。
「はい!美味しいです♪」
なんと声をかけてきたおじさんは、「岩張楼」のおやっさんにそっくりだった。
「きっと弟さんだよね?」


桃ソフトを食べ終えて、今度はお土産を調達。
この並びに物産館があります。もしかしたら、ここでしかお土産買えないよね?
一本松が描かれたおつまみ昆布と、父ちゃんに日本酒の小瓶。
やっぱ、陸前高田といったら一本松が描かれてないとね。シンボルだもん。


「伝承館が熱い」
これから気仙大工左官伝承館に向かいます。
新しい防波堤沿いに走ります。
途中、「復興まちづくり情報館」がありまして、ここで震災の写真などが展示されてるとのこと。
さっき、「岩張楼」のおやっさんが教えてくれました。大型観光バスが何台か止まってます。
時間があったら寄りたいと思います。
てか、真っ先にここを見るべきじゃなかったのか?
道々、かさ上げ工事を盛んにしてますが、一方でマンションらしき廃墟も取り壊さぬままでっており、
これではどっちつかずで、新築始まることはとても考えられない状態です・・・。
復興への道のりはまだまだ遠いかな・・・、というのが私の印象。
アップルロードから箱根山に登る坂道の中腹に伝承館がありました。
誰もいません。私たちふたりの貸切状態。
私は気仙大工といえば、柱の太物を使用することで知られているのかと思いきや、
実は、細工物の技術が優れてたんですね。
家に帰ってから、父にこの話をしたら、元は船大工であったらしく、それで細工が細かいんだって。
いや、ホントか嘘か分かりませんが・・・。
欄間はもちろん、外の戸袋にまで細工が施されています。
蔵は左官の技術ですが、中は道具が展示されていました。
「・・・懐かしい」の連発です。
私が小さかった頃、よく左官職人さんの仕事を見ることがあって、
T字の木のへらでコネコネしたコンクリを、手に持った板にペッ、と乗せて、
シャッ、と逆手でコテに乗せて壁を塗る・・・。
蔵の中に展示されている道具を見て懐かしく思い出しました。
当時は、現場に砂やら砂利やらを持ち込んで作業してましたから、大工さんと常にセットでしたもん。
気仙の左官は見たこともない細工がありまして、蔵の入り口に対で獅子を作ったんですね。
ここの蔵にはそういった細工はありませんでしたが、
展示されてた写真にそれらの蔵が映っていて心底驚きました。
残念なことにほとんどの蔵が震災で崩れてしまったとのことです。
気仙大工さんや、蔵を作る左官屋さんも、出稼ぎが主で、ほとんどが神社仏閣の本殿や山門建築。
建物は各所に点在しています。その中に私は、今晩泊まる矢作町の建物写真を発見。
「ねえ、ここ行ってみない?」
詳しい場所を受付のお姉さんに尋ねたところ、同じ町内でもかなり離れてるとのこと。
それならば、帰り足で見られるところを、と2ヶ所ほど教えてくれました。
「明日は、住田町に向かうのですが、どこか途中にありませんか?」
ならば、ということで1ヵ所教えてもらいました。
受付のお姉さん、興味持ってくれたことが、よほど嬉しかったらしく、熱く熱く語ってくれました。
「ここはぜひ見て欲しいわ!」
地図を広げてガイドさん並みの説明を懇切丁寧にしてくれました。
陸前高田の方々は、先ほどの「岩張楼」のおやっさんも、ここ伝承館のお姉さんも熱いです。
郷土を深く思っていることが、ヒシヒシと伝わってきます。
というか、「気仙大工さんの建物が見たい」というお客さんが珍しいのかも。
それで、つい熱く語ってしまったとか・・・。
 


「箱根山展望台」
伝承館の脇にアスレチックの面白そうな遊び道具を気にかけながら、
私たちは箱根山展望台目指して、車で急な山道を登っていきました。
くっちょの運転なので安心して乗っていられますが、私の下手な運転だったら、きっと登れない。
途中でエンストして後ろ向きで下っちゃうかも・・・。
展望台らしきを発見したけど、くっちょは構わず頂上を目指します。
頂上まであと少しのところでロータリーがあって、その先は山道になっているので
徒歩でしか行けそうにないんだけど、なぜかくっちょ、登って行く気満々なんですけど。
「いやいや・・・、てか展望台過ぎてるし」
ひとまず高台で降りて眺める・・・。目の前が湾になっている。
「なに湾?」
今見えているのは大船渡湾でした。陸前高田と大船渡は近いんですね。
そして少し下って、ホントの展望台にやって来ました。
ここからだと陸前高田が一望です!
目の前が、陸前高田と大船渡の境になる大野湾
半島の先には黒崎仙峡温泉があります。
ん〜、でもどうだろう?新しく造成された、っぽいです。
そして大きく開けた、かつて松林があった湾が広田湾です。

広田湾。牡蠣棚が並んでいます。牡蠣がダメな私はホヤじゃ。
ピョこっと出てる手前が両替漁港、向こうが脇之沢漁港。
陸前高田は漁師町なのじゃ。

夕日の逆行で、肉眼で一本松は確認できませんでしたが、
湾には牡蠣棚(だと思う)が並んでいました。
広田湾の先が気仙沼唐桑半島になっています。
展望台に来て本当によかった♪
陸前高田の海が見れるのも、街の全景が見れるのも、もしかしたら、
この展望台が一番ではないでしょうか。一目瞭然とはこのことだ、と。
箱根山を下りる道々、くっちょと牡蠣の話しになった。
くっちょは牡蠣が大好き♪
私は、好きなんだけど、当たってからというもの「食べたら死ぬ!」
当たってからも性懲りもなく食べて「死ぬ!」ってなった。
その後、スープだけなら・・・そう思って飲んだら、やっぱり「死ぬ!」ってなった。
それからというもの、それまで苦手で食べたことのないホヤに走った。
そしてホヤが好きになった。
牡蠣がダメになった人は、たいていホヤに走ります。そういうもんです。
牡蠣が食べられない人の悲しい話しあるあるなのでした・・・。


「普門寺」
次は、熱い伝承館のお姉さんに教えてもらった、普門寺をめざします。
日没までが勝負。あと1時間ほどかな。
病院の前を通って、枯れた二本松が入り口の目印。そう教わってきました。
「枯れて赤くなった二本松・・・あ、あれだ」
大木なのですぐ分かりました。到着です。
境内には無数の石仏が・・・。ちょっとびっくり。
新しいのが多いみたい。作者名があったりもします。
中にはニャンコやワンコの石仏も。飼い主が供養の為彫ったのでしょう。


本堂の細工は豪華絢爛。鳳凰?鷲?どこが頭?
素晴らしすぎてもはや芸術です。
大工さんたちはこうして腕を競い、切磋琢磨して更に技術が向上したのでしょうね。


そんな私が注目したのは両サイドの獅子。
「カワイイ♪」
「アーちゃんも、ウンちゃんもカワイイ♪」
 

そして奥の三重の塔へ。
「屋根一層一層に違った細工がほどこされているんです」と伝承館のお姉さんはミニチュアで
説明をしてくれていました。この三重の塔も古そうに見えて、実は明治時代の建立。
気仙大工さんの名工が明治時代に集中していたのでしょう。



「氷上神社」
もう一ヶ所は神社です。
海老?とかいう4本の柱が必見だそうです。
駐車場らしきが見当たらないので、参道の入り口に止めて、
玉砂利の参道を歩いていて向かったのですが、正面に神社らしきがみあたりません。
途切れたように見えるんです。
「んん?」
と思ったら、90度曲がった先が社殿になっている。
「大阪かどっかの‘福男’を決めるレースの神社と似てるよね」
あそこも一番で走ってきた人がクキッ、と曲がって滑って追い抜かれて、
たとえ5番手、6番手で走ってきた人であっても、結局神様に向かい合った時に
選ばれし人が一番なるという。
神様が「あ、これ違う・・・」って転ばしちゃうなんて面白いね・・・。

海老の柱、ライトアップなのかな?


アーちゃん、カワイイ♪
頭の上にまん丸が・・・こぶ?ベレー帽?


「未来商店街」
夕飯は、宿への行きながらの途中にある未来商店街で食べる予定。
到着してみると、その一帯は大型スーパーや、薬王堂、クリーニング店の
新築店舗が集中していました。大型店舗の煌々と明るい一帯から
道路を挟んだ一角に未来商店街はありました。
震災後、大型店舗が建つよりずっと以前から営業を始めたはずの仮設商店街。
かつてはここだけが明かるかったんだと思うけど、
5年経った今はここだけが時間から置いてきぼりにされた感じに見えた・・・。

このゲートの先が仮設商店街

一番手前がオシャレな飲み屋。お寿司の店、その隣りが洋服店。
奥は下が3軒ほどが入る2階建てのちょっと大き目の仮設店舗。現在営業しているのは2店舗だけ。
右端の手芸店と、左端に暖簾が出てる・・・店名がバー・マスカット?
暖簾の感じからバーには見えないんですけど・・・。


バー・マスカット?!

「海鮮丼が食べたいね♪」ということで意見が一致していたくっちょと私。
外に貼りだされたメニューを眺めていたらお寿司店のおじさんが出てきて、
「ボランティアで来たの?」と聞かれた。ボランティアの人と間違われたのはこれで2回目だ。
桃ソフトの「岩張楼」でもそう聞かれたのです。私が困ってモジモジしていたら、
とりあえず陸前高田に来てくれたんだからと、感謝状の名刺をくれた。
「食事しなくていいから、お茶でも飲んでいって」って。
その後、私がトイレに行ってる間に、くっちょが消えていた・・・。
「(困ったな)」ってきょろきょろしている私は、お寿司の店のおじさんとふたりきりに。
会話も続かず、私は挙動不審に辺りをきょろきょろ・・・。
・・・んもう、くっちょ、ったらどこに行っちゃったんだろう?
と、やっと見っけた!
くっちょは少し離れたベンチで、スマホをいじっていた。
ここ以外のどっか食事できる所を探していたみたい。
なに、マスカットじゃ嫌なのか?
私はマスカットでいいんだけど。てか、マスカットがいいんだけど。
だって、外に貼りだされた品書きに二色丼とか三色丼とかあったし、海鮮丼もあったし。
私なんかすでに二色丼にするか三色丼にするか悩んじゃってるし!
ここから移動するより、もうマスカットに入ろうよー。
そんなわけで、バー・マスカットへいざ!暖簾をくぐった。
おや?
見たとこ食堂じゃん!?
ぜんぜんバーじゃないんですけど。
そりゃ、先客のおじさん3人は飲んでましたけど。
お品書き見ても、食事メニューだけだし。
私は二色丼にするか、三色丼にするかで迷ってたんだけど、
くっちょが早々三色丼に決定したので、私も便乗して三色丼にすることにした。
本日あるネタから3品を選ぶシステムです。
まぐろ、たい、サーモン、ほたて、いか、いくら・・・。
「今日あるのはこれね、選んで。選べなかったらお任せにして」
店主の早口で簡潔な説明があって、くっちょがなぜか
「かき・・・」
「この中からだってー!牡蠣はないの。うちで牡蠣は生で出さないからね」
くっちょは牡蠣が頭からはなれてなかったのか・・・(笑)
くっちょはマグロ、ホタテ、イクラを選択。
私はホタテにするかイカにするかで、かなり迷ってからサーモン、ホタテ、イクラにした。
追加でイカ刺し頼めばよかったな・・・ってあとで思ったけど、もう遅かった。



見てー♪
どんぶりに小鉢と、味噌汁、みかんもまるっと付いてる♪
くっちょも私も海鮮丼が食べられて大満足。
イクラが絶品でした!
もう、皮が薄くてとろけるようです。歯がなくてもいけるよ〜。
イクラ丼だけでもオッケー、二色でイクラ、サーモンでもいいんじゃねえかぁ?
とにかくイクラは外せません。
このイクラは陸前高田の忘れられない思い出の味になりました。
今年もくっちょのお母さん(おこづかいもらってきた)にゴチになりました。
ありがたいです・・・感謝!



満腹になって、お店を出て、よくよく見たら、ここはバー・マスカットではありませんでした。
バー・マスカットは電気が消えている2階のお店の看板なのでした。
看板が大きすぎるんだもん。
私たちが海鮮丼を食べたお店は、
「食事と本とお酒の店 てるてる小澤」なのでした。
よく見ろよ、てか入り口横に看板あるし!
・・・だよね。
暖簾くぐるバー、ってどうよ?いい加減気づけよ、って話し!(笑)
このあとは温泉に直行です。
その前に、素泊まりなので明日の朝食の調達をします。目の前の大型スーパーで済ませました。
疑惑と不安だらけの温泉へ、いざ!


「矢作温泉・鈴木旅館」
疑惑と不安は電話で予約をした時から始まっていました。
第一、4畳半しか空いてなくて、一泊2000円は安すぎる・・・。
部屋が狭すぎてテーブルがないんじゃないか、浴衣はないんじゃないか、
歯磨きセットもタオルもないんじゃないか・・・。
お風呂も、「温泉ですよね」って何度尋ねても「沸かし湯ですけどね」を繰り返すばかりで
ガンとして温泉だと口を割らない、認めない。温泉なのかどうかさえ怪しい・・・。
なのに、湯治客を受け入れている。てことは温泉・・・?どうもイマイチ分からない。
くっちょに予約を入れた報告したら、さっそくググッたらしく
「毛布持っていこうかな」という返信メールが届いた。
そんなに寒いのか?
6時頃、宿に到着。
受付はどこじゃ?
ちょっとした売店があって、そこが受付だと通りすがりのお客さんが教えてくれた。
その売店には誰もいなくて、奥に声をかけたら、
予約のとき電話で対応してくれたらしき女の人が出てきた。
予約は受け付けられてたようでひとまずホッとした。
部屋の小さな鍵を渡された。鍵はかかるらしい・・・。
2階に上がって、ガスコンロが並ぶ炊事場のすぐ近くが私たちの部屋だった。
顔洗ったり、歯を磨いたりできる洗面台も共同だ。こちら側は炊事棟だったのだ。
だから、玄関入ってすぐのキレイな階段ではこちらには辿り着かないのだ・・・。
いよいよ部屋へ・・・引き戸をガラッ。
真っ暗だ。
「電気のスイッチがない」とくっちょ。
「これか」と蛍光ペンダントの紐をひっぱるくっちょ。
パッ。
「おおっ・・・!テーブルがあった!」
「あ、浴衣もあった!」
「テレビがある!」
「ふとんもあった!」
「冷蔵庫がある!」
しかも部屋に対して大きすぎるピカピカの冷蔵庫です。
タオルと歯磨きセットがないだけで、「十分じゃん!」
というか、テーブルがあった、浴衣があった、って感激すること自体、思えば失礼ですよね。
ボランティアで他県から来た人の滞在宿になってると思われ、
部屋で洗濯物も干せるようにもなってて、経済的にも負担が少なく快適に暮らせそうです。
予約の時、「満室なんです」って言ってたのは、宿泊棟のことだったんだ、
ってここに来て納得しました。


快適よん♪206号室

では、さっそくお風呂に。
お風呂場は込み合っていて、ひとりのおばちゃんの独演会になっていました。
まだ50代かと思われる若いおばちゃんが浴槽に仁王立ちになってひとりで騒いでいる。
宿泊客なのか、それともお風呂だけいただきに来てる人なのか・・・。
私はシャワーを使いながら、
「(おおっ、シャンプーもリンスも、ボディソープも揃ってる・・・)」 
脱衣所にはドライヤーも完備されていたし・・・、とまたも感激していた。
風呂に浸かりたいなと思っても、独演会を苦笑しながら浸かってる他のおばちゃんたちが
5人ほどで浴槽はほぼ満員。
独演会に辟易してる風のおばちゃんが「ここに・・・」って言ってくれなかったら入れなかったかも。
温泉の成分表がなかったので、「ここは温泉なんですよね?」と、そっと聞いてみた。
「んだ(そうです)、鉄分があるから‘ほどまる’(温かさが持続すること)んだよー」と。
「ボランティアで来たのすか?」 
「あー、いやそうじゃないんです。一泊だけで」 
またボランティアだと思われた。
てことは、5年経ってもけっこうボランティアの人がいる、ってことなんだろうと思う。
風呂上りは体がぽかぽかだった。
持ってきた毛布がなくとも、部屋で飲み会ができた(笑)
私はつまみにしようと自家製のいちぢくの甘露煮を持ってきていたのですが、
くっちょがお母さんに食べさせたい、ということで持ち帰ることに。
だったら、もっと持ってくるんだったのに・・・。
傷むといけないから、食べきれるほどしか持ってきてなかったのだ。
その代わりというのではないが、わが町の菓子店で作ってる、私お気に入りの
いちぢくがまるっと入ってるお菓子を、少しばかりですが手土産に持参してきていた。
こっちも気に入ってもらえるといいんだけど・・・。

翌朝。
私は早朝5時に風呂に行った。
すでに3人ほどのおばちゃんがいて、ジャンジャン水でおっていた。
朝は熱めに沸かしているみたい。おかげさまで丁度いい湯加減でした。
おばちゃんたちは10日間宿泊し、今日帰るんですって。
「(いいなあ、私も湯治したいなあ・・・)」 
私にも、いつかそういう日が来るだろうか、としみじみ考えてしまった。
7時頃かな、くっちょがお風呂に行ったときは誰もいなかったみたいで、
熱すぎて浸れなかったと帰ってきた。
「熱くて膝までしか入れなかった」と。
女将が電話で繰り返してた「沸かし湯だから、ふふ♪」は本当だった・・・。




「今日も秋晴れ」
10月15日。
今日も雲ひとつないいい天気・・・。
昨日、「明日は住田町に向かいます」と気仙大工左官伝承館のお姉さんに話したところ、
住田町に行く途中にも一ヶ所教えてもらっていたお寺がありました。
今日はまず、そのお寺に参ることから始まります。
宿を朝早めに出発して、本日のメイン「滝観洞」にお昼前には到着したい計画です。
それにしてもりっぱな山門です。


山門はもちろん立派でしたが、仁王像もごっつくてなかなかの迫力でしたよ。
山門手前の参道には石造りの仁王像が一対ありました。
石像の仁王、って珍しくありません?
思えば、今日は石づくしの一日になるのですが・・・。


こちらは山門の木造の仁王像。あー君です。
山門を通って、本道に向かう途中には、これまた立派な鐘楼がありました。
鐘楼は気仙大工とは関係なさそうですが、本堂の梁は昨日の氷上神社とそっくりでした。
私たちは見学も早々に、本日のメイン「滝観洞」に向けて出発!


「滝観洞(ろうかんどう)」
私が「滝観洞」の存在を知ったのは、ある旅番組がきっかけでした。
一組3人の芸能人がレンタカーで東北を旅し、訪れる滝の数を競うというもの。
岩手を回る組と、秋田を回る組で滝の数を競い、青森で合流・・・。
そこで映ったのが、「滝観洞(ろうかんどう)」でした。
ヘルメットを装着し、長靴を履いて洞窟に入る。これほど徹底装備の洞窟はそうそうないでしょ。
観光で有名な、龍泉洞(りゅうせんどう)だと、着替えることなく入っていけるはず。
ただ、今年の台風10号?11号?で多大な被害が出て、テレビのニュースには洞窟から
大量の水があふれ出ている様子が映し出されてました。
それはもう、水の勢いがハンパなかったですよ。洞窟から轟々と流れ出る水。
現在も、入洞はできませんし、復旧までは時間がかかりそうです。
私たちがこれから向かう「滝観洞」のほうは、事前に電話を入れて、被害がなかったことを確認。
「滝観洞」の名のとおり、奥には滝が流れている・・・はず。
そして、その滝の名物は、流しそば。流しそばも10月いっぱいは営業中とのこと。
どちらも、私は楽しみでならないのです。
第一、くっちょと一緒じゃなかったら、これほど辺鄙な山奥に(そりゃ、洞窟なんだから
山奥にある決まってるけど)来ることはできなかったと思うので、運転手くっちょに感謝感謝です。
・・・かれこれ2時間くらい走ったんじゃないかな。
この辺では有名な観光地なので、道々看板が出ているのですが、それにしても遠かった。
陸前高田から、川沿いの道を上流に向かって走っていたのですが、
助手席から眺めてたその川が、ちょっと変わってて、石がごろごろ、岩のようにでっかいのが
点在してるんですよ。それが白っぽくて景観になってる。
だけど不思議なことに上流に行くにしたがって、その石が小さくなっていく。
ふつう、逆じゃないか?
違ったっけ?
川幅が狭くなるから?
・・・いや、忘れてください。
道々、来年はどこにしようか、という話しになり、くっちょの昨年からのリクエスト、
洞窟風呂はまだ果たされてないし、新たに夕日がきれいな風呂もでてきたりして。
とにかく、一風変わったお風呂の温泉に入りたい、ということでした。
そのうち海外旅行の話しにも発展し、くっちょはオーストラリア。一致した国はインド。
「インド行きてー!」
と言ってるうちに「滝観洞」に到着。


「八ツ墓村」
いやあ、本当に山奥だ。
周りにはなにもない。四方を山に囲まれて、完全に閉ざされている。
すぐ近くに釜石線の駅があるはずなんだけど、山の斜面が線路になってるらしく、
電車の走る音はするけど、駅も電車も木立に遮られ、どこだかわからない・・・。
駐車場には先客の車が一台。
私たちが一番乗りかと思ったのに、こんな朝早くからすでに入洞している人がいた。
外に設置されている自販機で入洞券を購入していたら、どこからともなく係りのおじさんが出てきた。
「ヘルメットかぶってね、ほいジャンパー、靴脱いでこの長靴に履き替えて」
と、テキパキと、というかワッカパというか・・・。
私はこの入洞のために前もってジャンパーを着て来ていたのですが、
ジャンパーの上にジャンパーはさすがにキツキツだったので、
ジャンパーを脱いで、ジャンパーを着た。
渡された長靴は、どう見ても子供用だった・・・。
子供用に見える短い長靴にズボンのすそを押し込んで、ヘルメットを装着。
係りのおじさんがヘルメットの後ろをキュ〜っと絞って。
私らのいでたちは、白のヘルメットにオレンジのジャンパー、深緑の短い長靴。
入洞前に記念撮影、おじさんに撮ってもらう。
では、いざ参る!
てか、入り口狭っ。低っ!
くっちょは中腰で「腰痛い」って、
私はヘルメットで高くなった分の感覚がつかめず頭をゴンゴン低い天井にぶつけてるし、、、
けっこう、この中腰状態が続いた。
ようやく、立って歩けるようになって、やれやれ・・・。
今の時期は雨だれも落ちてないし、歩きやすいのかもしれないんだけど、
それでも足元は湿っているので、長靴履いてないと滑りそう・・・。
それに床がツルツルしてるので、手すりがなかったら怖い。
歩道の脇は深い溝になっていて、水が流れている。
でも、滝の音もしないし、水の流れる音も聞こえない。
単調で、同じところをグルグル回っているような景色が続く・・・。
洞窟内で記念撮影するでもなく、黙々と滝を目指して歩く・・・歩く・・・。
・・・すると、立て看板が。
「なになに・・・?「八ツ墓村」のロケ現場?へー、そーなんだー。
ここが?こんなところまで機材運んだ、ってか。大変だよね」


「ここに鎧姿が設置されてたの?てか、「八ツ墓村」の映画自体よく覚えてないんですけど。
横溝正史だから金田一耕介でてるんだっけ?」
役目名と出演者が書いてあったけど、ぜんぜん覚えてないし。
でも、ここでロケしたんだ。
ここからまた数百メートル奥にも、同じ「八ツ墓村」の別シーンのロケ現場があった。
こんなに奥まで機材運ぶの大変じゃない?
さっきの現場とかなり離れてるし。
(※11月に入ってから、映画「八ツ墓村」を見る機会がありました。
ちょうど横溝正史特集がテレビ番組であって、「八ツ墓村」も放送されてたんです。
洞窟が舞台になってる映画ではありましたけど、ここ「滝観洞」でのシーンは数カットで、
別の洞窟シーンが多かったように思います。おそらく、複数の洞窟でロケしたんだろうと思う)

さらに奥に進むと、水の流れる音が急に大きくなってきた。
「滝が近いのか?」
その音は小滝だった。
私たちが小滝に道を外れているうちに、先客の男性がタイミングよくすれ違って行った。
小滝を過ぎると、また水音は消えて、今度は観音像が現れた。
「滝観洞」の観音様ですね。
全長何メートルかわかんないけど、けっこう歩いてるんですけど・・・。
「あと200m」の看板が出てきた。
もう少しみたい。だけど、不思議なことに滝の音はぜんぜん聞こえない。
「あと100m」になっても音はなく、洞窟内のカーブを曲がったら、また急に聞こえてきた!
近いぞ。
滝の音じゃ。
視界が開けて、そこだけが天井も見上げるほどの高さ60mだそうです、周囲50mのドームに。
「おおーっ、キレイ・・・」
全長が霧状の滝です。
マイナスイオン、バンバンでてます、といっても私には感じませんが。
少し離れたところから見上げていますが、しぶきはミストで降りかかってきます。
ほんと、これ必見です!
テレビで見たのとまったく印象が違いますって。
高さ29mの滝なのに、全体がこういった霧状の滝は初めてみました。

「天の岩戸の滝」滝つぼ付近
滝つぼの透明感も必見です!


「天の岩戸の滝」上部付近
この見るからに薄くて、割れそうな岩をロッククライミングで登った人がいます。
そのロープがまだ右上に残ってました。

帰りはわりとサクサクと歩けて、全長800mの探検が終了。
一休みに、さっそく「流しそば」をいただくことに。お客は私たちふたりきり。
上から流れてくる蕎麦はキンキンに冷えていて、よくしまっている。
タレは美味しいんだけど、蕎麦だけじゃ飽きちゃう。おかずが欲しい〜。
てんぷらとか、かき揚げとかあったらいいのに・・・。
でも、名物ですからね、ここは経験しておかないと、っと。

天然の山水で冷えたお蕎麦は夏場にもってこい。
一年中冷たいので冬場はお休みよ。10月いっぱいの営業です。

「遠野へ」
「滝観洞」を出てからは帰り足です。花巻駅を経由してもらって、ふたり帰途の予定。
住田町から花巻に向かう途中に遠野があります。
遠野で五百羅漢、続石(つづきいし)、めがね橋を見る予定です。
あくまで予定ですので、時間を見ながら臨機応変に。五百羅漢とめがね橋ははしょっても構わない。
ただ、続石(つづきいし)だけは見たい。
とりあえず、五百羅漢を目指して出発。


「五百羅漢」
私の持ってる地図では遠野の観光地として、いかにも当たり前のように載っている。
きっと分かりやすい所にあるに違いない。
だって、遠野は全国に知れた民話の里、道々いたるところに看板が設置されていて
そうそう迷うこともない。そんな観光地で、「五百羅漢」が探せないはずがない。
・・・そういう先入観で予想外の苦戦することになる。

くっちょドライバーが遠野市に入って、「五百羅漢」の看板も見えた。
けど、矢印があるでもないし、その先は行き方が途切れてしまった。
コンビニに寄り、切れた電池を買うついでに聞いてみた。
レジの女性は、「一度だけ行ったことがある」と言うが、それが分かりづらい所で、
住宅街の細い道をくねくね走り・・・、途中からは歩いて山の中に入っていった・・・、
私は、したり顔で聞いていたけど、何だか要領を得ない。
でも、コーヒー片手に聞いてたくっちょは、余裕で理解したみたいだった。
それでは行きましょうか。
面倒だったら、「五百羅漢」は飛ばしてもいいからね。
とりあえず、教えられたように車を走らすくっちょ。
そうして私たちがたどり着いたのは、遊歩道の入り口だった。
「五百羅漢」もコースに入ってるけど、1時間以上歩くハイキングコースだ。
コンビ二のお姉さんも、「山の中に・・・」って話してたし、ここで間違いないでしょう。
でもね、このあぜ道の先は住宅街じゃん・・・?山に向かわないんですけど・・・?
くっちょと私は、時間短縮で車で行くことにした。
山すその細いあぜ道を走る。脇は畑。その畑に!
「あ、カモシカ♪」
まだ子どもだろうか、小さなカモシカがたたずんでいる。
車が通っても逃げるそぶりもない。


山すその細いあぜ道から住宅街の道に変わる。
こうなっちゃ、もう皆目検討がつかないんですけど・・・。
完全にハイキングコースではなくなっています。逆方向だったの?もう私は完全に降参です。
「いいよ、もう五百羅漢あきらめようよ」
そんな時、くっちょが住宅街の一軒に「さっき、外におじさんがいた」と、尋ねに行った。
私はまったく気がつかなかったのですが、そのおじさんは本当におりまして、
説明をしてくれるのですが、ご自分が説明しきれないな、と感じたのか
わざわざ、車で誘導してくれると言う。
「いやあ、そりゃご面倒かけます」
おじさんが誘導する車に付いて、急勾配の山道に入る。
林道なんだって。
途中、対向車が来ても、すれ違えないほど狭い道だったのですが、
向こうがバックして道をあけてくれた。実はおじさんの知り合いだったそうだ。
その林道を、思いのほか走る。
てか、これじゃあ誘導されなきゃムリだし、この距離を歩いてなんて日が暮れるよ。
歩きは別ルートがあるんだろうけど、とにかく車ではたどり着けそうもない。
そんなところに「五百羅漢」はあったのでした。
着いてみると、目の前には幹線道路ができるようで、工事中だった。
山の中に、というか山肌にこんな道路作ってどうすんの?
近く「五百羅漢」はひっそり山の中・・・じゃなくなる、ってことみたい。
ま、今は、訪れる人もなく(=訪れたくてもたどり着けない)ひっそりと静まり返っていました。
おじさんが言うには「写真家、篠山記信が撮って話題になったんだよね」だそうです。
それまでは、観光地でもなんでもなくて、おじさんたちが子供の頃の遊び場だったそうです。
「五百羅漢、と言っても顔が見えるのはほとんどないんだよ」と。
聞かされても、なんだか想像できないんですけど・・・。

ここが「五百羅漢」への入り口です。

車を東屋に置いて、ここから先は歩き。
東屋にたくさんの杖が置かれていることからすると、険しいんでしょうか・・・?
私たちは持たずに入っていきました・・・。
200mから300mくらい入りましたかね、樹木がうっそうとして日がささない道です。
今日は晴れているので、ほどよく明るいのですが、曇っていたら暗いでしょう。
道もあいまいになってきて、石がごろごろ・・・苔むしていて無造作に散らばっています。


これが「五百羅漢」なのね。
おじさんが言うとおり、これだけの石がありながら、顔が判別できるのは数えるほどしかありません。
一番奥に滝なのか、泉なのか・・・水が流れてる石室があって行き止まり。


巨大な石はもともとここにあったものらしく、「五百羅漢」ができたのは江戸時代のこと。
高冷地の遠野はしばしば凶作に見舞われ、宝暦(1782年)の大飢饉では多くの犠牲者がでた。
そのことに心を痛めた大慈寺の義山和尚が供養のために数年かけて彫り上げた。


「続石(つづきいし)」
思いのほか「五百羅漢」にてこづってしまった。こんなに分かりづらい所とは思いもしなかった。
親切に誘導してくれたおじさん、くっちょドライバー、お疲れ様でした。
さて、次の目標は「続石」です。流石にここは分かりやすかったです。
ここも山登りです。けっこう登ります。キツイです。途中で水飲んだりして休憩しながら登りました。
「続石」だけじゃなくて、いくつか見所があります。
一番高いところには「泣石」、まっ平らの面を持つ巨石。なぜ、「泣石」という名前かは不明。
そして「続石」、下に2個、上に1個の巨石。大きすぎて写真に収まりません。
上の1個は下の1個に乗っていて、もう一方は宙に浮いている。


少し下ったところには、「弁慶の昼寝場」があります。
・・・石はない?


「弁慶の昼寝場」から横に渡って、明るい斜面を登ると、巨大な一枚岩があります。
でも、訪れる人が少ないのか、あぜ道が草で覆われています。
草が服にくっつきながら、やって来たというのに、なんだかイマイチ。


どれが石?
あー、全部が岩?
木が生えてるよ?
草もボウボウでどこどこだか、よう分からん。


「極うまソフト」
花巻駅に向かいながら、「めがね橋」を目指します。
「みやもり」の道の駅をナビに入れて、道なりです。
くねくねの峠道が続いていました。カーブが続いた坂道の途中で、幟(のぼり)が立っていました。
「んんっ?ソフト・プリン?」
「ソフトなのか?プリンなのか?それともプリン風のソフト?ソフトなのにプリン?・・・ええっ?」
「入ってみようよ」
カーブでのぼり、次のカーブでお店。
つい入っちゃうよね。幟(のぼり)の立て方が絶妙。
私たちのほかにもお客さんが結構いたし、私たちの後にも車が入ってくる。
幟(のぼり)の立て方がうますぎる。つられて入ってきちゃってるんだと思う。
だって、こんな峠道にわざわざ食べに来る人って、いる?
しかも、ソフト・プリンという不思議なネーミングは気になるし。


牧場のソフトは定番です。
結局、プリンはプリン。ソフトはソフトでした。いろいろトッピングができます。
私たちはオーソドックスにトッピングなしのソフトを注文。
天気がいいので外のテラスで、ペロッ。
「うましっ!」
いままで食べたソフトの中で一番!くらいの勢い。
昨日の桃ソフトは完全に抜いた!
「美味しいんですけど!」
くっちょは早速スマホでつぶやいたら、すぐに反応があったらしく、評判のお店みたいです。
たまたま、幟(のぼり)に釣られただけなんだけど、結果釣られてよかった♪


建物の後ろに牧場があります。美味しいです。わざわざ食べに来るのもアリかも。


「めがね橋」
最後の寄り道、「めがね橋」へ。
思った以上に大きいのでびっくりしちゃった。
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルになった橋なんでしょ?
もっとちっちゃいのかと思った。
ほら、長崎のメガネ橋とか、高知のはりまや橋とかみたいに思ってたより小さかった、というような。
でも、「めがね橋」は違った。巨大だったのでびっくり。
釜石線が通るはずですね。そっか、鉄道が走るんだからこれくらい大きくないと支えられないか・・・。
宮沢賢治はよく、釜石線に乗ってたらしいです。
花巻から釜石までですが、賢治は石が好きだったから、よく釜石に行ってたらしいですよ。
そういえば、私たちも今日は石めぐりだったかも・・・。
朝立ち寄ったお寺にも石造の阿吽像があったし、五百羅漢も石造、続石も巨石、
で、めがね橋も石造り・・・。遠野の山は石の宝庫なんだね?



「花巻駅へ」
あとは花巻駅に向かうだけ。
釜石線沿いに併走している、釜石街道を走れば花巻駅なのだ。
くっちょにお任せで、のんびり構えていた私。
なんかさ、神楽で有名な大迫が現れたのよねー。
それでも、くっちょに間違いがあるわけないと、のんびり構えて
「へー、ここが大迫か・・・」
くっちょも、「山の上に鹿(しし)の展望台があるんだよ。ほらあれ」
「あー、ほんとだあ。神楽が盛んだからなんだね」
実にのんびりした会話。
大迫の先は紫波。紫波はくっちょの生まれ育った実家があります。
紫波から盛岡はすぐみたいです。
紫波に来て、くっちょが気づいた。
「えー、紫波じゃん!どこで間違った?」
「ん?どういうこと?」
「実家来ちゃったし、盛岡に帰っちゃうところだったよ」
「道、違うの?」
「戻んなきゃ!」
私は3:30発に余裕で乗れるかと思っていたのでしたが、
それは厳しいみたいなので次の4:45に変更。別に急いで帰ることもないんだし。
たぶん、旧釜石街道(遠野街道)に入っちゃったんだね。ちょうどめがね橋から分かれるんですよ。
なので、くっちょには申し訳ないけど、かなりの距離戻らせてしまいました。
時間が余っちゃったので、「んじゃ、毘沙門堂に行ってみようか」と急遽行くことに。
といっても、中途半端に忙しい感じで余っちゃった。
毘沙門堂には旧国宝、現在無形文化財の毘沙門があります。
お寺なのか、神社なのか、よく分かりませんが(ゆっくりできない)、
偶然、「泣き相撲」の会場のお寺ということが判明。土俵がありました。
私もテレビではよく見るのですが、まさかこことは。
「泣き相撲」というのは、生後1年くらいの赤ちゃんが、頭にねじり鉢巻姿で登場し、
行司役の知らないおじいちゃんに抱かれて、立ち会う。先に泣いたほうが勝ち。
土俵の横を小走りに先を急ぐ。


毘沙門見学は有料で、撮影禁止。
一本のなんmあるんだろう、すごい大木に彫られてて、見ごたえ十分。
色彩も残っています。さすが旧国宝なだけあります。
もう時間が迫ってます。小走りに車に戻り、今度こそ花巻駅へ。
毘沙門堂に来るにも、けっこうてこずったので、時間が足りませんでした。
地図、ってアバウトなものなのね。
元来た道を戻らずに、ナビを信じて花巻駅に向かうことに。

慌しく、くっちょとお別れして、ホームに着けば、結果余裕でした。
ずいぶん走らせてしまいました。
今年も楽しかったよ。
忙しいくらいに盛りだくさんで、追加の寄り道もいっぱいしたし、楽しかった♪
来年はどこがいいかな〜。
くっちょ、またよろしくねー。

(おわり) 




12月14日(水)

「光」

ついに光が開通しました。
これまでずっとアナログ電話にダイヤルアップ回線。
そもそもパソコンがウインドウズxp。
それでも最初の頃は、xpのブラウザがアップデートできてたので、
なんとかインターネットが見れていたのですが、サポートがなくなったのも知らずに
調子悪くなって堪えきれずにインストールし直したら最後、ブラウザが元に戻っちゃって
なーんも見れなくなった。
私のネット使用は、アマゾンのお買い物と、楽天カードのポイントを使うお買い物
(主にプリンターのインクと書道用品)、それと楽天トラベルでの予約と、
プロバイダーの利用状況の確認くらいなもの、だったんだけど。
どれもできなくなった。
パソコンの指南師匠に泣きついて、バージョン上げてもらって、フリーのブラウザ入れて、
それでもかろうじてアマゾンのお買い物ができるようになっただけ。
とはいえ、それでもかなりの進歩ですが、相変わらずダイヤルアップで遅いから
本一冊買うにも何時間もかかってしまう。
楽天にいたってはログインすらできない。もちろん買い物はできない。
楽天トラベルの予約も同様にログインできないから、ポイント使いたくても使えないし、
予約もネットではできないから、ネットで見て電話で予約。
もう、不便極まりない。
師匠から「xpはおじいちゃん」扱いされて、迷惑かけっぱなし。
「いい加減にせいっ(怒)」と言わんばかりの迷惑っぷり。
「・・・もうダイヤルアップは限界だな」と私も感じてはいた。
我が家は、アナログ電話2回線引き込んでいました。
1本はもともとあった自宅の電話で、もう1本は私専用の仕事用で、それでネットも使って・・・。
なので、2回線分の電話代が、3,500円としてそれにプロバイダー代をプラスすると、
まあ、だいたい月4,500円くらい。
だったら、1回線にまとめてネット使える光にしたほうが安上がりになるかも。
そう思っていたので、NTTに問い合わせて、まずは見積もりを出してもらうことに。
それにしても、年々通信料はかさむ一方。
私は携帯も、スマホも、タブレットも持っていませんが、スマホだけで月いくらかかるんだろ?
加えてタブレットで家中ネットしたら月いくらだろう?
ほんと通信事業、って儲けてるよね?
私としては、これまでの通信料より、むしろお安くなるなら申し込みたいというわけで。
一番お手ごろなプランで考えよう、と考えて考えて・・・3月から考えて・・・。
11月末にようやく重い腰をあげました。
申し込んで半月、12月14日ついに光が開通となりました。
ウインドウズ7が入っているノートパソコンでネットをすることにしてましたから、
それでまずは設定して、ルーターを見たら4台がつなげられるようになっていたので、
「だったらダメもとでxpおじいちゃんも繋いじゃおうかな・・・」
xpにこのホームページも入っているので、デスクトップが使えると何かと便利なんですよね。
メールもこっちのほうが使いやすいし。
「どれどれ・・・おおっ、使えるじゃん。どれどれ・・・更新をしてみようか」
インストールし直してから、重すぎて更新していなかった‘旅行記’を更新してみました。
これまでダイヤルアップで2時間くらいかけて送っていた容量です。
なんと。
さすが光、早いっ。
1分かかったか、かからないくらいで転送終了。
これまでログインすらできなかったページも待ち時間なし。
というわけで、これからは調子悪くなって、何度インストールし直しても大丈夫かも。
・・・て、こんなこと言ってるようじゃあ、光の持ち腐れか?



12月31日(土)

「ゆく年くる年」

今年一年を振りかえってみても、これといって印象に残ったこともなく、平凡に一年が過ぎました。
よい年だったと思います。
平凡だけど、一年を健康に無事すごせたことは、ある意味、幸せなのではないかと思います。
・・・と、いうことにしておきましょう。

来年の抱負は、「名声を得る」こと。
年末30日に、お正月用品を買出しに行ったら、小学校時代の恩師に声をかけられました。
「活躍してるね」って言われたけど、そんなこと全然ない。
先生はたぶん、書道の入選を新聞紙上で名前見つけたり、
太極拳では教室で舞台にあがったりしてるのをさしてるのかもしれませんが、
それらは活躍とはほぼ遠い。
どうせなら、町中の人に名前が知れるような活躍をして、町長に表敬訪問したいくらいじゃ。

年末の私といえば、正月休みに入るという27日に仕事が入って、年末も年始も仕事しないと
終わらないような膨大な図面が28日にドッサリ届いた。
なんで、もっと早く送らないんだ!?(怒)
正月の準備で忙しい、っつーの!(怒怒)
仕事なんてしてらんないよ!(怒怒怒)
というわけで、ほっぽらかしてます。
なんだか、年明けは、「なるようになれ」から始まりそうなtuziです。

それでは、皆さんよいお年をお迎えください。